第13.5話 「ある場所で」
これはジュピターとランフォードの闘いの後、とある場所での2人の人物によるエピソードである──。
◇ ◇ ◇
そこは貴族の屋敷にあるような、煌びやかに飾られた書斎のような部屋であった。
大きな窓から差し込む陽の光に照らされ、棚に置かれた皿や燭台といった調度品が、キラキラと輝いている。
書棚には、いくつもの本が並べられているが、部屋の主の性格だろうか、整理整頓が行き届いている感じではなく、やや乱雑に積み上げられていた。
その主はいうと、大きな机を前に座る、大柄な人物。
年齢は60歳ほど、すっかり白くなっている長髪をオールバックにして、1本に束ねている男性。それも性格が出ているのか、少し雑なまとめ方だ。顔の周囲にも、無精髭がかなり伸びている。
そもそも、このような気品がある部屋には似つかわしくない人物だと言えた。なぜなら、着ている服は貴族然としたチュニックやガウンといったものではなく、黄色と黒を基調とした、やたらと派手な意匠の道着であるから。
ただ、その道着を着るに相応しい、しかし年齢には不相応なほどに鍛え上げられた肉体が、そこにはあった。
「お呼びでしょうか?」
その室内に、透き通るような女性の声が響く。
男性が視線を向けると、扉の前に水色のボブヘアをした、どこかフワフワした雰囲気の女性が立っていた。20代半ばといったところか。髪の間から、わずかに尖った耳が覗いている。
「来たか」
男性は疲れているのか、重々しく呟きながら眉間をその太い指で揉んだ。
「また夜更かしでもされたのですか? もう若くないのですから…」
「いやぁ、俺はまだ若いぞ」
女性はその細い目と眉をハの字にして、心配そうな声を上げた。だが、男性の方は慌てて姿勢を正し、キリッとした表情で答えた。
「昨夜だって、うちの若いのを相手にした組み手で連戦連勝を重ねてだな…」
「はい、分かりました。それで、ご用件は何でしょうか?」
男性の言葉を遮り、女性は少し呆れたような口調になって尋ねる。
まだ何か言いたそうにしていたが、男性は1つ咳払いをすると、表情を一転して固いものに変えた。
「王都で、例の反応が見られた」
「まさか…」
その一言で、女性も細い目をわずかに見開く。綺麗な緑の瞳がそこにあった。
「あぁ、久しぶりに見つけたというわけだ」
椅子の背もたれに体重をかけ、男性はしばし天井を仰ぐ。
そして、机の引き出しから3つの物を取り出した。
「お前には、急ぎ王都に行って欲しい」
「これを使って、ですね…?」
机に置かれた3つの物。そのうちの1つ、金色の腕輪を手に取る女性。
それは、高位の魔術師が使う「瞬間移動」と同じ効果を発揮できる魔装具だ。
「そうだ。そしてこの腕輪を使って、反応が本物かどうかを確かめろ」
「この20年で、ずいぶんと便利なものができましたね」
もう1つの物を手に取る。それは赤い、竜の姿が描かれた腕輪。
「もし、反応が本物だった場合、対象とできるだけ行動を共にし、見守っていて欲しい」
「もしもの時のために、ですね」
深刻な表情を浮かべる男女。
次いで、男性は小さな耳飾りを指した。
「連絡はこれで行う。できれば毎日、同じ時間に頼む」
「…私はもう25歳になるんですよ? そんなに毎日声が聞きたくなりますか?」
至極真面目な口調の男性に、女性はため息混じりに言い放つ。
「当たり前だ。いくつになっても、娘の声は聞きたいものだ」
「はぁ…分かりました、お父様…」
やれやれと言った様子で、娘と呼ばれた女性は2つの腕輪、そして最後に取り出した通信用の耳飾りをその身に着けた。
「定時連絡については、善処しますとだけ言っておきますね」
「む…なるべく、頼む」
まだ不服そうではあったが、父と呼ばれた男性は仕方なく頷いた。
「では、行ってまいります。あ、出発前に、お母様にも一言挨拶をしていきますね」
「あぁ、気をつけて行くんだぞ、ウィンディ」
父親の熱い視線にやや辟易しながら、ウィンディと呼ばれた女性は静かに部屋を出た──。
◇ ◇ ◇
長い石造りの廊下。ところどころに小さく開いた窓から、外の日差しが入り込むが、やや薄暗いその通路をウィンディは進んでいた。
「お父様ったら…いつまでも娘離れができないのですから…」
通路をすれ違うのは魔術師風の若者たち。その誰もがウィンディに会釈をして、彼女の少し神秘的で浮世離れした雰囲気に目を奪われる。
いや、それだけではない。目を奪われるのは、彼女が本当に《《浮いていた》》からだ。
小さな旋風のようなものが、彼女の身体を浮かび上がらせていた。服の帯を舞い上がらせ、椅子に座るような姿勢でフワフワと移動しているその姿は、さながら風の精を思わせた。
「お母様にも、その辺りをきつく言っておいて欲しいですね」
そう言って、ウィンディは右手首に着けた腕輪を見る。赤い竜が描かれた腕輪は、よく見ると鈍く光り輝いているように思えた。
「どんな方なのか、ちょっと楽しみですね…」
その腕輪に細い指をなぞらせ、ウィンディは静かに微笑む。
そして小さな窓から覗く街並みをふと眺めた。
はるか眼下に広がる街は、まるで何かの模型にしか見えないほど小さい。
ここは「塔」。
魔術師たちの総本山にして、「四聖賢」と呼ばれる賢者たちが治める地である──。
──第二章に続く




