第37話 「そのままのキミで」
「れ、レミィ…」
いったいいつから起きていたのか。
どこから聞いていたのか。
「盗み聞きなんて、アナタもなかなか趣味の悪いことするわね」
エーゼルは特に驚いた様子はない。彼女のことだ、レミィが起きていたこと、そして扉の影で聞き耳を立てていたことにも気付いていたのだろう。
「レミィさん、今の話は…」
「いいんです」
ウィンディさんが慌てて立ち上がるも、それを遮るようにレミィが口を開く。
「私にも…なんとなく、分かっていましたから…」
俯く彼女の様子からは、いつもの小動物のような元気さは感じられない。
「ジュピター様を助けたい…そう思っていたら…」
一瞬、その金色の瞳がオレに向けられる。
「自分の中で、自分じゃない何かの声が聞こえて…」
そうだ、オレも王都でランフォードと戦った時に、頭の中で謎の声を聞いた。もしかしたら、レミィも同じ声を聞いていたのだろうか。
「あの、ウィンディさん…1つだけ教えてください…」
「なん…でしょうか…」
再び顔を上げたレミィは、ウィンディさんをじっと見つめる。
そして一瞬迷ったような表情を浮かべるも、意を決したように口を開いた。
「私に、本当の両親というのは…いるんですか…?」
オレはハッとなった。
レミィは赤子の頃に、王都にある慈愛の神を祀る神殿の前で拾われたという話を思い出す。
「…残念ですが…」
ウィンディさんも一瞬迷いながら、レミィの瞳をじっと見返して答えた。
「「聖女」に親という存在はいません。先代の「聖女」が力を失った後、どこかの地に赤子として発生する…そう聞いています」
「そう…ですか…」
人であって人ならざるもの。さっきウィンディさんが言った言葉を思い出す。
再び、レミィはその顔を伏せる。よく見れば、握られたその小さな両手が、小さく震えているのが分かった。
「レミィ、君は…」
「…大丈夫です」
どんな言葉をかければいいのか、オレには分からない。しかし何か声を届けなければ。そう思った矢先、レミィが顔を上げた。
そこには、いつも通りの明るい表情を浮かべる少女の姿があった。
「私が何者であれ、私は私です! これからも変わらず、みなさんと一緒に旅をさせてください!」
元気の良い、はつらつとした声。
しかし彼女のその言葉を、額面通りに受け取る者など、この場にはいない。
「レミィ、無理は…」
「ところで、今日は少し暑いですね。私ちょっと、夜風に当たってきますね!」
我慢できずに、ラナが声をかけようとするも、レミィはまたしてもそれを遮る。
そして有無を言わせず、足早に部屋を後にしてしまった。
「あっ…レミィ…!」
もちろん、オレの声も届かない。
自分が人ではない存在だと知って、平然でいられる者などいるはずがないのだ。
彼女は善良な神官長に拾われ、平穏に暮らしてきた。しかしおそらく、みなしごとしての孤独感をどこかで感じていたのだと思う。
本当の両親がいて、もしそれを見つけることができたなら、どんな形であれ、その孤独感も薄れたかもしれない。
しかし、そんなものはいない。
しかも自分が普通の人間ではないと知らされ、彼女が一層の孤独感を覚えてしまったのは、想像に難くなかった。
「ジュピター、行って」
「ら、ラナ…」
しばし逡巡していたオレに、幼馴染が声をかける。
「…貴方はレミィの、「運命の人」なんでしょう?」
まさかラナから、そんな言葉を聞くとは思わなかった。
見れば、ウィンディさんが不安そうな表情をしている。
一方のエーゼルは、肩をすくめて目を逸らしていた。
「さぁ、行ってきなさい!」
いつもは絶対に出さないような鋭く、大きな声。
そしてラナは、オレの背中に強く平手打ちを喰らわしてきた。
「っ…わ、わかった!」
文字通り、オレは背中を押される形になって、部屋を飛び出す。
レミィがどこに行ったのか、それは分からない。しかし、とにかく走るしかなかった。
きっと背中に、大きな紅葉ができてるだろうなと、走りながらチラッと考えていた──。
◇ ◇ ◇
時刻はすっかり夜。空に浮かぶ月は、分厚い雲によって隠されている。もうすぐ雨になりそうな雰囲気があった。
街灯には火が入れられ、通りのあちこちを照らしてはいたが、こんな時間に出歩く者はそう多くない。
周囲を見渡しながら大通りを走り抜けると、目に入るのは酒に酔った通行人や、警邏らしき兵士ばかり。あとはせいぜい、露出の多い下品な格好をした街娼くらいだ。
だとすれば、神官服を着た金髪の少女など、目立つことこの上ないはず。
オレは目についた人に片っ端から声をかけ、レミィの行方を捜した。
果たして、ものの30分もしないで、彼女の姿を見つけることができた。
「レミィ!」
白い神官服の人影は、街の中央に立つ、神々を祀る大きな石像の下に見えた。
帝国では信仰の主流となっている戦神を中央に、知識神、自然神、自由神、そして慈愛神の姿を象った像が、左右に並んでいる。
レミィは慈愛神の石像の物陰に、膝を抱えて座り込んでいた。
オレの声を聞き、一瞬肩を震わせる。
「ジュピター…様…」
ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。
先ほど見せた明るい表情など、影も形もない。
「レミィ…」
こんな時、どんな言葉をかければ良いのだろう。オレはただ、膝をついて彼女の瞳を見つめるしかできない。
「私は…私は…」
おそらく、レミィも同じなのだろう。色々な感情が入り混じり、自分の中で処理しきれない。
そうして溢れた感情が、涙となる。
「大丈夫だ…レミィ…」
「ぇ…」
オレの本分は魔術師。状況を冷静に観察し、適切な判断を下す。
しかし、今そんなことは関係ない。
「オレが…オレたちがいる…君は独りじゃない…!」
どんな言葉をかければ良いのかは分からない。ただ、思いつく言葉を口にするだけ。
冷静さも、論理もない、感情に任せた言葉。魔術師としては失格だ。
だとしても、今はそれがオレの精一杯。
「確かに君は「聖女」かもしれない…でも、君はレミィだ…レミィのままでいていいんだ…!」
レミィの頬が濡れる。
涙ではない。雨が、静かに降り始めた。
「だから、そのままの君で、これからも一緒にいて欲しい…」
レミィの手を、そっと握る。
今は夏とはいえ、その手は冷え切っていた。
「一緒に、旅をしよう」
「ジュピター様…ジュピター…様…ぁ…」
金色の瞳が揺らめき、涙がどんどん溢れていく。
震えた声を上げ、愛らしい顔が歪む。
「ジュピター…様…!」
そして、レミィはオレの胸に飛び込んできた。
同時に、彼女の溢れる感情を表すように、大粒の雨が降り出す。
「レミィ…」
「少しだけ…っ…少しだけ…こうさせてください…!」
本当は大声を上げて泣きたかったのかもしれない。しかし彼女は、大きく肩を震わせながら、静かに泣いていた。
オレはその震えを止めたいと思い、そっと彼女を抱きしめる。
突然の雨に、慌てふためく通行人たちの視線を感じた。
だが、そんなものはどうでもいい。
顔を上げれば、そこには慈愛の神の像が、オレたちを優しげな表情で見下ろしていた──。
──第38話に続く




