第31話 「銀の剣聖」
オレはこっそり詠唱し、「動体視力強化」を自らに使った。そうしなければ、ラナの太刀筋をはっきりと視ることなどできない。
先に仕掛けたのは「竜剣士様」の方だ。剣を両手で持ち、真一文字に振り抜く。
しかしラナは、その一撃を身を屈めて回避。お返しとばかりに、長剣を下から大きく振り上げる。
その一閃は空を斬り裂く。素早くバク転した「竜剣士様」が、今度は真っ直ぐに切っ先を突き出す。
それを刀身で滑らせるように逸らしたラナは、そのまま鍔迫り合いの形になった。
しめた。単純な力比べになれば、ラナに敵う者などまずいない。
「っ…!」
「なっ…マジかよ…?」
しかし、オレは驚愕する他なかった。
2人の力は拮抗している。つまり、「竜剣士様」の力はラナと大差ないということ。
エーゼル以外にも、あいつに匹敵する怪力を持つ者がいたなど、にわかには信じ難い。
それでも、目の前の光景は現実だった。
「はぁっ!」
ラナが気合いと共に、「竜剣士様」の長剣を跳ね除ける。
間合いを離して態勢を整えようとした相手を、彼女は見逃したりなどしない。
一足で相手に近付き、左手で素早く剣の連撃を浴びせる。右、そして左に振り抜き、身体の後ろから半円を描くように、前方に向けて真っ直ぐ縦斬り。さらにそこから斜め上に切り上げる。
その流れるような連続攻撃は、オレには目で追うのが精一杯。魔術を使ってようやく見切れるといったところだ。やはり、ラナの剣の実力は、オレなどより遥かに上である。
そして、それは「竜剣士様」も同様。
連続で迫る剣を全て防ぎ切り、最後に放たれた突きに至っては、跳躍して真上に回避した。
「う…ウソだろ…?」
気が付けば、「竜剣士様」の身体は周囲を取り囲む木々と、変わらないほど高くまで跳んでいた。
先程、グリフォンの頭上にまで跳んだ跳躍力。下手な家の屋根よりも高い、信じられないほどの脚力だと思えた。
何らかの魔装具を使っているわけではない。魔力の気配は、その手にした「聖剣のようなもの」からしか感じない。
それ自体も、そう大した魔力ではなさそうだった。見た目こそ「聖剣」に似せているが、おそらく少々斬れ味を高めた程度の代物だろう。
では、あの異様な身体能力は一体…?
「まさか…」
その心当たりがひとつだけ考えられた。
「てやぁっ!」
大振りの一撃。「竜剣士様」は、はるか上空から体重を乗せ、その剣を振り下ろす。
「くっ…!」
ラナはそれを咄嗟に身を翻して躱した。大した速度の攻撃ではなかったが、あの怪力による一撃を受け止めれば、何の変哲もないラナの剣では折られる危険性がある。それを直感的に察知したのだろう。
ズンッ!
地面に叩きつけられたその一撃により、大きな穴が地面に穿たれる。空気さえ震えるほどの、やはり常軌を逸した威力だった。
「あいつ…「大魔の種」を使ってるんじゃ…?」
「その可能性は高いわね」
オレの口から漏れた推測に、エーゼルが険しい顔をして同意する。ウィンディさんも同じ見解らしく、いつもの笑顔すら消していた。
「ら、ラナさん、大丈夫でしょうか…?」
レミィの心配する気持ちはよく分かる。特に武芸の心得がなさそうなあの密輸人でさえ、「大魔の種」を使っただけで城壁を飛び越えるほどの能力を得たのだ。剣士として修練を積んでいるであろう「竜剣士様」であれば、どれほどの身体能力になっているか。
それでも、オレは幼馴染を信じている。
なぜなら、あいつは「本物の竜剣士」から剣を教わったから。
そして、あいつの父親はその竜剣士の師匠に当たる人物だから。
この旅に出てから、あいつが剣で負けたところなど、オレは見たことがないし、想像すらできない。
「あぁ、大丈夫さ」
だからオレは、レミィに笑顔でそう答える。
果たして、相手の驚異的な身体能力を前にして、ラナは全く気圧されることはなかった。
「はぁぁぁ…」
ラナがその呼吸を整え、次いで大きく息を吐き出す。
呼吸法によって、身体能力を引き上げる戦士の術。父さんも使っていたという、魔術に頼らずに己を強化する手段だ。
「ふっ!」
彼女の速度が、一段階上がる。
足捌きの速さ、そして剣を振るう速さが、動体視力を強化したオレの目でも追い切れないほどに。
「……!?」
さすがの「竜剣士様」も驚いたか、仮面に隠れた表情を察せられるほどに、怯んだ様子を見せた。
まさしく神速。
先刻以上の速さで、さらに手数を増やした連撃が繰り出される。
横薙ぎ、横薙ぎ、縦斬り、突き、さらに突き、縦斬り、横薙ぎ、そして回転斬り──。
息もつかせぬ攻撃を、「竜剣士様」はギリギリのところで防ぎきった。
しかし、その神業的な速度の攻撃には、「無双」と称されるラナの怪力が乗っている。一撃ごとの重さは、計り知れないものだろう。
足元はぐらつき、体勢は大きく崩された。
「そこっ…!」
「くぅ…!」
崩れた体勢ながら、なんとか「竜剣士様」は剣を立てて防御の構えをとる。
しかし、それこそがラナの狙いだったのだろう。
キィンッ!
子気味のいい音が、山中の森に響き渡った。
ラナは剣を振り切った体勢をしている。「動体視力強化」をかけたオレの目ですら見切れなかった、神速の一撃。
それにより、「聖剣のようなもの」の刀身は、根元の辺りで完全に断ち折られていた。
「マジかよ…魔力のこもった剣を…折った…?」
真に集中したラナの剣は、おそらくオレの「魔力光剣」以上の斬れ味を発揮するということ。
魔術にも、特別な武具にも頼らない、純粋な剣技。それをここまで昇華させている彼女は、間違いなく「剣聖」と呼ぶに値する実力者だろう。
「これで…!」
しかし、ラナはそこで止まらなかった。
得物を折られ、戦意を喪失したように見える「竜剣士様」に向けて、さらにもう一撃を加えようと剣を翻す。
「終わり…!」
キン!
鋭い音。
下段から素早く振り上げられた一撃。
「あ…っ!」
次の瞬間、「竜剣士様」の付けていた仮面が、真っ二つになる。
顔には一切傷が付いた様子はない。本当に惚れ惚れするほどの太刀筋だと思えた。
が、そう思ったのも一瞬だけ。
「なっ…!?」
割れた仮面が地に落ちる。
現れた「竜剣士様」の素顔に、オレたち5人は全員が驚きの表情を浮かべた。
切れ長の目から伸びる長い睫毛。
やや中性的ではあったが、「竜剣士様」の顔はどう見ても、女性のそれであった──。
──第32話に続く




