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第32話 「憧憬の女剣士」

「お、女…?」


 完全にオレの予想の外。

 竜剣士の、父さんの名を騙っている以上、すっかり相手は男性だと思い込んでいた。


 その顔は中性的で、角度によっては男性的にも見えたが、女性の範疇から抜け出るほどではない。


「ふー…」


 ラナが大きく息をつきながら、長剣の先を「竜剣士様」に向ける。当の相手は剣を折られ、さらに素顔を晒されたことで動揺が隠せず、その場に膝をついていた。


 今なら、オレの言葉も届くはず。


「なぁ…落ち着いて聞いてくれ」


 言葉をかけつつ、オレは幼馴染の隣を通り過ぎ、俯くその女性と目線を合わせた。

 長いまつ毛。もっとも女性らしいそれを隠すための仮面だったのだろうか。女性の表情は、悔しさとも焦りとも思えないものだった。


「オレはジュピター。竜剣士の…マークの息子だ」

「っ…!?」


 その言葉を聞いた瞬間、女性は大きく目を開き、オレをじっと見つめた。焦茶色の瞳を真っ直ぐ向けられ、内心気恥ずかしい。


「あの人の…息子…」


 そうして、女性がポツリと呟いたその言葉で、オレは確信した。


「やっぱり、父さんを知ってるんだな?」


 女性は再び俯き、小さく、しかし確かにその首を縦に振る。

 それを見届けた時、ようやくラナが剣を納めた──。


  ◇ ◇ ◇


 女性はグリフェルと名乗った。

 帝国出身の17歳。オレとほぼ変わらない歳だった。そう考えたら、少し大人びた見た目だと思える。


 エーゼルが半魔族ということを説明すると、彼女は魔族と勘違いしたことを素直に謝罪してくれた。頭に血が昇ると、思慮が浅くなるタイプなのだろう。


 そしてようやく、竜剣士について尋ねることができた。


「私は2年近く前、あの人に助けられた…」

「2年近く前…」


 おそらく、父さんがあのヴァイパー卿の屋敷を訪ねた後のことか。


 グリフェルは孤児で、とある小さな傭兵団に育てられた少女だった。その女団長に拾われ、剣を教わりながら旅をしていたらしい。


「ある時、東の森の中に正体不明の魔獣《モンスター》が出ると聞いて、傭兵団でその退治を請け負ったの…」


 何人かの冒険者が退治に赴いたが、誰も帰って来なかったのだという。


「私も後方支援として同行して、そこでアレを見た…」

「アレ…?」


 グリフェルが言うには、まったく見たこともない、悍《おぞ》ましい怪物がそこにいたらしい。全身が粘膜でできているような、名状しがたい外見だったという。


「母さん…育ててくれた団長も、団のみんなも、そいつに殺された…」

「そこに、父さん…竜剣士が来てくれたのか…?」


 思い出したくないであろうことを話そうとしていたので、オレは誤魔化すように父さんの話を割り込ませる。

 グリフェルは小さく頷いて肯定した。


「あの人…マークさんは、怪物を瞬く間に倒してくれた」


 その時の勇姿は、親しい人たちを殺されて絶望の淵にいた彼女にとって、まさに希望が具現化したものに見えたのだろう。

 父さんの話をする時のグリフェルの瞳は、憧れの感情に溢れて輝いていた。


「ほんの1週間ほどだったけど、私はマークさんに剣を教わり、そして色々な話を聞かせてもらった」


 急に天涯孤独になってしまった少女を、父さんは見過ごせなかったのかもしれない。たぶん、オレが父さんなら、同じようにしばらくは彼女についていたと思う。


「そこで魔族のことを聞かされた、というわけですね」


 普通の人ならまず知らない魔族のことを知っていた理由がそれだ。ウィンディさんが納得したように頷いていた。


「街で落ち着けるようになったのを見て、マークさんはまた旅立ってしまったわ…」


 父さんがどこに行ったのかまでは、グリフェルも知らない様子だった。おそらく、父さんは自分の目的を誰にも話さずに旅していたのだろう。


「私はあの人のようになりたいと思い、一層剣に打ち込んだ…」


 特に、家族とも言うべき傭兵団を殺した魔獣《モンスター》を強く憎み、彼女はそれの退治を専門に請け負う冒険者になった。


 しかし、女性としては体格に恵まれたものの、グリフェルの剣の才能はそれほどでもなかったらしい。なかなか上達が見込めず、しかも女性ということで頼りにされなかったこともあり、魔獣《モンスター》退治もあまり捗らなかったそうだ。


