第27話 「穏やかな異国」
国が違えば、自然と空気が異なってくるのだろうか。
同じ草木から漂ってくるはずの匂いは、これまで嗅いだものとは、どこか違うものに感じられた。
いや、これは多分、自分の問題だろう。
これまでとは違う環境にいるという思いが、感覚に影響を与えているに違いない。
人の思い込みや想像力というのは、予想以上の力を発揮するものだ。
「思ったより平和な雰囲気ですね」
「そうだな…意外だった…」
傍らを歩く金髪の少女──レミィの言葉通り、周囲の人々の雰囲気は和やかなもので、王国と比べても大差ないものだと思えた。
ここは帝国の北方にある宿場町。
国境を越え、数日間かけてたどり着いた最初の人里だった。
比較的新しい、綺麗な造りの宿が何軒も建っていて、地下水を汲み上げる井戸もしっかりと完備されている。おそらく王国との戦争が終わった後に作られたか、改装された町なのだろう。住民も若い人が多いように思えた。
「なぁに? もっと恐い雰囲気でも想像していたの?」
背後を歩いていた紫のドレスを纏った妖艶な美女──エーゼルがニヤニヤしながら言う。彼女はこの帝国どころか、はるか東の共和国にも足を伸ばしたことがあるらしく、それぞれの事情に詳しい。
「帝国は今の皇帝になってから、周辺諸国との融和政策に切り替わったのよ」
先代の皇帝アーネストの代まで、帝国はたびたび周辺諸国への侵攻を繰り返し、長きに渡って緊張状態が続いていた。
そして数十年前に、王国や共和国に対して大規模な侵略戦争を起こしたのだが、その途中で突如としてアーネストが崩御。息子のフレデリックが帝位を継いだ。
オレもそこまでは知っていた。
「親子で思想が完全に逆だった…ということですね」
頬に指を当てながら、尖った耳を持つ淡い色の髪をした女性──ウィンディさんが言葉を続けた。
何はともあれ、そういうことならこの帝国領の穏やかな雰囲気には納得がいく。昨日の夕方にこの町に着いたが、その時はさすがにオレも緊張していたものだ。
王国からの来訪者に対して、冷たい対応をされないかと。
「冒険者が多い…?」
隣で銀髪の女剣士──ラナがポツリと呟いた。
確かに、通りを行く人の中には、王国ではあまり見なくなった冒険者風の格好をした人が目立つ気がする。革鎧を着ていたり、騎士でもないのに剣などの武器を下げている者が多い。
「王国は冒険者が斜陽なんて言われてるけど、ここではそうでもないのよ」
「需要があるってことなのか?」
エーゼルによれば、現皇帝のフレデリックの代になってから、帝国は軍縮の一途を辿っているらしく、職を失った兵士が冒険者になることが多いのだという。
そんなわけで、あまり市井に目が行き届いているとは言い難いらしい。
だから魔獣退治などの仕事の募集は多く、冒険者の需要はいまだ高くなっているというわけだ。
しかし、平和になったせいで兵士たちが冒険者に身を持ち崩す…。
もちろん平和が良いのは当然だと思うが、それによって不幸になる人がいるという事実に、なんとも複雑な思いを抱いてしまう。
「まぁ、路銀を稼ぐ際には困らないかも…な」
とはいえ、国境の街を出る際にヴァイパー辺境伯からかなり多めに餞別をもらっている。少なくとも、よほど無茶な使い方をしなければそうそう尽きることはないだろう。
そう、無茶な使い方をしなければの話である。
「そういえば、エーゼル。あんた結局1人部屋にしたのか? しかもランクの高い部屋で…」
「あら、別にいいじゃない、お金はたっぷりあるんだし」
昨日のことだが、宿で部屋を取る際にちょっとした一悶着があった。
まず毎度のことで、レミィがオレと同室が良いと言い出す。先日の「同衾事件」の際はあれほど慌てていたが、一緒の部屋で過ごすのは問題ないらしい。彼女の基準はよく分からない。
で、いつもならラナが説得するという流れになるのだが、今回はウィンディさんがその説得役となり、懇々と言い聞かせていた。その様子が、まるで母親が娘に説教をしているようにしか見えず、オレは苦笑いをするしかなかった。
以前はオレが1人部屋、そしてラナとレミィが2人部屋と分かれて宿泊するという感じだったのだが、今ではウィンディさんとエーゼルが加わって5人パーティとなっている。
冒険者のパーティで5人というのは、やや大所帯。宿での部屋割りをしっかり考えなければ、余計な出費になりかねない。
というわけで、オレが1人部屋、女性陣が4人部屋にするはずだったのだが、気がつけばエーゼルの姿がなく、勝手に上のランクの、しかも1人部屋に泊まってしまったというわけだ。
「無駄遣い…」
「もう、堅いこと言わないで、ラナちゃん。それとも、次はアタシと同室にする?」
どこまで本気で言ってるのか知らないが、エーゼルの言葉と妖しい視線を受け、ラナは無言で身震いしていた。
人数が増えた冒険者パーティは何かと諍いが絶えないと聞いたことがあるが、今ならそれがよく分かる気がする。
「よぉ、お前さんたちも冒険者かい?」
ふと、露店の店主が声をかけてきた。浅黒い肌をした30前くらいのおっさん。見れば冒険者用の小物を売っているらしい。
「あぁ、オレたちは王国から来たんだ」
「へぇ、それははるばるご苦労だったね」
おそらく、王国から来る冒険者というのは珍しいのだろう。おっさんは目を丸くしていた。
「それにしても…ぺっぴんさんを4人も連れてるなんて、お兄ちゃんやるねぇ」
「い、いや…それほどでも…」
別に好きで女性ばかりを連れているわけではない。成り行き上、こうなってしまっただけだ。
しかし、確かに客観的に見て、4人はそれぞれで異なる魅力を持った美女なのは間違いない。何も知らない人から見たら、羨ましいと思われるかもしれない。
「そ、そうだ…この人物を見たことはないか?」
とにかく話題を変えよう。そう思ってオレは、しばらくぶりに「立体映像」の魔術を使って、右手の上に1人の人物の姿を映し出す。
長い黒髪と真っ赤なマント、そして竜を象った長剣を下げた剣士の姿。
「んん? これは…」
おっさんは見慣れない魔術に驚いたようだが、すぐにじっと映像を凝視していた。
そして、笑顔を浮かべてこう言ったのである。
「こりゃあ…竜剣士様じゃないか!」
全く予想外の言葉に、オレはその意味を理解するのに数秒を要してしまった。
母さん、ついに父さんの手がかりが掴めるかもしれません──。
──第28話に続く




