第19話 「タイマの種」
屋敷内の一室。そこだけで、故郷の村の広場より広いのではないかと思うような空間。
それが丸々、ヴァイパー卿のコレクションルームとして使われていた。
「…すごい…」
飾られた大きな槍をじっと見ながら、ラナが素直に呟いている。
全長3メートルほどはありそうな長槍。持ち手の部分には護拳が付けられ、この長さにして接近戦も想定した作りになっている。
穂先も含めて手入れが行き届いているが、全体的に傷が目立っていた。
「それは俺が戦時中に使っていたものだよ」
腕組みをしながら、ヴァイパー卿は誇らしげにしている。その目は長槍に向けられていたが、それを通してかつての戦いを思い出しているような眼差しだと思えた。
「突撃部隊に所属していたのですか?」
「いや、俺がいたのは遊撃部隊…その防御担当だ」
多数の槍を持った兵たちによる突撃戦法を想像していたが、どうやら違ったらしい。しかし防御担当とはどういうことか。
「ジュピター、こっち」
「え…? うお、でっか…」
ラナの声で視線をずらすと、そちらにはなんと、人がすっぽりと隠れられそうなほどに大きな盾──いわゆる葉形盾が飾られていた。
黒く塗られた表面には、王国の紋章が大きく描かれていたのだと思われるが、数々の戦いの傷でほとんど消え掛かっている。
「この槍と大楯で、仲間たちを護る壁として戦っていたのさ」
「こんな大きなものを持って…」
どちらも、オレの細腕では支えるのがやっとといった感じの超重量サイズ。それを片手で保持しながら戦うなど、想像もできない。
改めて、歴戦の英雄の偉大さ、その一端を垣間見た気がした。
室内には他にも数々の品が飾られていた。剣や甲冑をはじめとした武具の他、鞍や鐙といった馬具、儀礼用に使われたであろう、豪華なマントもある。
「女王陛下から賜った書状もあるぞ」
額縁に入れられたそれには、ヴァイパー卿の働きを賞する言葉が並べられ、最後に女王シャウナ・ロックハートの名が記してあった。
「まぁ、あの頃の陛下はまだ王女で、お転婆な女の子だったんだがな、ハッハッハ!」
国のトップに対する台詞とは思えないが、女王シャウナも戦時中は最前線で戦っていたと聞いたことがある。きっとヴァイパー卿にしてみれば、気心の知れた戦友のような関係だったのだろう。
「ジュピター様、これ見てください!」
そこで、レミィの呼ぶ声が聞こえた。彼女の指す先には、握り拳より一回りほど大きな、青い石が飾られていた。
「とても綺麗ですよ!」
「こ、これは…魔石…!?」
「あぁ、それか。戦時中に偶然、古代の遺跡を発見してな。そこで見つけた代物だ」
魔術を発動する際には、意志の力とも呼ばれる魔力を消費する。それは言語魔術、神聖魔術、精霊魔術、いずれも同様だ。
強力な魔術を使うほどに、魔力も多く必要になる。魔力を使い果たすと、術者はたちまち意識を失ってしまい、場合によっては命に関わることもある。
その魔力の消費を肩代わりしてくれるのが、魔石と呼ばれる石だ。単純に、大きさに比例して内包された魔力の量は多くなるが、それ以外にも純度というものも重要となる。
「凄い…これだけ純度の高い物は初めて見た…」
「そうか、君は魔術師か。俺は魔術のことはさっぱりだから、これの価値もよく分からなくてな」
なんとなく、宝石としてここに飾っているのだと、ヴァイパー卿は語っていた。
正直、このサイズと純度の魔石を換金したら、余裕で遊んで暮らせるくらいの金貨が手に入るだろう。
ただ、魔術師であるオレとしては、これを使ったらどれほどの大魔術ができるかと、想像を巡らせてしまったが。
「伯父様、そろそろ竜剣士様の話をされても良いのではないですか?」
「お、おぉ、そうだったな…つい夢中になってしまった」
ヴァイパー卿はオレたちが自分のコレクションで盛り上がっているのを見て、一緒に気分が高揚してしまったようだ。やはり、気持ちが若いということだろう。
しかしオレとしても、そろそろ父さんの話を聞きたいと思っていた頃合いだった。さすがはウィンディさん、良いタイミングで振ってくれる。
オレたちはコレクションルームを出て、改めて応接間の方へと通されることになった──。
◇ ◇ ◇
「竜剣士殿がここを訪ねてきたのは確か、2年近く前になるな…」
応接間もまた、様々な調度品が飾られた豪華な造りになっていた。大きな窓からは日差しもよく入り、夕刻に近付く空を映している。
やはり上質であろう、フカフカなソファの感触を堪能することもなく、オレはヴァイパー卿の話に聞き入っていた。
2年近く前ということは、ちょうど父さんが消息を絶った頃か。
「彼は「タイマの種」なるものを探しているようだった」
「タイマの…種…?」
まるで聞いたことのない言葉だった。
何かの植物の種子だろうか。それさえも分からない。
「深刻な様子だったが、それが何かまでは教えてはくれず、すぐに立ち去ってしまったのだ」
「そう、ですか…」
それは竜剣士の使命として、何か重要なものなのだろうか。
父さんはいったい、何を追いかけているのだろう。
「念の為、俺の方でその「タイマの種」とやらを調べてはみたのだが…」
無精髭の生える顎を撫でながら、ヴァイパー卿は難しい表情を浮かべて唸り声を上げる。
「どうやら、帝国の方で出回っている薬のようなもの…ということしか分からなくてな」
「帝国…やっぱり帝国か…」
父さんはその「タイマの種」というものを調べるために、帝国に渡っていったと考えるのが妥当だ。ようやく、わずかながらの手がかりが掴めた気がして、ほんの少しだけだがオレの気持ちは高まる。
「その「タイマの種」を追っていけば、自ずと竜剣士殿の居処に辿り着けるのではないかな」
「そうですね…ありがとうございます」
故郷を出て数ヶ月経つが、やっと有益な情報を得られた気がする。父さんを探す旅が進展するかも知れないと思うと、どうにも気が逸りそうになった。
「あぁ、そういえば…」
ふと、何かを思い出したようで、ヴァイパー卿は言葉を続けた。
「竜剣士殿は話をしている最中、ずっと左手の指輪を気にしていたようだったな」
「左手の…指輪…」
それはおそらく、母さんとの結婚指輪。
母さんも、左手の薬指につけた指輪を、よく愛おしそうに触っていたのを覚えている。
小さな赤い宝石が付いた、質素な作りの指輪。父さんから贈られたもので、母さんは宝物だと言っていた。
「彼もきっと、奥方を大切に想っていたのだろう」
「…はい…きっと、そうです…」
たびたび家を空けて、家族で過ごす時間は決して多くなかった。それでも、母さんが父さんをずっと想っていたのは、そばにいて感じていた。
父さんもまた、同じ気持ちでいたのだと思うと、自然と胸が熱くなる。
「見つかるといいな」
「…はい…!」
母さん、父さんを探す旅…少しだけ前進しましたよ──。
──第20話に続く




