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第28話 「半魔の角」

 善は急げという言葉がある。

 同時に、急がば回れという言葉もある。


 いつものオレなら、間違いなく後者の言葉を選び、一度物事や考えを整理してから行動していただろう。


 しかし、今回は少し事情が違った。


「竜剣士様は、いろんな街で人助けをしている凄腕の冒険者なんだよ」


 おっさんの話はこうだ。

 1年ほど前から、帝国北の街を中心に、凶悪な魔獣《モンスター》退治を専門に、しかも1人で請け負っている冒険者がいるという。


 その人物は長い黒髪で、真っ赤なマントを身にまとい、そして伝説の竜の意匠が施された長剣を持っている。腕前は帝国で最強と呼ばれる、騎士団四天王をも凌ぐのではないかと言われていた。


「少し前にこの町にも来たことがあって、俺も遠目で見たことがあるが、確かこんな感じの格好をしていたと思うぞ」


 おっさんはオレが出した「立体映像《ホログラム》」を指し、確かにそう言っていた。


 黒髪で赤いマントだけならともかく、竜の意匠が施された長剣を持った剣士となれば、父さんをおいて他にいない。


 オレはすぐに、帝国北の街へと向かうことを決めた。


「いよいよ、ジュピター様のお父様に会えるかもしれませんね!」


 レミィは自分のことのように喜んでくれる。


「その「竜剣士様」が本当にジュジュのお父さんならいいけどね…」


 一方のエーゼルは懐疑的だった。

 ちなみに彼女はこの数年ずっと王国にいたらしく、最近広まっている竜剣士の噂は知らなかった。


「せっかくの手がかりですし、確かめてみる価値はあるんじゃないでしょうか」


 ウィンディさんはそう言って、オレに賛同してくれた。


 そしてラナは、言葉こそなかったがその表情で分かる。

 考えるよりまず行動。いつもの彼女がそうだ。


 北の街まで数日。オレは高鳴る気持ちを抑えることができなかった──。


  ◇ ◇ ◇


 帝国が平和だという話は、街に近づくにつれて街道の整備が行き届いている様子から理解できた。綺麗な石畳で舗装されていて、非常に歩きやすくなっている。


 王国でも、王都から離れた地ではこうはいかない。故郷の村の周辺は当たり前としても、最寄りの街の近くですら、踏み固められた土の街道だった。

 帝都からまだかなり距離があるにも関わらず、これほど整備された街道を見られるとは。帝国の豊かさが窺えた。


「王国より帝国の方が、国としての力は上なんだな…」

「そうね、アタシも雰囲気は王国の方が好きだけど…帝国の方が間違いなく技術は進んでると思うわ」


 帝国に入ってからというもの、エーゼルと会話する機会が増えた気がする。土地勘のある彼女から、何かと話を聞くことが多いのは当然だが。


「…おっと」


 不意に、彼女がフードを目深に被り、その頭の角を隠す。何事かと思って街道の先を見ると、行商人らしき一行が見えた。


 そろそろ夏も本番となってきたこの時期。しかも王国と比較して帝国はやや気温が高い。そんなフードを被っていては暑いのではないだろうか。


「…なぁ、エーゼル」

「なぁに、ジュジュ?」


 オレの問いかけに、いつも通りに不敵な笑顔を浮かべながら返事をする妖艶な美女。実際の身長でも負けてるから仕方ないが、物理的にも精神的にも見下ろされてる感じがするのは、どうしても気になる。


「その角…もう隠さなくてもいいんじゃないか」

「…あら、どうして?」


 本当は触れるべきではないのかもしれない。

 実際、オレの言葉を聞いたエーゼルの視線が、一段階冷たくなった。


 半魔という存在は、一般にはあまり知られていない。頭に角が生えた人間など、見たことのない人の方が圧倒的に多いはずだ。


 エーゼルのこれまでの人生がどのようなものだったかは分からない。だがおそらく、そこには周囲からの差別的な扱いがあったのは容易に想像できる。開放的な性格の彼女が、人前では頑なにその角を隠しているのが何よりの証拠だろう。


 それでも、あの国境の街で彼女が一瞬だけ見せた寂しそうな顔。

 あの表情が脳裏から離れなかった。


「その…なんて言うか、仲間が「自分」を隠している姿を見るのは、我慢できないんだ…」

「……」


 エーゼルは黙っている。それを拒絶ではないと解釈して、オレはさらに続ける。


「あんたは今まで、その角のせいで酷い目に遭ったこともあると思う…だけど…」


 そこでオレは足を止め、エーゼルの目を真っ直ぐに見た。


「あんたはもう、オレたちの仲間なんだ…もしもあんたに、心無い言葉を向けるヤツがいたら…」


 ひと呼吸置いて、オレは握り拳を作った。


「オレが守ってやる…仲間なんだから」


 ラナも、レミィも、そしてウィンディさんも、ずっと黙って聞いていた。多分だと思うが、彼女たちもエーゼルが角を隠していることに、何かしら思うところはあったのだろう。


 ただもし、エーゼルから「余計なことを言うな」という言葉が返ってきたら、軽率なことを言ったと、素直に謝ろう。オレはそう思っていた。


「…なにそれ…」

「っ…」


 オレは彼女が怒っているのだと思った。無理もない。仲間になったといっても、まだ一週間も経っていないのだ。こんな年下の若造に心配されて、むしろエーゼルのような女性はかえって苛立ちを覚えても仕方ない。


 やはり軽率だったと、オレはすぐに謝ろうとしたが…


「ジュジュのくせに…生意気なんだから…」


 目を逸らしながら言う彼女の顔は、どことなく赤くなっているように見えたが、気のせいだろうか。


「いいわ、あなたが守ってくれるっていうなら…」


 やはり気のせいだろう。エーゼルはすぐにいつもの余裕ある表情を浮かべ、そのフード付きのマントを脱ぎ捨てた。


「アタシは自分を曝《さら》け出してやるわよ」


 そう言って、彼女は両手を腰に当て、その豊かな胸を張りながら歩き出した。


 ちょうどその時、さきほど見えた行商人の集団とすれ違う。

 商人たちはその目を丸くして、角を生やした美女を眺めていた。


「ジュピターくん…あなた…結構た(・)ら(・)し(・)ですよね…」

「え、な、何がです…?」


 ウィンディさんの言葉の意味はよく分からなかったが、その細い目でどことなく怪訝な表情をしているのは察せられた。


 隣のラナもまた、いつも以上に冷たい視線をオレに送ってくる。待て、オレがいったい何をしたというのか。


「ジュピター様…優しいんですね…」


 待てレミィ、言葉と表情が合ってないぞ。なぜ目を逸らしている。


 正直、意味が分からない…。


「ほら、ジュジュー! 責任取って守ってちょうだいよねー!」


 エーゼルが手を振って呼んでいる。

 その赤黒い角は、日差しを浴びて美しく輝いているような気がした。


 そんな一幕がありつつ、オレたちは無事に北の街へと辿り着いたのだった──。


 ──第29話に続く

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