第14話 「手がかり」
今朝も王都の市場は賑わっている。
特に肉や魚、果物といった生鮮食品の店は、朝一から客が絶えない。
王都ともなると、商人組合で魔術師を雇い、食品を凍らせることで新鮮なまま輸送する、なんて力技をやっていることも多い。特に最近は、冒険者を辞める魔術師が増えていることもあって、良い転職先になっているそうだ。
「魔術を商業に活かす、か…そういう仕事も悪くないのかもな…」
朝日で自然解凍された果実を手に取りつつ、オレはそんなことを呟いてしまった。
「ジュピター様、冒険者を辞めるつもりなのですか?」
隣に立つ金髪の少女──レミィがキョトンとした様子で尋ねてくる。小首を傾げる姿は実に愛らしいと思う。
まぁ、オレの好みはもっと大人な女性だが。
「目的を果たしたらな。あくまで、父さんを探すために冒険者になっただけだし」
別に冒険者というものに憧れがあったわけでもない。ただ、諸国を旅することになるなら、そう名乗っていた方が何かと都合が良いと思っただけだ。
いずれ必ず父さんを見つけ出すとして、ではその後は何をするか。そういえばあまり深く考えたこともなかった。
「ラナさんも、そうなんですか?」
「そうね…」
レミィがさらに隣の銀髪の女剣士──ラナに声をかける。真剣な面持ちで、何を見ているかと思えば、陳列された分厚い肉を見ているらしい。いつも通りの無表情ながら、その瞳は獲物を狙う猛禽類のように鋭い。
さっき朝食を済ませたばかりのはずだが、もしや食いたいのか?
「そうなんですね…私は、冒険者ってとても面白いと思うのですけど…」
顎に手を当て、眉間に皺を寄せるレミィ。しばらくうーんと唸ったかと思うと、すぐにパッと表情を明るくする。
「でも私は、ジュピター様に付いていくと決めていますからね! どんなお仕事をするジュピター様も、お支えしますよ!」
そう言ってオレの腕を抱いてくる。往来の真ん中で、なんて恥ずかしいことを言うのか、この娘は。
「よ、兄ちゃん! モテモテだね!」
「ちゃんと幸せにしてあげるんだよ!」
周囲を歩く年配の方々からそんな声が聞こえた。何を勘違いしたのか、その表情はとてもにこやかであり、「ごちそうさま」という言葉まで聞こえてくる。
勘弁してくれ…。
「…ジュピター」
止めろラナ。なんでそんな冷たい目でオレを見る。オレは被害者みたいなもんだぞ。
この幼馴染も、客観的に見て美人なのは間違いないのだが、時々やたらとオレへの当たりが強い気がする。もっと優しさとお淑やかさがあればと、思わざるを得ない。
「と、とにかく、さっさと買い物を済ませるぞ…」
その場から逃げるように、オレは日用雑貨の店の方へと移動した──。
◇ ◇ ◇
王都に来てからかれこれ数週間。
父さんの足取りは一向に掴める気配がなかった。
40歳近い黒髪と赤マントの剣士、という情報だけならともかく、特徴的な竜の「聖剣」を持っているのだ。見た人がいれば、記憶にも残りやすいはず。
それでも全く情報がないとすると、そもそも父さんは王都に来ていない可能性が考えられた。
ということで、そろそろ河岸を変えようかと思い、旅立ち前に消耗品などを買い揃えることにしたわけである。
「レミィは、王都を出るのは初めてなんだよな?」
「はい! とても楽しみです!」
雑貨屋で、ロープや火口箱などを見ながら、隣のレミィに尋ねた。どこに行っても必ずといっていいほど、彼女は隣にピッタリとくっついてくる。小動物のようで可愛いとは思うが、たまには1人で行動させて欲しい。
そして毎度、背後からラナが何故か睨んでくるのだ。レミィが仲間になってからというもの、いつもこんな調子である。
ギスギスしているわけではないが、ここ最近、どうにもオレのストレスが溜まってる気がしてならない。
何か癒しが欲しい…このところはずっとそう思っていた。
「失礼」
ふと、そこに聞きなれない声がかかった。
顔を上げると、そこには水色のような淡い髪をした女性が1人立っている。その顔には、「ニコニコ」という表現そのままの笑みが浮かんでいた。
「貴方が、竜剣士様を探しているっていう方かしら?」
「えっ…!?」
思わぬ言葉に、オレは目を丸くしてしまった。
まさかここに来て「竜剣士」という単語を聞くことになるとは。
オレの様子が面白かったのか、女性はクスクスと小さく笑い声を上げた。
見れば、その髪の間から尖った耳が見える。しかし、耳の長さはエルフのそれに比べると短い。純血ではなく、ハーフだろうか。
「お力添えはできないと思うのですけれど…」
女性はそう前置きし、糸のように細い目を少し見開く。
エルフの血が入ってる証。美しい緑の瞳が見えた。
「実は私、竜剣士様にお会いしたことがあるんですよ」
「会った!? 父さんに!?」
思わずオレは身を乗り出し、女性の顔を覗き込むような形になってしまう。それでも女性は動じることなく、ニコニコとした表情を崩すこともない。
「ちょっと、ジュピター…!」
「あ、あぁ…す、すみません…」
袖の辺りをラナに掴まれ、オレは慌てて謝った。この程度のことで冷静さを欠いていては、魔術師として失格である。
「構いませんよ。それにしても…そうですか、息子さん、なんですね」
女性は改めてオレの顔をじっと見つめてきた。透き通るように白い肌もまた、エルフの血が混じっている証だろう。それも相まって、透明感のあるフワフワした雰囲気を感じた。
目を合わせるのが気恥ずかしくなり、オレも女性の出立ちを見ることにする。
黒いゆったりとしたチュニックを、長めの白い帯でまとめている。七部丈の白いズボンを履いていて、胴体はレミィが着けているのと似たような、簡素な革鎧で覆われていた。武器の類は持っていないように見えるが、もしや魔術師だろうか。
「確かに、よく似ていますね、マークさんに」
そう言って、女性は何かを懐かしむような表情を浮かべた。
父さんの名前まで知っているということは、ただ会ったというだけでなく、面識があるのかもしれない。
「ここでは何ですし、場所を変えてお話ししましょうか」
「そうですね、ぜひ…!」
父さんの手がかりが、こんな形で舞い込むことになるとは。
オレは高揚してしまい、女性の提案も二つ返事で承諾してしまった。
「いいよな、2人とも…あれ?」
そういえばと思って、連れの2人の方に目を向けると、4つのジト目がオレに向けられていた。
勝手に話をまとめてしまったから、機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
「…別にいいけど」
「…構いません…」
どう見ても「良い」という雰囲気ではなかったが、今更話を覆すわけにもいかない。ラナとレミィの態度は、とりあえず無視することにした。
何を思ったのか、女性はまたしてもクスクス笑っている。
「あ、名乗り遅れましたね。私はウィンディといいます」
そう言って、ウィンディと名乗った女性は先に店を出た。
その瞬間、彼女が右手首に着けた、赤い腕輪が目に入る。
理由は分からないが、オレはその腕輪が妙に気になってしまった──。
──第15話に続く




