第1話 「運命の人」
「この男を知らないか?」
魔術によって生み出した立体映像。オレの手の上に、1人の男の姿が映し出された。
歳の頃は30代後半くらいの、長い黒髪の男性。結った髪と赤いマントが特徴的だ。
「いやぁ、知らないねぇ」
昼間の酒場。オレ以外に客はいない。
店主である白髪の男性は、映像を見て首を傾げるばかりだった。
「そうか、邪魔したな」
このやり取りも、もう何度目だろうか。収穫がないのも慣れた。
オレは踵を返し、店から出ようとした。
「あ、ちょっと待ってくれ」
店主がオレの背中に呼びかける。
やはり、あの映像に見覚えがあるのかと、オレは期待の眼差しで振り返った。
「冷やかしはお断りだよ。何か飲んでいきな」
仕方なく、オレは銅貨を1枚カウンターに置いて、ミルクを頼んだ。
薄味で、質の悪いものだった。
◇ ◇ ◇
大陸北部に位置する王国。
東西に広い国土を持ち、自然も豊かで平和な国だ。
オレが生まれるずっと前に、南部で隣接する帝国からの侵略を受けたそうだが、それもとっくに過去の話となっている。
この王都も、人の賑わいで溢れていて、笑顔と活気がそこかしこから見られた。
しかし、光が強ければ影も濃くなるとはよく言ったもので。
酒場を出て早々、路地裏から聞こえた物騒な声に、オレは耳を傾けていた。
「だからさ、キミがぶつかったから、骨が折れちゃったみたいなんだよ」
下卑た笑みを浮かべたゴツい男2人が、小柄な人影に迫っていた。
見るからに知性も品性もない、ゴロツキという言葉が服を着て歩いてるような存在。こんな絵に描いたような人物が実在するとは…オレは頭を抱えてしまった。
「えっ…あ、ごめんなさい。 あの、治癒しましょうか…?」
か細い声が聞こえる。
男2人の影になってよく見えないが、恐らくは少女。それが困ったような声を上げている。
「いやいや、そういうんじゃなくてさ」
「お詫びってことで、俺らと遊んでくれないかって言ってるわけ」
なるほど、状況は分かった。
少女が路地裏を歩いていて、このゴロツキの片割れと接触。恐らくはゴロツキ側がわざと当たった形だろう。それで因縁をつけ、そのまま無理矢理にでもどこかへ連れ去ろうという腹だ。
この平和な世に、まさかこんな低俗な奴らがいようとは。王都の治安は良いと聞いていたが、とんだ眉唾ものだ。
見過ごすことなど、できるはずもない。
「おい、アンタら」
オレの声に反応し、ゴロツキ2人がゆっくり振り返る。わざとらしく眉をひそめる姿が、実に滑稽だ。
「その子が恐がってるだろう」
この一言だけ伝えれば十分。いくら頭の弱いゴロツキでも、理解できるはずだ。
「なんだ、てめぇ?」
「邪魔するんじゃねぇ!」
一言一句、想定した通り。
2人の注意は完全にオレの方に向いた。
「...てめぇ、冒険者か?」
ゴロツキの片割れ──骨折したと主張していた方は、思ったより察しが良いらしい。
真っ赤なジャケットの中に覗く、白い軽装の金属鎧を見て、オレが冒険者だとすぐに見抜いたようだ。
ちなみにこのジャケットはお気に入りの一品である。
「すぐにその子から離れろ、さもないと…」
腰に下げた小剣の柄に手をかけ、なるべく声を低くして脅してみる。これで素直に従うのであれば、こちらとしては手間がなくていい。
果たして、手間が掛かることになったが。
「うるせぇ、引っ込んでやがれ!」
察しが悪い方のゴロツキが、その拳を振り上げて突撃してくる。悲しいことに、オレは体格が良い方じゃない。迫力に欠け、脅しの効果も薄かったようだ。
「仕方ないか…浮遊!」
軽くため息をついて、オレは呪文を唱えて魔術を発動させた。
力を持つ言葉が、魔力を乗せて現実を改変する。
ゴロツキの身体は、その場にフワフワと浮くことになった。
「な、なんだこりゃあ?」
間抜けな声を上げるゴロツキ。それを見て、察しの良い方が顔を強ばらせた。
「ま、魔術師かコイツ!?」
本当に察しが良い。それだけ頭が回るなら、ゴロツキなどやめて真っ当に働けば良いのにと、思わざるを得ない。
「それが分かるなら、さっさと逃げた方がいいんじゃないか?」
もう1度、腰の剣に手をかけ脅してみる。
今度こそ、察しの良いゴロツキは浮いている相棒の手を取り、その場から慌てて駆け出していく。しっぽを巻いて逃げる、という言葉が良く似合う。
「まったく…困ったもんだな」
ゴロツキ2人の背中を見送り、オレは改めて、迫られていた少女と思しき人影に目を向けた。
そこには、おそらくオレより少し下──14、5歳くらいの金髪の少女が立っていた。
「あ、あの…ありがとうございます!」
少女は丁寧に90°くらい頭を下げてきた。
黄金色をした髪が垂れ下がる。
ゆったりとした白い法衣に、胴体を申し訳程度に守る軽装の革鎧が見えた。先程、治癒がどうとか言っていたことから考えて、旅の神官だろうか。
「おかげで助かりました」
「礼には及ばないさ」
少女がオレの前まで来る。小柄で、小動物のような印象を受ける。客観的に見て、器量もなかなかのようだった。あのゴロツキたちに目をつけられるのも納得かもしれない。
「あの…私はレミィと申します。貴方の…お名前を教えていただけませんか?」
祈るように手を組み、レミィと名乗る少女が尋ねてきた。礼には及ばないと言ったはずだが、このパターンは何か礼をしたいと申し出てくる感じだろうか。
名乗るほどのものではない、などというクサい台詞はさすがに言いたくない。
「オレはジュピターだ。こんな所を1人で歩くもんじゃないぞ、レミィさん」
それだけ言って、オレはその場から立ち去ろうとした。別に何か見返りを求めて助けたわけじゃない。
とっとと、《《本来の目的》》に戻りたいと思った。
ところが。
「ジュピター…様…」
やけにうっとりしたレミィの声が聞こえた。
何事かと思って、振り返ったのが良くなかったと、今にしてみれば思う。
「貴方は私の、運命の人です…!」
そこには、キラキラと音が聴こえそうなくらいに瞳を輝かせる、夢見る少女の姿があった。
母さん、オレは何か、変な女の子に目をつけられてしまったのかもしれません…。
──第2話に続く




