第17話 「美女の秘密」
エーゼルは左腕1つで、巨大なリザードの突進を止めている。その表情には余裕さえ感じられた。
彼女の右手には、1本の小ぶりな戦鎚が握られている。神官が護身用に持つような、申し訳程度の武器。
ラナに匹敵する怪力を持つ彼女には、到底不釣り合いな得物だと思えたが…。
「真なる姿を見せよ」
そう思っていたのも束の間。
エーゼルが言葉を発した直後、持っていた戦鎚が青白い光を発する。
「あれは…!?」
次の瞬間、その手に握られていたのは、鉄塊。
いや、そう形容するしかないような、巨大な棘付戦鎚だった。鉄球部分の大きさは、ちょっとした酒樽くらいはあるように思える。
そういえば聞いたことがある。神官の中には稀に、「キーワード」によってその形状を変化させる武具を持っている者がいると。
ということは、あんな娼婦のような身なりをしているエーゼルは、実は何らかの神に仕える神官だということだろうか。
そんなことを考えてる間に、エーゼルは手にした鉄塊を振り上げていた。
「邪魔よ」
「おい、待っ…」
グシャアッ!
止めるのが遅かった。
夥しいほどの血肉が、その場に飛び散る。
エーゼルは棘付戦鎚を、無造作にリザードの頭部めがけて振り下ろした。超重量の鉄の塊によって、まるでトマトのように、その頭部は跡形もなく潰されてしまった。
「きゃっ…!」
オレは反射的に、レミィの目を両手で塞いでいた。戦いに不慣れな彼女に、直視させられるようなものではない。
「まったく…トカゲのクセに生意気」
血でベットリと汚れた棘付戦鎚をブンと一振りする。一瞬だけ青白く光り、鉄塊は元の小ぶりな戦鎚へと戻った。エーゼルはそれを腰の裏辺りにしまい込む。
彼女の返り血が頬についたその姿は、猟奇的でありながらどこか扇情的にも思えてしまった。
「ふふ…見つかっちゃったわね」
そこでようやく、エーゼルはオレたちの方に目を向けた。以前会った時と同様に、妖しげな笑みを浮かべている。
「あなた…どうしてここに…」
ラナが警戒した表情を浮かべる。彼女には、ランフォードとの一件の一部始終を話してある。父さんを殺そうと考えていた男と、行動を共にしていた人物だ。警戒しないわけがない。
「もうしばらく、後を付けるつもりだったんだけどねぇ…」
「後を付けるって、オレたちのか…?」
彼女はランフォードに惚れ込んでいたはずだ。それがなぜ、わざわざオレたちを付け狙う必要があるのか。
そういえば、肝心のランフォードの姿も見えない。
「アタシの目的は…貴方よ」
そう言って、エーゼルはオレを指した。
蠱惑的な視線を向けられ、オレの心臓が一回だけ大きく脈打つ。
いや、オレはこんな下品そうな色気を持った女性は全然好みではないが。
「言ったでしょ? アタシは強い人が好きなの」
ゆっくりと近付いてくるエーゼル。オレはなんとなく、レミィを背中に庇う形になりつつ、彼女と対峙した。
「ランフォードを倒した貴方に、興味が湧いちゃってね」
長身な美女が、少し身を屈めてオレの顔を覗き込んでくる。自然と、その大きく開かれた胸元が作る深い谷間が目に入る。オレはつい、視線を泳がせてしまった。
「知らない顔が1人増えてるみたいだけど…アタシも仲間に入れてくれないかしら?」
オレの反応を楽しんでいるのだろう。エーゼルはますます顔を近付けてくる。匂い立つほどの色気が、文字通り目と鼻の先に迫っていた。
「冗談言わないで…!」
そこに割って入ったのは、やはりラナだった。左手に持った長剣をエーゼルに向け、鋭い視線を浴びせている。
「おぉ、恐い…ラナちゃんたら、そんなにアタシが嫌い?」
「っ…当たり前でしょ…」
今にも斬りかかりそうなほど、ラナはその敵意を剥き出しにしていた。普段はあまり表に出さないが、彼女はかなり感情的な部分がある。
「ジュピターに近寄らないで…」
「ふーん…そういうこと…」
ラナの言葉を聞いて何かを察したのか、エーゼルはオレたち2人を交互に見る。そして口元に手を当てながら、また悪戯な笑顔を作った。
「なるほどねぇ、ラナちゃん、彼のこと…」
「っ…!」
「ラナ…!」
エーゼルが何かを言いかけた瞬間、ラナがその剣を振る。脅しではなく、本気で当てようとしているのが分かった。いくらなんでも、それはやりすぎだと思ったが、オレが止める間もない。
「おっと…!」
エーゼルは素早く身を引き、ラナの剣を躱す。
しかし、その切先が彼女の被るフードに、わずかながら引っかかった。
「あ…」
「そ、それは…!?」
フードが外れ、エーゼルの豊かな髪が広がる。しかし、問題はそんなことではない。
2本の角が、そこにはあった。
赤黒く、少し捻れた小さな角。それが彼女の髪の間から覗いていた。
「ちっ…」
慌ててフードを被り直し、エーゼルはその身を翻す。
オレたちが呆気にとられている間に、彼女は森の木々の中に消えてしまった。
「…あの角…まさか…」
獣人族が持つ獣の耳とは明らかに違う。どう見ても硬質そうな、鹿や牛などに近い雰囲気の角。
そんなものを持った種族に、オレはひとつだけ心当たりがあった。
「あれは…半魔族ですね」
「半魔族…やっぱり、あれが…」
それまで黙っていたウィンディさんが、珍しく笑顔ではなく眉をひそめた表情をして呟く。
父さんから聞いたことがある。魔族たちはいずれも捻れた角を持つ化け物だったが、その角を持ちつつ、人間によく似た種族がいるということを。
それが半魔族。人間の精神と、魔族のような高い身体能力を持つ種族で、ごく稀に生まれてくるらしい。
「ま、魔族って…とっくに封印されたんじゃ…?」
「確かに、魔族はすでに封印されていますけど…半魔は魔族ではないのですよ」
レミィの言葉に、ウィンディさんがやんわりと答えた。
まさか、エーゼルが話に聞く半魔だったとは。しかし、それであの女の怪力にも納得ができた。
同時に、それと互角の力を持つラナが、いかに規格外かも分かってしまったが。
「あの女…また来るかもしれない…」
「あぁ…そうだな…」
エーゼルの消えた先をじっと睨みながら、ラナは警戒を続けている。
確かに、あの様子では近いうちに、また出会うことになりそうだ。
得体が知れず、何を考えてるかも定かではない、角を持つ美女。
ラナと同じ方向を見ながら、オレもまたエーゼルへの警戒心を強めていた──。
──第18話に続く




