第25話 「酒宴」
その日の夜は、まさに大宴会となった。
街を恐怖に陥れた巨大な怪物。それを見事に打ち倒した英雄を讃える宴である。
その英雄が、まさか自分たちのことだとは…我ながら実感が湧かない。
「いやぁ、実に愉快愉快!」
辺境伯の屋敷内。その大広間全てが会場となっていた。
オレたちの他、街の騎士や貴族。そして一部の住民も参加した、大規模なものである。
その中央で、酒の入った大きなジョッキを掲げ、ヴァイパー卿は豪快に笑っている。
怪物を倒した直後、なんと彼は昔使っていたという大槍と大楯を持ち、そして甲冑を身に纏って駆けつけてきた。騎士たちも必死に止めたそうだが、オレたちがいなかったら、例え1人でもあの怪物に立ち向かっていたかもしれない。
「俺の姪とその仲間たちが、街を救ってくれた英雄とは! これが飲まずにいられるか!」
そう言って、もう何杯目か分からない酒を飲み干す。
そんな彼の隣に座らされているのが、何を隠そうオレなのだ。
正直、うるさくて仕方ない。
「あ、あの、ヴァイパー卿…魔石の件なのですが…」
「んん?」
恐る恐る、オレは砕いてしまった宝石について話す。
瞬間、辺境伯の顔が険しくなり、眉毛を大きく歪ませる。大丈夫だと思っていたが、やはり貴重な宝物を無断で使用した上に、それを壊したとあれば、大らかな彼も怒りを露わにするか。
「だぁーはっは! あんな石ころ1つで街が救われたんだ! 安い安い!」
と思ったが、一瞬でまた表情を変え、ヴァイパー卿は豪快に笑い飛ばした。酒で情緒がおかしくなってるのかもしれないが、何はともあれ、お咎めなしで良かった。
あれほど純度の高い魔石を石ころ呼ばわりするのは、魔術師としては引っかかったが。
「それより、綺麗に城壁に穴を開けた件だが…」
またしても一転、難しい顔をしながら破壊してしまった城壁について話す辺境伯。
確かに、今は戦時ではないとはいえ、国境の街の守りの要とも言える城壁の一部を消し飛ばしてしまったのだ。国の防衛に関わる大事と言っても過言ではない。
「女王陛下から小言の1つでも言われてしまうかもしれんな! ハーハッハ!」
やっぱりこの爺さん、ただ酔っ払ってるだけなのかもしれない。全然気にしていない様子で笑い飛ばしていた。
「もう、伯父様ったら、飲み過ぎですよ」
ヴァイパー卿を挟んで、オレの反対側に座るウィンディさんが呆れた顔をしている。とは言いつつ、彼女もそれなりに飲んで楽しんでいる様子だった。
あの時の、レミィを見ていた表情は気になったが、オレの思い過ごしかもしれないと考え、敢えて何も言わなかった。
ウィンディさんから少し離れたところでは、あの妖艶な美女が実に楽しそうに酒宴を満喫していた。一応、フードは目深に被ったままだったが。
彼女の周りには、デレデレした様子の騎士たちが取り囲んでいる。
「ジュピター様、お注ぎしますね」
ふと、空になっていたオレのグラスに、レミィが果実酒のボトルを傾けてきた。
「お、おいおい…レミィも宴の主役なんだ。そんなことしなくても…」
「いいんです、私がやりたいんですから」
そう言ってレミィが向けてきた笑顔は、いつもの元気と若さに満ちたものとは異なり、不思議と色気を感じる気がした。
たぶん、彼女も多少飲んで、その頬に朱が差していたせいだと思う。
「レミィ…ありがとな…」
「えっ?」
あの時、彼女の声が聞こえなかったら、怪物を倒すことなどできなかっただろう。
理由はよく分からないが、レミィの声を聞くと、不思議な力がオレに湧き上がってくるようだ。
「君がいなかったら、オレはきっと負けていた…だから、ありがとう…」
「そ、そんな…ジュピター様…」
思えば、オレも酔っていたのかもしれない。
ちょっと言葉に熱がこもってしまったせいか、レミィは茹でたタコのように真っ赤になっていた。