「それで1年前、私は「大魔の種」に手を出してしまった…」

「やっぱり、か…」


 身体能力を大きく強化する薬。そういう触れ込みではあったが、すでに悪い噂も相当流れていた「大魔の種」。服用した者が、怪物化してしまったという話を、グリフェルも聞いていた。


「それでも、あの人に近づけるなら…そう思って…」


 種を服用してから、彼女はめきめきと強くなったという。

 それで少し調子に乗ってしまったらしく、剣に「聖剣」に似せた意匠を施した。そして、女性らしい目元を隠す仮面を身に付けるようにもなった。

 結果、「竜剣士様」として噂が立つようになった、ということである。


 オレには、彼女の気持ちが少しだけ理解できる。

 竜剣士の息子でありながら、剣の才能にあまり恵まれなかった自分を、何度呪いたくなったか。


 母さんの優しさ、そして「先生」の見出してくれた魔術の才能がなかったら、オレも彼女のように、何かに縋《すが》りたいと思っていたかもしれない。


 しかし、オレは彼女に、ある事実を告げなければならなかった。


「グリフェル…よく聞いてくれ、実は…」

「え…?」


 神妙な面持ちになったオレを見て、グリフェルは怪訝な表情を浮かべた。


 これを告げるのは、とても辛いものがある。

 それでも、話しておかなければならない。


「父さんは、2年ほど前から行方が分からなくなっている…たぶん、君と別れた後、何かがあったんだと思う」

「マークさんが…そんな…」


 口元に手を当て、グリフェルは驚きを隠せない様子。

 だが、話しておかないといけないのは、ここからのことだ。


「オレたちは父さんを探すために旅をしていて、ようやく、父さんが何を追っていたかを掴んだところなんだ」


 そこで一息置き、オレはグリフェルの目を見ながら口を開く。


「父さんは、「大魔の種」を追っていたんだ…」

「っ…!?」


 息を呑むグリフェル。自然とその手は、自らの腹部に添えられていた。


「マークさんが…「大魔の種」を…」


 その呼吸が、やや浅くなる。

 無理もない、憧れの人に近づくために用いた手段。そのせいで、父さんは消息を絶ってしまったかもしれないのだから。


「はっ…はっ…」

「落ち着いてくれ、グリフェル…」


 オレは今にも過呼吸を起こしそうな彼女の肩に手を置き、必死に呼びかけた。

 顔を青ざめるグリフェル。とても気分が悪そうだった。


「はぁっ! はぁっ!」

「お、おい。グリフェル…どうした!?」


 その呼吸が、どんどん荒くなる。顔色に反して目は血走り、瞳孔が開いていく。

 ショックを受けたにしても、このような状態になるだろうか。


「…ちょっと、様子がおかしいわよ?」

「これは…まさか…」


 エーゼルが後退《あとずさ》りし、ウィンディさんが戦慄する。


「ジュピター様…!」

「ジュピター、下がって…!」


 レミィも青い顔をしている。

 そして、ラナがオレとグリフェルの間に割って入った。


 ヒュッ!


「あっ!」


 何が起きたのか、オレには一瞬分からなかった。

 だが、まだ効果が残っていた「動体視力強化《バグズアイ》」のおかげで、視ること自体はできた。


 グ(・)リ(・)フ(・)ェ(・)ル(・)の(・)腕(・)が(・)鞭(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)し(・)な(・)り(・)、ラナを大きく跳ね飛ばしていた──。


 ──第33話に続く

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