第30話 「偽竜剣士」
生い茂る木々の合間から、甲高い剣戟の音が聴こえた。
硬質なもの同士がぶつかり合う、耳に刺すような響き。
「向こうからだ!」
オレは先頭を走りながら叫んだ。と言っても、感覚が鋭い年上の女性たちは、3人ともすでに気づいていたようだが。
無造作に生える草木がどうにも邪魔で、上手く走ることができない。木々である程度は遮られているとはいえ、夏の日差しによる暑さは、確実にオレたちの体力を奪っている。
だとしても、ここまで来たら疲れなどどうでも良かった。
「高速飛行!」
「ジュピター!」
オレはとうとう痺れを切らし、飛行の魔術を用いて先行することにした。背後からラナの声が聞こえたが、今はとりあえず無視する。後で小言を言われるかもしれないが、この際仕方ない。
乱立する森の樹木の間をすり抜け、オレは音が聴こえる方へと急行。途中、伸びた枝に引っ掛けて頬を擦りむいたが、そんなことはどうでも良い。
果たして、その先にはちょっとした平地の広場があった。
「あれは…!?」
巨大な影。大きな白い翼を広げるその姿は、間違いなく鳥類のそれ。
しかし、「それ」は鳥ではなかった。人より遥かに大きな、ちょっとした家ほどもある鳥などいるわけがない。
「グリフォン…か…?」
オレの視線は、対象の下半身に向いていた。そこには毛皮に覆われ、鋭い鉤爪が伸びる獣の脚が見える。
大型の鳥の上半身と、大型の獣の下半身を持つ魔獣。それはグリフォンと呼ばれるものに間違いなかった。
険しい山中に生息し、非常に獰猛な性格の持ち主。人間どころか、家畜やゴブリン、小型の魔獣すら襲うと言われる。
並の冒険者では歯が立たないほどの強大な存在。
しかしそれに対し、たった1人で立ち向かっている人影があった。
「見つけた…!」
真紅のマントが翻る。
肩ほどまでの黒髪も、その動きに合わせて大きく靡いていた。
グリフォンが振るう前脚による攻撃を素早く掻い潜り、その人物は相手の腹側に滑り込むように回避。
手にした長剣が、魔獣の柔らかい腹部を斬り裂く。
いわゆる片手半剣と思われるその長剣は、刀身の中央を赤いラインが走る独特な見た目をしていた。さらに、刀身はうっすらと青白い輝きを放っているようにも見える。魔力がこもっている武器の証だ。
だがそれ以上に目を引くのは、その鍔の形状。
緑色の鱗に黄金色の角。伝説に聞く竜の頭部を象った鍔が、オレの目を釘付けにさせる。
「…違う」
しかしそれは、オレの知る竜の「聖剣」ではなかった。
形こそよく似ている。だが、細かい意匠や造形が、オレがかつて見たことのある「聖剣」とは、決定的に異なっていたのだ。
その長剣を持った人物は、腹部を斬られ怯んだ魔獣に、さらなる追撃を浴びせる。
大きく飛び上がり、家の屋根くらいの高さはあるグリフォンの頭部へと肉薄。その眉間目掛けて、深々と「聖剣らしきもの」を突き立てた。
「凄い…」
ちょうどそこに、追いついてきたラナたちが合流。
銀髪の女剣士が思わず口に出すほど、目の前で繰り広げられた戦いは凄まじかった。
「でも、あれは…」
「はい、父さんじゃない…」
ウィンディさんも、今し方その魔獣を倒した「竜剣士様」が、オレの父マークではないと察していた。
真紅のマントや黒髪、竜を象った剣。いずれも父さんの特徴に一致する。
しかし、その人物の目元は、黒い仮面のようなもので隠されていた。
瞳から光を失い、魔獣はその場に崩れ落ちる。
そして、「竜剣士様」がオレたちに気づいたのか、こちらに視線──は分からないが──を向けてきた。
「あんたが「竜剣士様」か…?」
