第20.5話 「大浴場にて・女性編」
これはジュピターが大浴場に行く前。女性陣3人が入浴を楽しんでいる時のエピソードである──。
◇ ◇ ◇
「すごーい! 神殿のお風呂より大きいです!」
大きな浴槽を前に、レミィは一段と笑顔を輝かせている。
瑞々しさを感じる、まさに珠のような肌が眩しい。痣どころか、黒子ひとつなさそうな身体に、銀髪の女性は少し羨ましそうな視線を向けていた。
「…本当、綺麗…」
などと、思わず呟いてしまう。
そのラナはというと、布を巻いてしっかりと身体を隠している。人前で肌を見せることには、強い抵抗感があった。
とはいえ、彼女の肌も剣士として戦っているとは思えないほど、綺麗なものである。傷跡らしきものもほとんどなく、怪力無双と呼ばれるほどの力が備わっているのが信じられないほど、スラリとした手足をしていた。
それでいて、身体のラインはしっかりと丸みを帯びている。特に胸元は、普段は軽装鎧に包まれていて目立たないが、予想以上に豊かな双丘が作られていた。
「何度来ても、この大浴場は見事なものです」
そう言いながら、ウィンディは静かに湯船に身を沈める。程よい湯加減で、心地よさそうに表情を緩めてしまう。
彼女の肌はとにかく白い。今にも輝きそうなほどだ。エルフの血によるものだろうが、思わず触れたくなるような美しさを放っている。
無駄な肉がない、スレンダーな体型をした彼女は、乳白色の湯を丹念に、その肌に塗り込むようにしている。そういう風に入るものなのかと、ラナは見様見真似で肌を撫でた。
「あ、見てくださいラナさん、月が見えますよ」
壁面の切り欠きから覗く月を指しながら、レミィが浴槽から身を乗り出す。胸元を中心に、まだ発展途上な身体ではあるが、腰から尻にかけてのラインが美しい。若さに溢れた曲線は、健康的な色気を醸し出している。
「ここから見る月は、また格別なんですよ」
一旦湯から出て、浴槽の縁に腰を掛けるウィンディ。無駄な肉がないとはいえ、女性らしい丸みはもちろんある。体重がかかった尻の肉がわずかに潰れ、なんとも言えない曲線を生み出していた。
そんな三者三様の美しさが、この大浴場を彩っていた。
「ジュピター様にも教えてあげないといけませんね!」
「…後でジュピターも入るんだから、わざわざ教えなくても…」
元気いっぱいという様子のレミィに、ラナはやや呆れたような表情を浮かべる。
そんな2人のやり取りを、ウィンディはニコニコとした笑顔で眺めていた。
「レミィさんは、ジュピターくんのことが本当にお好きなんですね」
「はい! だってジュピター様は、私の運命の人ですから!」
いつも通りに、レミィは恥ずかしい言葉を堂々と言い放つ。ラナはこめかみの辺りを揉みながら、軽くため息をついた。
「運命の人ですか…ロマンティックですね」
さすがと言うべきか、ウィンディはそんなレミィの言葉も大人の雰囲気を以て受け止める。
「そういえば、ラナさんはジュピターくんとは幼馴染でしたよね?」
「…そう、だけど…」
しばらく行動を共にしているが、まだラナはウィンディを完全には信用していない。いつも以上に、素っ気ない態度をとってしまう。
しかしウィンディは、それすら意に介することなく言葉を続ける。
「彼はどんな子供だったんですか?」
「あ、私も聞きたいです!」
自然と、レミィも食いつくような話題を振るウィンディ。それを察して、ラナは見事と思いつつも、やはり油断ならないとも感じていた。
「…あいつは…危なっかしい、弟みたいな感じだった…」
幼少期は、ラナのことを姉のように慕って、「姉ちゃん」と呼びながら後を追いかけてきたジュピター。それで転ぶことも多く、そのたびにラナは泣き叫ぶ彼を宥めていた。
「昔から頭は良かったけど、小さい頃は泣き虫だったな…」
「えぇ!? ジュピター様、泣き虫さんだったんですか!?」
意外だったのか、レミィは目をパチパチとさせながら驚く。
「だから私は、いつもあいつの世話をしていた…」
魔術の勉強のために、薬草を取りに行くと言う彼に付き合い、何度危険な森の奥に入ったことか。
父親に憧れて剣を覚えようとした彼に、何度稽古をつけてやったことか。
ラナ自身、元傭兵である父から「守るための剣」を教わっていた。自らの周りの、守るべき人々のために振るう剣。
彼女にとって、守るべき人というのは、まさに弟分のことであった。
「ラナさんにとっても、ジュピターくんは大切な存在なんですね」
「っ…そんなの…じゃない…」
ウィンディからの思わぬ言葉が不意打ちとなり、ラナの表情が崩れる。
しかし、否定の言葉を放ちつつも、あの森でのエーゼルの台詞が脳裏をよぎる。
「ラナちゃん、彼のこと…」
そんな風に、ジュピターのことを想ったことなどない。そのはずだ。
彼はただの、手のかかる弟分。ずっとそう思っていた。そのつもりだ。
しかし、自分はなぜ、彼に近付こうとする女性に対し、警戒心を顕にしてしまうのか。
ウィンディにも、エーゼルにも。
レミィの時も、最初は付いてくることに抵抗を示した。
それは弟分を、見知らぬ人物から守りたかったから。そう思っていたのだが…。
「え、ラナさんにとって、ジュピター様は大切な人ですよね?」
「れ、レミィ…?」
目を丸くして、当然だと言わんばかりにレミィは小首を傾げてみせる。何を言うのかと、ラナは傍らの少女を軽く睨んでしまう。
そんな睨みは、彼女には通用しない。
「だって、昔から一緒にいる、家族のような人なんですから。大切なのは当然ですよ!」
一切の悪意も他意もない、純粋な言葉。
ラナは金髪の少女の、その真っ直ぐな心に胸を打たれた気がした。
「…そう…あいつは、大事な弟分…それだけ…」
いったい誰に言い聞かせているのか。ラナはそう呟いていた。
そしてそこで、弟分の肝心なところを思い出す。
「…というか、あいつ…ひどいマザコンだから…」
「あら、そうなのですか?」
じっと聞いていたウィンディも、その言葉にはさすがに反応を示した。
「そういえばジュピター様のお母様って、どんな方なんですか?」
レミィも気になって食いついてくる。
ラナはしめたと思い、弟分のマザコンエピソードと共に、彼の母親の話を色々と聞かせてやることにした。
上手く話を逸らすことができたと、彼女はその内心で深く安堵していた──。
──第21話に続く




