第24話 「大魔術」
なぜエーゼルがこの魔石を持っていたのか。その疑問について考えるのは後回しだ。
今は、為すべきことを為すだけ。
「ラナ、1分…いや30秒だけでいい、オレを護ってくれ」
「…楽勝…!」
そう言って、銀髪の剣士はオレの前に仁王立ちし、その長剣を構える。
見た目こそ、麗しき女剣士といったものだが、オレにとってはまさに鉄壁の盾を得たような気持ちだった。
「さぁ…やるぞ…!」
深く息を吐き、そして大きく吸う。
頭の中を一度クリアにして、魔術式を構築。
大きな爆発を起こす「爆裂」ではダメだ。怪物を粉砕するほどの威力は期待できない。
巨大な魔力の刃で一刀両断にする「大切断」も却下。斬り裂くだけでは、再生されてしまう危険性がある。
絶大な火力を以て、あの巨大な怪物を一撃で消し飛ばすような、そんな大魔術が必要だった。
「大火…絶大…豪炎…膨張…」
ゆっくりと、オレは集中しながら魔術の詠唱を始めた。同時に、脳内で構築される術式はその複雑さを増していく。
「さぁ、見せてもらうわよ…アナタの力…」
屋根の上から、エーゼルの愉しげな声が聞こえる。
「はぁっ! ふんっ! てやっ!」
迫る触手からオレを護っている、ラナの声も聞こえる。
怪物の放つ不快な呼吸音にも似た呻き声。遠くから聞こえる人々の悲鳴。
それらの音が全て、妙にクリアに聴こえる感覚。
複雑な術式を組み上げる時、いわゆる「ゾーン」に入っている時は、いつもこんな感覚を覚える。
とてつもなく、気持ちが良い。
同時に、いまやろうとしている魔術を使うために、自分の中の魔力ではとてもじゃないが足りないということも分かる。
急速に、右手に握った魔石から、その輝きが失われていった。
オレが掲げた左手から、1つの魔方陣が浮かび上がる。青白い輝きを持つそれには、今まさに咆哮するように口を開ける、竜の姿が映し出されていた。
「その魔術…もしや…?」
ウィンディさんの驚く声が聞こえた。彼女はこの魔術を知っているらしい。
これはオレが「先生」から教わった中でも最高峰の魔術。
剣は父さんやラナの親父さんから教わったが、才能に恵まれなかったせいか、思ったほど上達はしなかった。
代わりに、オレには生まれつき言語魔術の適性があった。
それを見抜いたのが、村にいた唯一の魔術師である「先生」。
とても穏やかで、優しさに溢れた、太陽のような人だ。
母さんとも昔から仲が良く、親友だと言っていたのを覚えている。
そんな「先生」が、危険を承知で教えてくれた魔術を、オレは使おうとしていた。
本当に必要な時にだけ使いなさい。そう言っていた「先生」の、揺れる黄金の髪が目に浮かぶ。
あまりに強大な力を持つ大魔術。偉大なる伝説の「竜」の名を冠するその魔術は…。
「竜王之…」
魔方陣が、一気にその大きさを広げる。
オレの身長ほどにまで広がったそれは、青白い魔力の輝きから真紅の炎の色へと変貌した。
「息吹ッ!!」
瞬間、右手に持つ魔石が粉々に砕け散る。
事態を察したラナが、素早く身を翻して「射線上」から飛び退いた。
そして、魔方陣に描かれた竜の顎から、膨大な魔力の熱線が解き放たれた。
耳を覆いたくなるような大轟音が響き渡り、周囲の家々の壁を焦がす。
地面は大きく抉れ、砕けた石畳が無数の礫となって舞い上がった。
「い…けぇぇぇっ!!」
ギュオォォォォッ
熱線が怪物を焼き尽くそうと、その巨体を覆い尽くす。
名状しがたい奇怪な叫びと共に、怪物の触手が大きくのたうち回った。
「ぐ…がはっ…!」
だが、あれだけの魔石を犠牲にしたにも関わらず、大魔術の反動はオレの身体を蝕んでいた。
激しい頭痛と、今にも崩れ落ちそうなほどの疲労感。全身の血が沸騰したような感覚がしたと思った矢先、オレの耳から、鼻から、そして口から血が溢れる。
まだ、怪物はその形を保っている。巨体は徐々に焼かれていくが、先にオレの魔力が尽きるのは明白。
このままでは、オレの命も…。
「ジュピター様!」
レミィの声が耳に届く。そちらに視線を送る余裕などなかったが、背後にいるのは声と気配で分かった。
「負けないでください…ジュピター様!」
ドクン
またあの感覚。
レミィの声を聞いていると、不思議と全身の疲労も、激しい頭痛も感じなくなっていく。あのランフォードと戦った時と同じ、全てが透明になったかのような高揚感。
『邪悪なモノを滅せよ』
そして頭に響く、あの謎の声。
同時に、オレの放つ「竜王之息吹」の勢いが、一段階増した気がした。
魔術が、より高位なものに切り替わるような感覚から、オレは確信する。
これなら…いける!
「うぉぉぉぉぁぁっ!!」
叫んで何が変わるわけでもない。
しかし、叫ばずにはいられない。
真紅の熱線は、螺旋を描くかのようにうねり、怪物を蹂躙する。
轟音によって怪物の声すらかき消され、その勢いのまま、肉塊は炎の中へと消えていった。
次の瞬間、熱線は初めからなかったかのように一瞬で消え去る。
しかし、ぽっかりと穴を開ける城壁と遥か天空の雲が、その強大な威力を物語っていた。
「はぁっ…はぁっ…お、終わったぁ…」
先刻までのクリアな感覚が嘘だったように、オレの全身は強烈な倦怠感に支配されていた。立っているのがやっと…いや、立っていることもできない。その場にへたり込むように尻餅をついた。
「ジュピター様!」
座り込むオレの背後から、レミィが飛びついてきた。
「やったわね…」
ラナがオレを見下ろしながら、珍しく穏やかな笑みを浮かべている。
「さすが、アタシの見込んだ男ね」
屋根から降りてきたエーゼルは、ご満悦といった表情をしていた。
「お前…なんで…アレを…?」
疲労から、オレは上手くしゃべることができない。しかし、何を言いたいかは彼女にしっかり伝わったようだ。
「あぁ、あの魔石のこと?」
いつも通り、妖しい笑みを浮かべながら、エーゼルはその豊かな胸を反らす。
「言ったでしょ、アタシは情報通だって。ヴァイパー卿がものすごい魔石を持ってるって、聞いたことがあったのよ」
そして、あの巨大な怪物を打ち倒すには、絶大な威力を持つ魔術が必要だと判断し、すぐに屋敷に戻ってくすねてきたのだという。
「ぬ、盗んで…きたのかよ…」
「緊急事態だもの、あのお爺さんなら事後承諾でも許してくれるでしょ」
何一つ悪びれる様子もなく、妖艶な美女はクスクスと笑いながら言い放った。
確かに、それはそうかもしれないが…あれほどの貴重な魔石を砕いてしまったことに、後ろめたさを感じなくもない。
「……?」
ふと、オレはずっと黙っているウィンディさんが気になった。
彼女の顔に、いつもの笑顔はない。
代わりに、その細い目からわずかに緑の瞳が覗いている。
そしてその視線は、オレを抱きしめる金髪の少女に、静かに向けられていた気がした──。
──第25話に続く




