第22話 「異変」
「まさか、半日経ったら1人増えてるとはな…」
「ははは…」
エーゼルを加えたオレたちは、一旦ヴァイパー卿の屋敷に戻ってきた。
いつの間にかメンバーが1人増えていたことに、ヴァイパー卿は目を丸くする。しかし、それが妖艶な美女と分かると途端に表情を綻ばせた。
「しかし、これはまた…美しいお嬢さんじゃないか」
「お目にかかれて光栄ですわ、ヴァイパー卿」
エーゼルは貴族が相手だろうと物怖じすることなく会話している。さすが、人生経験豊富で世渡り上手ということか。
そういえば、彼女は強者が好きということだが、歴戦の猛者であるヴァイパー卿もその範疇に入るのではなかろうか。
「アタシは年齢差10歳くらいが守備範囲なのよ」
オレの視線に気付いたらしく、聞いてもいないのにそんなことを耳打ちしてきた。どうでもいい情報をありがとう。
「君の趣味もよく分からなくなってきたよ…」
「あの…そういうアレじゃないので…」
眉をひそめながらオレを見てくる辺境伯。頼むからそんな目で見ないで欲しい。好きで女性ばかり加えているわけじゃないのだ。
「まぁ、1人増えた程度、大した違いはない。国境越えの件は引き続き任せてくれたまえ」
「あ、ありがとうございます…」
こちらから相談するまでもなく、ヴァイパー卿はその分厚い胸板を叩いて言ってくれた。1人増えるというのは、ちょっとややこしいことになりそうな気もするが。この大らかさが、英雄としての器というやつなのかもしれない。
一応、エーゼルから聞いた話をヴァイパー卿にも話しておくことにした。真偽のほどは定かではないが、という前置きを付けておいたが。
「なるほど…身体能力を強化する…そして怪物化の噂か…何やらきな臭い話になってきたようだ」
無精髭の生えた顎を撫でながら、ヴァイパー卿は難しい表情を浮かべる。かつての戦争の際に、様々なものを見てきたのだろう。怪物化の話も疑うことなく受け入れていた。
「分かった、こちらでも再度調査をしてみよう」
「助かりますわ、伯父様」
後ろ盾、というと少し聞こえが悪いが、こうして貴族の有力者と繋がりが持てたのは幸運と言える。完全に甘えるわけではないが、ウィンディさんを通して何かと支援してくれれば、これほど頼りになるものはない。やはり彼女と行動を共にしたことは正解だったようだ。
相変わらず、ラナの冷たい視線がオレの背中に刺さっていたが。
「ん…なんだ?」
その時、ふとヴァイパー卿が窓の外に視線を巡らせた。
エーゼル、次いでラナやウィンディさんも、何かを感じ取ったように同じ方向を見る。
少ししてから、オレの耳にも感じることができた。
何やら、外が騒がしい。
これは…悲鳴?
「た、大変でございます!」
屋敷の玄関が勢いよく開き、オレたちのいたホールに1人の騎士が駆け込んでくる。その顔は恐怖の色に染まっているように、必死の形相を呈していた。
「何があった!?」
「ま、街の中に…突如として怪物が…!」
その一言は、オレたちを戦慄させるには十分すぎる破壊力があった──。
◇ ◇ ◇
街は混乱を極めていた。
住人が着の身着のまま、街の南方から反対側に向けて逃げ出している。その表情はいずれも、さきほどの騎士のように恐怖に染まっていた。
「これは、只事じゃないな…」
屋敷を出て、現場へと急ぐオレたち。しかし大通りは逃げる人々に溢れ、上手く進むことができない。城塞都市故の、狭い造りの通りが仇となった形だ。
「きゃっ…!」
「大丈夫か、レミィ!」
逃げる通行人に突き飛ばされ、レミィが転倒する。オレがすぐに手を伸ばして起こしてやったが、小柄な彼女にこの混乱の中を急がせるのは難しい。
「こっちよ!」
「えっ…マジか…」
声に反応して見てみれば、エーゼルがとある家の屋根に登っていた。確かに、屋根伝いに移動すれば通行人は邪魔にならない。しかし、登るための取っ掛かりになるような物はほとんど見当たらなかった。
気配の消し方といい、あの女は斥候の真似事もできるらしい。
「しょうがない…浮遊!」
「わ…わっ…!」
身軽なラナやウィンディさんは自力で登っていたが、オレにはちょっと難しいと思えた。もちろんレミィには無理。というわけで、魔術を使って屋根に登ることにした。
フワフワと浮き上がる感覚に、レミィは慌てふためいていたが、オレがその腕を掴んで引き寄せる。結果的に抱き寄せるような形になった。
「あ、ありがとうございます…ジュピター様…」
図らずも、レミィは耳まで真っ赤にしていた。そういうつもりではなかったのだが、確かにこの体勢は良くなかったかもしれない。
エーゼルらに遅れて屋根に登ったオレたちは、そこで3人が立ち尽くしているのを目撃した。いったいどうしたのかと思い、彼女らの視線の先を追ってみる。
高台に登ったことで、街の様子が遠くまでよく見えた。
「な…なんだよ…あれ…」
「あ…ぁ…」
レミィも言葉を失い、その顔を青ざめさせる。
はるか南。街を囲む壁の程近く。
そこには家よりも大きな、巨大な肉の塊のようなものが見えた。
「魔獣、ではないですよね…」
「あんな魔獣、聞いたこともないですよ…」
ウィンディさんの声に、オレは力無く答えるしかなかった。さすがの彼女も、いつもの笑顔がない。眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべている。
隣ではラナが、やはり表情を厳しくしていた。
粘膜のような、ピンク色をした巨大な塊…としか形容できない。
家々に囲まれていることもあって、その全容は見えないが、多数の触手のようなものが伸びているのも窺えた。色も相まって、数多くのミミズがのたうち回っているようにも見える。
この世のものとは思えない、まさに怪物の姿がそこにあった。
「いったい何なのよ、あれ…」
「分からない…分からないが…」
エーゼルが露骨に表情をしかめる。見聞の広い彼女も、あれの正体には見当もつかないようだ。
眼下で逃げ惑う人々。その中には年端のいかない子供の姿もある。
不安と恐怖から、涙を流している者も数多く見られた。
「あんなものを、放っておくことなんてできない…!」
きっと父さんなら、同じことを思ったに違いない。
オレは触手を振り回す異形の怪物に向けて、一直線に駆け出していた。
相手の正体や目的、それらを考察することは後回しにする。魔術師としてはあるまじき行為。
だとしても、足を止めることなどできなかった──。
──第23話に続く




