第15話 「彼女の昔話」
市場から少し離れたところに、ちょっとしたカフェがあった。
あまり大きくはないが、色とりどりの植物を飾った店で、遠目から見たら花屋かと勘違いしそうなほどである。
店内にも至る所に草花が飾られていて、女性に人気という噂があるのも頷ける。実際、遅めの朝食をとっているらしい、何人かの女性客が目に入った。
店主が端正な顔立ちの獣人族だということも、人気の一端を担っているかもしれない。
その店の4人用のテーブル席に、オレたちは座っていた。
当然のように、オレの隣にレミィが座り、ラナがオレの向かい。そしてウィンディさんが、ラナの隣に座るという形だ。
「それで、父さんとはいつ、どこで会ったんですか…?」
つい、オレは気が逸って早急に話を始めてしまう。それぞれ適当なハーブティーを注文し、一息ついたところだったが、待っている時間ももったいない。
「初めてお会いしたのは確か…私が4歳くらいの頃です」
ウィンディさんは笑顔のまま、思い出すように少し顔を上げて話し始めた。
かれこれ20年以上前の話。父さんは魔王を封印するための旅をしていた。その最中に、ウィンディさんの住む街にやってきたのだという。なんでも、彼女の両親と父さんが知り合いで、その関係で訪れたのだとか。
「マークさんはちょうど、今の貴方くらいの年齢でしたね」
自分の父親の若い頃の話を聞くというのは、新鮮な気持ちになると同時に少し気恥ずかしい。
「その後も、たびたびお会いする機会があって、遊んでもらったこともありますよ」
そこまで話した時、注文していたハーブティーが届いた。それを一口飲み、ウィンディさんは話を続ける。
「最後にお会いしたのは、5年ほど前…でしたね」
それまでずっと笑顔を崩していなかったウィンディさんは、初めてその表情を曇らせた。
「マークさんは、何か深刻な顔をしていて、父や母も心配していました。ですが、あの方は何も語らず…すぐに去ってしまったのです」
「そう…だったんですか」
5年ほど前。そういえば、父さんがやたらと怪我をして帰ってくるようになったのも、その頃だった気がする。
いったい、父さんに何があったのか。
「ごめんなさいね、あまりお役に立てるような話ではなくて…」
「い、いえ、そんなことは…」
眉をハの字にして謝るウィンディさん。オレも咄嗟に何か言おうと思ったが、かける言葉が見つからない。
ラナもレミィも、話をじっと聞いていたらしい。ハーブティーのカップには、ほとんど手がつけられていなかった。
「私はとある用事があって王都に来たのですが、人探しをしているという貴方の噂を聞いて…というわけです」
なるほど、確かに王都に来てから散々、父さんについての聞き込みをしていた。逆にオレたちのことが噂になっていても不思議ではない。
「そこで、提案があるのですが…」
ハーブティーを一口飲み。ウィンディさんは改まった様子で話し始めた。
「私にも、マークさんを探すお手伝いをさせていただきたいのです」
「えっ?」
思わぬ言葉に、オレはまたしても目を丸くしてしまった。見れば、ラナもレミィも同じような顔をしている。
「私は父から格闘術を、母から精霊魔術を教わっています。冒険者として、足手まといにはならないと思いますよ」
そう言って、ウィンディさんはまたにこやかな笑顔を浮かべてきた。革鎧を纏っているとはいえ、一見すると格闘術のような争い事ができる人には見えない。しかし、その表情や雰囲気には自信が溢れていた。
精霊魔術は、魔力を用いて空気中や水中、地中などに宿る精霊の力を呼び起こし、それを行使する魔術。自然の中で生活することが多いエルフ族に、特に使用者が多い。ウィンディさんはハーフエルフだと思われるが、お母さんがエルフということだろうか。
ともかく、彼女が加わってくれるのは、オレとしては願ってもない。戦力になるのはもちろん、父さんを知っているということが、何とも心強く思えた。
「ジュピター…ちょっと…」
「え、な、なんだよ…?」
不意にラナが立ち上がり、オレの腕を掴む。「怪力無双」と呼ばれるその力に抗うことなどできるはずもなく、オレは席から少し離れたところまで連れてこられてしまった。
「お、おい、どういうつもり…」
「本気で、あの人を仲間にするつもり?」
何事かというくらい、ラナの表情は真剣だった。
レミィの時もそうだったが、ラナは他人に対してやや警戒心が強い。人見知りとまではいかないが、打ち解けるまでに時間のかかるタイプだ。
今回も、その警戒心からそんなことを言うのかと思っていたのだが。
「あの人のレミィを見る目…気づかなかった?」
「え…」
剣士であり、相手の視線や意識には敏感であるラナは、オレよりよほどウィンディさんをよく「見ていた」ようだ。彼女のあの細い糸目から視線を察するなんて、オレにはできない。
「よく分からないけど、何か得体の知れない目をしていたわ…」
「そ、そうなのか…」
チラリと、席に座るウィンディさんに視線を向ける。それに気づいていたのか、彼女は笑顔を浮かべて小さく手を振ってきた。
ラナの言葉を聞いた後だと、その笑顔が不思議と怖いものに見えてしまう。
ちなみにレミィは何も気づいていない様子で、オレやラナに向けてキョトンとした表情を向けていた。
「い、いや…でも、悪い人とは思えないぞ?」
「…良い人である保証もない…」
ラナはよほどウィンディさんを警戒しているようだった。どちらかと言えば頑ななタイプだが、ここまで警戒心を露わにした姿はほとんど見たことがない。
オレはしばらく、その場で悩んでしまった。
色々な考えが頭の中に浮かび、それを1つ1つ精査して、結論を導き出す。
やっていることは、魔術の術式を構築することに似ていた。
時間にすれば10秒も経っていなかったが、オレは組んでいた腕を解き、その足をウィンディさんのところへ進める。
「あら、ご相談は終わりましたか?」
「えぇ…決めました」
相変わらず、彼女は笑顔を絶やさない。
オレは1回軽く深呼吸し、一瞬だけラナの方に視線を向ける。彼女は小さく頷いていた。
それを見てから、オレは改めてウィンディさんに視線を向ける。
そして、はっきりと言い放った。
「共に父さんを探しましょう!」
背後で、ラナがズッコケたと思われる音が聞こえた──。
──第16話に続く




