第29.5話 「ガールズトーク」
これはジュピターたちが帝国北の街に着いた夜。女性陣4人が宿で就寝する前のエピソードである──。
◇ ◇ ◇
「まったく、4人部屋なんて狭いものよねー」
などと文句を言いながら、角を生やした妖艶な美女──エーゼルはベッドに腰を下ろした。予想より弾力の少ない寝具で、彼女にとってはとにかく不満な様子だった。
「野営に比べれば、これでも十分に快適ですよ」
そう言って、寝具の具合を念入りに確かめていたのはウィンディである。ベッドメイキングが行き届いていることを確認し、ニコリと微笑む。
パーティ唯一の男性であるジュピターのみ1人部屋を使い、女性陣4人が同じ部屋を使うという部屋割りになっていた。
以前の宿場町の宿と比較して、北の街の宿は全体的に割高。なので、今回はエーゼルに1人部屋は使わせないよう、迅速に部屋を決めたのである。
「伯父さまからいただいた路銀は、大切に使わないといけませんからね」
「全然余裕あるんだから、こんな時くらいパーッと使っちゃえばいいのに」
対照的ながら親しそうに話す2人を見て、キョトンとした表情を浮かべる神官の少女レミィ。エーゼルとウィンディの顔を交互に見て、その小首をかしげる。
「おふたりは、いつの間にそんなに仲良くなったんですか?」
王国にいた時は、2人は特別親しい様子もなかったが、帝国に入って1週間足らずで、話す時の距離感が大きく近づいているのを、レミィは感じていた。
「ふふっ…レミィ、大人は人知れず仲を深めているものなのよ」
エーゼルは脚をゆっくりと組み直しながら話す。深いスリットから覗く脚線美が美しい。この部屋にはその脚に注目するような男性はいないのだが、もはや癖でやっているのだろう。
「ねぇ、ウィンディ?」
「そうかもしれませんね」
話を振られ、ウィンディは意味深に微笑みながら答えた。
レミィには彼女たちの話がイマイチ理解できなかったが。
「はぁ…そういうものなんですか…」
「あと5年もすれば、アナタにも分かるわ」
蠱惑的な笑みを浮かべながら立ち上がり、エーゼルはレミィの頬に自らの爪をなぞらせた。背筋をぞわぞわさせ、レミィは隣にいたラナに身体を寄せる。
「…レミィに変なこと吹き込まないで」
しばらく黙っていたラナが、冷たい視線を向けながら言い放つ。彼女はいそいそと胸元を覆う金属鎧を脱ぎ、その解放感を堪能していた。
「相変わらずお堅いわね、ラナちゃん」
エーゼルは肩をすくめ、再びベッドに腰を下ろす。
「そうだ、せっかくこうして、ゆっくり女4人で話せるわけだし…」
今度は両腕を胸元前で組み、その豊かな膨らみを強調した。やはり、無意識にやっているようだ。
「恋バナでもやらない?」
「こっ…!」
いち早く反応したのはラナ。ひどく狼狽えた様子で、頬を赤く染めている。
対して、レミィもウィンディも、あまりピンと来ない様子で首を傾げていた。
「あら、なんか反応が薄いわね、ラナちゃん以外」
「う…うるさい…」
自分でも過剰な反応だったと、ラナはもじもじした様子でベッドに腰を下ろす。
「レミィは…まぁ、経験なさそうだけど」
「経験…えっと、恋をしたことがあるかってことですよね?」
仕方ないかと諦めた様子だったエーゼルに、レミィは片手を上げて言葉を続けた。
「私は、恋ならいっぱいしてきました!」
「れ、レミィさん…?」
「あら、それは興味深いわね」
元気よく放ったその言葉に、妙に困惑するウィンディ。そしてエーゼルは、果たしてどんな話が飛び出すのかと、期待の眼差しを向けている。
「最初はもちろんお父様で…次は神殿に来ていたお姉さん…そうそう、裏の花屋さんのベンもいましたね。あとは…」
「ち、ちょっと待って…一応聞くけど、ベンってどんな人…?」