いい加減、オレは「高速飛行」の維持を止める。そして一歩ずつ、相手に向かって足を運びながら尋ねた。
「…そう、呼ぶ人もいる」
相手は静かにそう答える。思ったより声が高い。仮面でよく分からないが、もしかしたらオレと同じくらいの年齢なのではなかろうか。
「なるほど…自分で名乗ってるわけじゃないってことか…」
オレは敢えて、自分が「本物の竜剣士の息子」であることを伏せる。相手が悪意を持って、竜剣士という名を騙っているのかどうか、それを探りたかった。
「凶悪な魔獣を専門に退治していると聞いたが、なんでそんなことを…?」
「…魔獣は、人に仇なす存在でしかない。だから、自分の力の及ぶ限り滅ぼすと誓った」
確かに、魔獣は人間にとって脅威と言って良い。ごく稀にではあるが、たった1体の魔獣のせいで、村が滅んだなんて話もないわけではない。
「…そういうお前たちは何者だ?」
至極もっともなことを聞く「竜剣士様」。
突然現れて、名乗りもせずに質問してくるなど、不審者でしかない。ましてやこんな山の中でだ。
「…その角…」
ふと、そこで相手がオレの背後に立つ角を持った美女を見ていることに気付く。
エーゼルもそれを察して、自分を指差しながら首を傾げる。
「…アタシ?」
「…なるほど…」
そして、「竜剣士様」はその手にした長剣をゆっくりと構えた。
待て、もしかして何か誤解している…?
「まだ活動している者がいたか…魔族共め…!」
強い殺気がオレたちに向けられた。
「ちょ…待て、彼女は…!」
「問答無用っ!」
慌ててオレが説明しようとしたが、時すでに遅し。
超人的とも思える跳躍。「竜剣士様」は、たった一足でオレの目の前に肉薄。
その「聖剣のようなもの」をオレ目掛けて振り下ろした。
マズい、思った以上に速い。
避けられない…!
ガキィッ!
甲高い音が鳴り響く。
咄嗟に瞑った目をゆっくり開くと、オレの鼻のわずか数ミリ先で、長剣の刃が止まっていた。
「…こういう奴は…」
銀の髪が舞う。
ラナが持つ剣が、「竜剣士様」の刃をすんでのところで食い止めていた。
「一度、力でねじ伏せないと分からない…!」
両足を強く踏ん張り、ラナは「怪力無双」と称された力を大いに発揮。相手を大きく弾き飛ばした。
「ラナ…!」
「…ここは、私に任せて」
腰を落とし、低い姿勢で長剣を構える、銀髪の剣士。
「私は…負けるわけにはいかない!」
対して、大上段で「聖剣のようなもの」を掲げる「竜剣士様」。
「と、止めなくていいんですか…?」
「いや、ラナに任せよう」
レミィが慌てた様子でオレの隣に来たが、オレは彼女を伴って少し下がる。
この場にいては、ラナの邪魔にしかならない。
「アタシの角を見て魔族と勘違いするなんて、失礼しちゃうわ」
「でも、魔族を知っているなんて…只者ではないのは確かですね…」
エーゼルは口を尖らせながらぼやき、ウィンディさんは険しい表情を浮かべていた。
そう、相手は魔族を知っている。20年前の戦いで魔王は封印され、魔族たちは活動を停止した。今の時代で魔族を知っている者など、ごくわずかしかいないはず。
やはり、「竜剣士様」は単にその名を騙るだけの者ではない。
しかし、今にして思えば先にオレの素性を話していた方が良かったかもしれない。敢えて隠したことが、今回は仇となってしまった。
頭に血が昇った今となっては、もはや聞く耳は持たないだろう。
「頼むぞ、ラナ…!」
2人の剣士は、しばしの間じっと睨み合う。
その時、一陣の風が吹いた。
舞い上がった小さな木の枝が、ゆっくりと2人の間に落ちてくる。
それが地に落ちた瞬間。
2本の剣が一瞬にして交差した──。
──第31話に続く




