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第26話 「帝国へ」

 数日後、オレたちは国境の関所にいた。


 街からさらに南に少し下った先。堅牢な砦と、東西に走る長い壁が作られたそこは、戦争が終結して数十年経つというのに、さすがに物々しい雰囲気を醸し出していた。


「いよいよ帝国か…」

「ちょっと緊張しちゃいますね…」


 ヴァイパー卿からもらった通行手形を、関所に駐屯する兵士に渡す。その確認作業中、隣に立つレミィは表情を固くしていた。無理もない、王都を出たことすらなかった彼女が、1ヶ月もしないうちに別の国に行くことになったのだから。


 ふと、先日の「同衾《どうきん》事件」を思い出す。


 後からしっかり目が覚めたレミィも、最初は大慌てだった。なんでも、彼女は少しでも酒が入ると記憶が曖昧になる上、誰かの寝るベッドに潜り込む癖があったのだとか。

 神殿にいた頃は、父代わりの神官長のベッドに潜り込んでは、よく注意されていたらしい。


 というか神官長、いったい何歳の頃から彼女に酒を飲ませていたのか。王都で会った時は温和そうに見えたが、意外とダメ神官だったようだ。


 今回はたまたま、オレのベッドに潜り込んだようだが、本人はその際の記憶もほとんどないという。


 オレとしては、あの後でラナの機嫌を直すのが大変だったが。


「もし、「大魔の種」が帝国内で広まってるとして…」


 そのラナが、険しい表情をして話しかけてきた。


「あんな怪物と、また戦うことになるかもしれないわね…」

「そう…だな…」


 あの肉塊のような怪物の正体は、ヴァイパー卿の配下のものたちが調査して突き止めてくれた。


 なんと、オレの「竜王之息吹《ドラゴンブレス》」で吹き飛ばした跡地に、1人の痩せぎすで禿頭の男が倒れていたという。

 その男は帝国からの密入国者であり、国内でも密輸の容疑者として目をつけられていた人物だった。


 驚くことに、男は負傷こそしていたが生存しており、事の経緯を聞くことができたという。


 話によれば、男は「大魔の種」を服用して、それによって引き上がった身体能力を以て、関所の壁を飛び越えてきたらしい。

 しかし街に着いて早々、気分が悪くなったと思った瞬間、記憶が飛んでしまったのだとか。


 おそらくその直後に怪物化したのだろう。

 そしておそらく、それは「大魔の種」によるもの。

 図らずも、エーゼルの言っていた噂話の裏が取れてしまったことになる。


「怪物化の原因…いったい何だったんだろうな…」

「その辺りも調べていく必要がありそうですね」


 腕組みをしたオレに、ウィンディさんが声をかける。


 男の話では、気分が悪くなる直前、「誰か」と会ったのをうっすら覚えているということだった。それが何者かまでは覚えていないそうだが。


「きっと、父さんもその辺りを探っていたんでしょう」

「マークさんの行方…分かるといいですね」


 男の話が本当だとすれば、「大魔の種」を服用した人を、怪物化させている人物がいる可能性がある。それが何者か、そしてその目的は何なのか。さらなる謎が提示されたことになったわけだ。


「伝説の竜剣士…アタシも早く会ってみたくなってきたわ」


 エーゼルは相変わらず、愉しげな笑みを浮かべている。本当、強い人物であれば誰でもいいのだろうか、コイツは。


「そういえば、ずっと聞きたかったんだが…」

「あら、何? アタシのスリーサイズ?」


 サラッと何を言うのか、この女は。

 オレは予想外の言葉に赤面してしまったが、努めて冷静に言葉を続けた。


「バカ言うな…あんた、ランフォードはどうしたんだよ?」


 あれほど慕っていた様子の黒衣の剣士。無表情で寡黙で、何を考えているか読めない男だったが、その剣の腕は確かだった。


「あぁ、彼ね…捨てちゃったわよ」

「捨て…そんな物みたいに…」


 さもつまらなそうに、爪をいじりながら答えるエーゼル。


「だってぇ、アイツってば記憶を取り戻すためとか言って、調べものばかりするようになっちゃって」


 それで刺激がなくなったとかで、エーゼルは彼に愛想を尽かしたらしい。

 王都で適当に撒いて、置いてきたと語った。


「アタシが何をしても反応薄いし…きっとアイツ不感症なのよ、間違いないわ」

「ふかっ…な、何を言ってるんだよ、あんたは…」


 本当、いちいち選ぶ言葉に品がない。こういう言動さえなければ、その美貌は間違いなく絶世だと思うのだが…。


「それに…アタシの中で一番強い男は、今は貴方だからね、ジュジュ♩」


 そう言って、エーゼルはまたしてもオレの右腕をそっと抱き寄せる。なんとも言えない柔らかな感触が二の腕を包み込んだ。


「おまっ! だから、そういうことは止めろ!」

「そうです、ジュピター様が嫌がってますよ!」


 振り払いたいが、ラナに匹敵する力を持つ彼女から逃れる術などない。

 レミィが、オレの左腕を抱きながら引っ張る。無論、その程度ではエーゼルはびくともしないが。


「ら、ラナ…助けてくれ…!」

「知らない…」


 自分でも情けないと思う表情を浮かべながら、銀髪の幼馴染に助けを求める。しかし、どういうわけかラナは冷たく言い放ち、そっぽを向いてしまった。


「あらあら、大変ね」


 そんなオレたちの様子を、ウィンディさんがクスクス笑いながら眺めている。だんだん分かってきたが、この人は意外と、傍観者を装って楽しむタイプなのかもしれない。


「あの…確認できましたが…」

「あ、はい! ありがとうございます!」


 書類を見ていた兵士が、申し訳なさそうに話しかけてきた。オレは慌てて礼を言って、返却された手形を受け取る。


 騒がしい5人組だと、きっとその兵士は思ったことだろう。

 恥ずかしくなって、オレはとっとと関所を抜けていくことにした。


「さ、さぁ、とにかく行くぞ…帝国に向けて出発!」

「あ、待ってくださいジュピター様!」

「勝手に行くな…!」

「せっかちは嫌われるわよぉ」

「ふふっ」


 4人の女性がオレの周りを取り囲むようにして歩く。


 本当、オレは父さんを探すために旅立ったはずなのに…いつの間にか、美女たちに囲まれる羽目になってしまった。

 願わくば、これからの旅の中で、オレのストレスが溜まらないことを祈るばかりである…。


 母さん、必ず父さんを探し出してみせます…待っててください──!


 ──第26.5話に続く

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