指折り数えていくレミィの話に違和感を覚え、エーゼルは慌ててそれを制した。
「え、ベンはワンちゃんですよ。人懐っこくて可愛いんですよ! あ、でももちろん、一番好きなのはジュピター様です!」
屈託のない笑顔で、レミィは王都にいた頃によく遊んでいた犬に思いを馳せていた。
そういえば、彼女は何かあるとすぐに「運命の人」などと言って懐いてしまうという話を、ジュピターから聞いたことをラナは思い出していた。
まさか、犬に対してまで適応されるとは思わなかったが。
「…はぁ…期待したアタシがバカだったわ…」
盛大なため息をつき、エーゼルは頭を抱える。
次いで、隣のベッドに座ったウィンディに目を向けた。
「アナタはどうなのよ、ウィンディ?」
「私ですか?」
いつもの細い目で、あまり感情を読ませない彼女は、顎に手を当ててしばらく考え込む。
「私は、父が過保護なせいもあって、あまり経験がないのですよね…」
「確かに、箱入りって感じがするわよね」
年長組であるウィンディからなら、何か面白い話が聞けるかもしれない。そう期待していたのだが、これは望み薄だとエーゼルは肩をすくめた。
「そうですね、強いて言えば…マークさんはちょっと憧れというか、カッコイイなという目で見ていましたけど」
「え…」
思わぬ発言に、ラナがその目を丸くした。ジュピターの父マークは、ラナにとっては剣の師匠である。
ウィンディは以前からマークと面識があり、遊んでもらったこともあると言っていたことを思い出した。
「と言っても、小さい頃の話ですけどね」
「そう…よね…」
ウィンディはクスクスと笑いながら付け足す。それに対し、ラナはホッとしたような、なんとも言えない表情を浮かべた。
その反応が楽しかったのか、ウィンディは珍しく、緑の瞳を覗かせながら悪戯な笑みを作る。
「ジュピターくんって、マークさんに似てるところが多いですし…カッコいいですよね」
「なっ…」
今度は驚いたような、少し怒ったような表情になるラナ。基本的に寡黙で感情をあまり表に出さない彼女だが、こういう時はコロコロと表情が変わる。横目でその様子を見て、エーゼルは肩を震わせながら笑いを堪えていた。
「はい、ジュピター様はカッコ良くて優しくて…聡明で知的で…そして綺麗な心を持っていますよね!」
ジュピターの名前が出たことで、レミィはその瞳をキラキラと輝かせる。いったい彼女の中で幼馴染はどこまで美化されているのかと、ラナは心配になった。
「そうねぇ、ジュジュってば時々ドキッとするくらいカッコいい顔をするし…アタシ年下との経験はないんだけど、ちょっと押してみようかしら」
「お、お、押すって…」
女性でも思わず見惚れそうになるほどの色気を出しながら、エーゼルは蠱惑的な笑みを浮かべる。
何を想像したのか、ラナは耳まで赤くなりながら、エーゼルに睨みつけるような視線を向けていた。
「それで、ラナさんはどうなんです、恋の経験は…?」
「そ、それは…」
そしてとうとう自分に話が回ってきたと、ラナと口篭ってしまう。
そんな経験は皆無。そのはずなのだが、なぜかそう言ってしまうことに抵抗を覚えていた。
頭にちらつくのは、幼馴染の顔。
「どうなのよ、ラナちゃん…?」
ダメ押しとばかりに、エーゼルがニヤニヤしながら顔を覗いてくる。
ラナはいつの間にか全身が火照っていることに気付き、慌ててその場に立ち上がる。
「…外の空気吸ってくる…!」
傍らに置いていた長剣を手に取り、他の3人の顔から目を逸らしながら、ラナは足早に部屋を後にする。
残された3人のうち、エーゼルは大いに笑い、ウィンディも小さく笑顔を浮かべた。
ただ1人、レミィだけはキョトンとした表情のまま、年長組の笑いの意味を分かりかねていた──。
──第30話に続く




