第26.5話 「美女2人」
これは国境の街で、ジュピターが「竜王之息吹」にて怪物を撃破した直後のエピソードである──。
◇ ◇ ◇
ウィンディは、普段隠れているその緑の瞳を、淡い金髪の少女へと向けていた。表情にはいつも浮かべている笑顔はなく、見る人によっては恐さをも感じるような視線を注いでいる。
彼女は、右手首に着けている赤い腕輪が、わずかに振動しているのを感じていた。
「…やはり、彼女が…」
巨大な肉塊の怪物が消滅し、その勝利を味わっている少女たちを尻目に、ウィンディはそっと、建物の物陰へと身を翻した。
「…お父様…聞こえますか…?」
耳に着けている通信用の魔装具を起動。遥か西の「塔」にいる父に向けて声を送った。
ほどなく、父からの返答が来る。
「はい…私は元気です…えぇ…それより、例の件ですが…」
娘の無事と、その声が聞けたことを喜ぶ父親の反応に、ウィンディは一瞬だけ呆れた表情を浮かべる。なので早々に、本題を伝えることにした。
「やはり、あのレミィという娘に間違いありません…」
あの時、ジュピターが放った大魔術。ウィンディも知識としてだけは知っていたそれは、伯父のコレクションである魔石の力を以てしても、完全発動とまではいかなかった。
魔力が足りず、少年の力が尽きかけたその時、ウィンディは見た。
彼を応援する少女から、光のようなものがうっすらと流れているのを。
「あの光…神聖魔術ではありません…」
光を受けた少年の魔術は、その勢いを増大させ、ついに怪物を消滅させた。
他者の放つ魔術に干渉するような能力など、ウィンディは聞いたこともない。
何より、その光を放っていた時、ウィンディの着けている赤い腕輪が、激しく鳴動していた。それは紛れもなく、あの少女の正体を示す証。
「はい…はい…今後も、彼女の動向を見守ります…彼女に危害を加えるものは、全て私が排除します…」
生命はもちろん、彼女の「純潔」も守る。そうしなければ、「例の力」は失われてしまうと、ウィンディは聞いていた。
レミィは、あの少年のことを大いに慕っている。今は大丈夫だと思われるが、いずれ2人が、男女の関係になってしまう可能性はないとは言えない。
そうなることは、なんとしても避けなければいけなかった。
「…合わせて、マークさんの件も、引き続き調査します…はい…分かっています…では、また…」
娘の声が聞き足りないと言う父親の訴えを無視し、ウィンディはそこで通信を終えた。その表情には、決意に満ちたものがある。
「…誰と話していたのかしら?」
「っ…!?」
背後から突然の声。
ウィンディが目を見開き、反射的に構えながら振り向いた先には、紫色のドレスを纏った妖艶な美女の姿があった。
「あ、あら…エーゼルさん…何のことでしょう?」
「誤魔化すんじゃないわよ」
見ればエーゼルの手には、いつの間にかあの巨大な棘付戦鎚が握られている。ジャイアントリザードの頭部を容易く圧壊させる武器。人間には防御することすらできないだろう。
「アンタ…何者なの…?」
「……」
エーゼルの目は真剣。返答次第では、その巨大な鉄塊を容赦なく叩きつけることは、想像に難くない。
ウィンディは観念したように、大きくため息をついた。
「私は、「教団」に所属する者です…」
「「教団」…それって、まさかあの…?」
さすが、見聞の広いエーゼルは知っていたらしい。そうであるなら、話は早いと、ウィンディは言葉を続ける。
「私の目的は、あの少女を護ることです」
「レミィを…なるほど、そういうこと…」
チラリと、エーゼルは通りの中央で喜びを分かち合っている3人の男女を見る。
「「教団」なんてとっくに無くなったと思ってたけど、まだ存在してたとはね…」
「かなり縮小してますけどね」
ようやく、エーゼルは手にしていた棘付戦鎚を、元の小さな戦鎚に戻した。
「というわけで、私に敵意はありません…分かっていただけましたか?」
「まぁ、とりあえず…ね」
ウィンディはいつもの笑顔を浮かべ、エーゼルもそれに笑顔で応える。
しかし、2人とも警戒を完全に解いていたわけではない。
「でも、アタシはこう見えて隠し事をされるのは嫌いなの」
普段角を隠して行動している癖に。ウィンディはそう思ったが、もちろん表情にも出さなかった。
「年長者同士、今後は情報交換していくとしましょ…」
「…分かりました…ですが…」
今度はウィンディが、隠していた牙を垣間見せる。
瞬時にエーゼルの目前まで詰めた彼女は、その拳を美女の鳩尾に押し当てた。
「貴方も…もしレミィさんに危害を加えようとするなら…」
「ふふ…分かってるわよ…」
直接的な戦闘力では、ウィンディには敵わない。一瞬の動きだけで、エーゼルはそれを察していた。笑顔こそ崩さなかったが、その額には一筋の汗が流れている。
「仲良くしていきましょ、仲間なんだから…」
「そうですね、仲間ですから…」
そう言って、美女2人は笑顔を浮かべたまま、通りへと戻っていく。
金髪の少女が、赤いジャケットを着た少年に抱きついている。
その様子を、銀髪の女剣士が不機嫌そうに眺めていた。
いつもの見慣れた光景。
2人の美女はそれに対して、それぞれ違う感情の眼差しを向けていた──。
──第三章に続く




