第21話 「情報通」
「国境付近の街とはいっても、そこまで物々しい雰囲気はないな」
「とても活気があって、良い街ですね!」
翌日、オレたちは朝から街を散策していた。
国境越えのための手続きは数日かかる。それまで、言葉を選ばなければ正直暇なのである。
というわけで、観光がてら街の中を見て回ることにしたわけだ。
午前中いっぱい歩き回り、ちょうどヴァイパー邸のほど近くまで戻ってきたところである。
「王都にはない、珍しい品もありましたね」
国交がある程度回復しているせいか、帝国側からも様々な品が入ってくる。2つの国の品が同時に並ぶという、国境の街ならではの風景が味わえた。
と、考えつつ、どうしてもオレの目線はウィンディさんがいつも浮かべている笑顔に向いてしまう。
昨夜のヴァイパー卿の一件のせいで、意識しない方が無理というものだ。
「…ジュピター、どうしたの?」
そんなオレの雰囲気を察したのは、やはりラナだった。付き合いの長さのせいか、オレが何か迷ったり意識していることがあると、すぐに声をかけてくる。
しかし今回に限っては、彼女に相談するわけにもいかない。
「な、なんでもないさ…」
「…そう?」
果たして上手く誤魔化せただろうか。とりあえず、ラナはそれ以上何も言わなかった。
「そ、そういえば、さっき見た店、エルフの夫婦がやってるのは珍しかったな」
「とても仲の良さそうな2人でしたよね!」
自分自身を誤魔化すためにも、他愛のない話を振ってみる。しかし実際、エルフが営む商店というのは珍しい。様々な人種が集まる王都でも見られなかったものだ。
「エルフにも、人里を好んで暮らす人はいるものですよ」
確かに、実際ウィンディさんの母親がそういう人だったのだろう。でなければ、出奔したとはいえ貴族の次男と出会い、結婚することもなかったはずだ。
ふと、「結婚」という単語が浮かんだことで、また自分の中でウィンディさんのことを意識してしまう。全て、あの陽気な爺さんのせいだ。
もう一度、話題を変えなければ。
「い、一応、「タイマの種」ってやつについて聞いてはみましたが…さすがに誰も知らなかったですね…」
「帝国から来た商人さんでもいれば、もしかしたら何か分かったのかもしれませんが…」
国交があるとはいえ、そういつもいつも帝国から来る人がいるわけではない。今日は行商人も見当たらず、有益な情報を得ることはできなかった。
「ふーん、「タイマの種」ねぇ…」
「っ…!?」
急に背後から声がして、オレたち4人は揃って振り返る。
そこには、紫色のフードを目深に被った、あの妖艶な半魔の美女が立っていた。
「竜剣士の次は、そんな物を探しているの?」
「あ、あんたには関係ないだろ、エーゼル」
オレはともかく、ラナやウィンディさんですら、その接近に気が付かなかった。この女、気配の消し方があまりに上手すぎる。半魔としての能力だろうか。やはり油断ならない。
今は武具はヴァイパー邸に置いてきている。丸腰の状態だが、ラナが先頭に立って身構えていた。
「つれないことを言うわね…その「タイマの種」について、ちょっと耳寄りな情報があるっていうのに…」
「な、なんだって!?」
わざとらしく腕を組み、小首をかしげつつ身体を傾けるエーゼル。相変わらず、あざとい仕草が鼻につく。
しかしそれでも、彼女の言葉に耳を傾けないわけにはいかなかった。
「どうして貴方が、「タイマの種」について知ってるのかしら?」
「アタシはこう見えて情報通なのよ。王国や帝国、共和国にだって渡ったことがあるからね」
ウィンディさんの問いに、エーゼルはその手を豊かな胸元に当てながら答える。
東の山脈を越えた先の共和国。国交はあるにはあるが、あまり盛んではないと聞いたことがある。
「ね、情報を教えるから、アタシも仲間に入れてくれないかしら?」