「…ちょっと、近過ぎ…」
そこに、据わった目をしたラナが乱入してくる。
彼女はここぞとばかりに、運ばれてきた料理をこれでもかと食していた。そして酒も大いに飲んでいたようだが、昔から全然酔うことがない。顔色は完全に素面だった。
「ジュピター、飲み過ぎよ…」
「あ、あぁ…そうかもしれないな…」
幼馴染に指摘され、オレは頭が上手く回らなくなってることを自覚する。決して酒に強くはないのに、つい楽しくて飲みすぎてしまったらしい。
「そろそろ、休ませてもらうことにするよ…」
そう言って、オレはヴァイパー卿の元を辞し、客間に向かった。
というところまでは、記憶に残っていたのだが──。
◇ ◇ ◇
「ん…痛ぇ…」
窓から差す朝日の眩しさと、軽い頭痛のせいで目が覚めた。
煌びやかな天井の照明器具が見える。あぁ、そうだ、ここはヴァイパー卿の屋敷で、オレにあてがわれた客間だと、少しずつ状況を理解する。
宴会の途中から、記憶が曖昧だ。この部屋まで来たのは覚えているが、そこからどうベッドで眠りについたかは全く記憶にない。
外から入る日差しの強さから察するに、もう昼に近いくらいの時刻だろうか。やはり酒など飲むものではない。次に機会があっても、絶対に飲みすぎたりしないと、心に誓った。
「…ん…なんだ?」
上質なシーツのものとは、明らかに違う温もりを感じる。左腕のあたりに、何か柔らかいものが乗っている感覚があった。
自由な右手で、乗っている「何か」を触って確かめる。まだ、眩しさから目をしっかり開けていられない。
「これ…は…?」
柔らかい、そして人肌のような温もり。
というか、もしかしてこれは人の…?
「ぁ…ふ…」
「っ…!」
吐息のような声が耳元で聞こえ、一発で目が覚めた。
カッと見開いた目を、左腕の方に向ける。
淡い金髪が見えた。
穏やかな寝息を立てて眠る、少女の姿。
「うわぁぁぁぁっ!?」
自分でも情けないと思う、滑稽な悲鳴を上げてしまった。
待て待て、落ち着け。オレは魔術師。物事を冷静に観察し、そして状況に応じた最適解を出すのが役割。
まずは現状を確認するのが肝要だ。そうしよう。
1つのベッドで、
オレの隣に、
レミィが寝ている。
ダメだ…どうやっても冷静でいられるわけがない。
「どうしたのジュピター!?」
オレの悲鳴を聞きつけてしまったらしく、客間の扉が盛大に開き、銀髪の女性が飛び込んでくる。平服姿だが、その手にはしっかりと長剣が握られていた。
あぁ、もうおしまいだ…。
一瞬で、ラナが固まった。
「なによ〜騒がしいわね…」
「何かあったんですか、ジュピターくん?」
そこに年長組の2人までやってきた。
エーゼルは透け透けなネグリジェ姿。ウィンディさんはしっかりと着替えている。しかしそんなことはどうでもいい。
「って、あら…これはこれは…」
妖艶な美女が、口元に手を当ててニンマリと笑う。
「れ、レミィさん…!?」
そしてなぜか、ウィンディさんは青い顔をして慌ててシーツを剥ぎ取ってきた。
「うわわっ!」
「きゃっ!」
オレとレミィは、揃ってベッドから転がり落ちてしまう。その拍子に、彼女も目が覚めたらしい。
「いてて…ん…あれ…?」
そこでようやく気づいたが、オレもレミィも、普通に服を着ていた。乱れているといった様子もない。
つまり、何事もなかったということだ。
「よ、良かった…」
「あ、ジュピター様、みなさん…おはようございます…」
安堵するオレを他所に、レミィはまだ寝ぼけた様子で挨拶をしていた。
ウィンディさんも、なぜかホッとした様子。
エーゼルは逆に、つまらなそうに肩をすくめて部屋を出ていった。
そして、ラナだけはいつまでも固まったままだった──。
母さん、オレは無実です…!
──第26話に続く