「まだそんなこと言ってるのか…なんだってそんなにオレたちに付いてきたがるんだよ?」
どうにもこの女のことは苦手だ。人の心を見透かしてくるような、そんな雰囲気がする。
ラナもずっと、冷たい視線で睨んでいた。
「言ったでしょ、貴方に興味があるからよ。それに…」
「それに?」
一泊置いてから、エーゼルが言葉を続ける。
「貴方たち、アタシの正体を知ってもさほど驚いていないようだし…ね」
そこで、エーゼルは一瞬だけ目を泳がせていた。その瞳にわずかながら、寂しさのようなものを感じたのは、オレの気のせいだったか。
半魔という存在には確かに驚かされた。しかし、父さんから話を聞いていたし、ウィンディさんも知っていたから、事なきを得ていたようなものである。
普通なら、角がある人間に不審な目を向ける人の方が多い。中途半端に魔族を知っている人からは、誤解を受ける可能性だってあるだろう。
エーゼルがいつもフードを目深に被っている理由にも、納得がいく。
そうせざるを得ないことに、少し同情してしまった。
「…わかった、あんたを仲間にする件…考えてもいい」
「ジュピター…!」
「ジュピター様…」
ラナ、そしてレミィも、オレに怪訝な表情を向けてきた。無理もない。彼女の得体の知れなさは、ウィンディさんの時の比ではない。
「先にその「タイマの種」について教えろ。その内容次第だ…!」
「ふふ…まぁ、いいけど。話だけ聞いて、はいさようならなんて、ヤり逃げみたいなことはしないで欲しいわね」
いちいち表現が下品。この女のそういうところが好きではないのだ。言葉の意味を分かりかねたのか、レミィが首を傾げている。
「その「タイマの種」…正式名称は「大魔の種」と呼ばれるものよ」
「た、「大魔の種」…」
大いなる魔術、という意味だろうか。ヴァイパー卿からは薬のようなものと聞いていたが、水薬の一種かとオレは予想していた。
「ある魔術師によって作られた、植物の種のような物で、服用した者の身体能力を向上させる効果があるらしいわ」
やはり魔術師絡みだったか。しかし、飲むだけで身体能力を上げるとは。その程度にもよるが、本当であればすごい発明だと思われた。
「そんなものを、父さんが追っているのか…」
「もちろん、美味しい話には裏があるってね」
オレの呟きに応えるような形で、エーゼルは言葉を続けてきた。
「嘘か真か、「大魔の種」を服用した者が、怪物のような姿になった…なんて噂が帝国で流れていたのよ」
「か、怪物…だと…?」
さらっと恐ろしいことを言うエーゼル。もしその噂が本当なら、すごい発明どころかとんでもない災厄の元である。
そして、父さんが「大魔の種」を追っているとすれば、その噂も信憑性を帯びてくることになる。
思った以上に、エーゼルの話は有益だった。
「…よし、わかった…あんたの同行、許可してやってもいい…」
「ふふ…それはありがたいわ」
「ちょっと、ジュピター…!」
約束は約束だ。ラナがオレの腕を掴んでくるが、敢えてそれは無視する。
オレだって、ただエーゼルの話を鵜呑みにするわけではない。
「ただし、もしその話が嘘だったら、すぐにあんたを追い出すからな…!」
これから帝国に赴くのだ。嫌でも噂が真実かどうかは分かるだろう。
「信用ないわねぇ…まぁ、いいわ。じゃあ、ひとまずよろしくね、ジュジュ♩」
気味の悪い呼び方をしながら、エーゼルはすっと近付いてきて、オレの右腕を抱いてきた。豊かな双丘の感触が伝わってくる。
「ちょ、おま…何を!?」
「は、離れなさい!」
「じ、ジュピター様を離してください!」
「あらあら、騒がしくなりそうね」
やはり、彼女の仲間入りを許したのは早計だったかもしれない。
オレはまたストレスが溜まることを予感し、早くも後悔していた──。
──第22話に続く




