EP 9
防衛戦という名の一方的な蹂躙! ~神界でのガチ説教とハリボテ勇者の末路~
カイトの農場に現れた『課金勇者』ゼロス・ディバインは、己の人生で最大の過ちを犯したことにようやく気付こうとしていた。
だが、莫大な課金によって手に入れた『レベル100相当のステータス』が、彼の無謀な自尊心をかろうじて支えていた。
「ひっ……! な、なんだお前ら……!? だが、俺様のステータスは絶対だ! 食らえ、『エクスプロージョン・フレア』ァァッ!」
恐怖をごまかすように、ゼロスは振り上げた剣から特大の火炎魔法を放った。
紅蓮の炎が渦を巻き、農場の畑とサウナ小屋を丸呑みにしようと迫る。それは確かに、並の魔物であれば一瞬で灰と化すほどの威力を持っていた。
しかし。
「……目障りね。私の休日の空気を、これ以上汚さないでちょうだい」
すっぴんの魔王ラスティアが、冷たい声と共に指先を軽く振った。
その瞬間、炎の軌道上にゴルフボールほどの小さな『黒い球体』が出現した。
シュゴォォォォォォッ!!
それは極小の『ブラック・ホール』だった。ゼロスが全魔力を注ぎ込んで放った特大の火炎魔法は、まるで掃除機に吸い込まれる煙のように、一瞬にしてその黒い球体の中へと消え去ってしまった。音もなく、熱気さえも残さずに。
「は……? え……?」
ゼロスの口から、間抜けな声が漏れた。
彼の脳が現実を処理する前に、今度は作業着姿のスアイが動いた。
「私のサウナ小屋に火を向けるとは……万死に値します。その薄っぺらい金メッキごと、凍りつきなさい」
スアイの両手から、ジャラジャラと不気味な音を立てて白銀の鎖――『哭鎖』が放たれた。
逃げる間もなく、鎖はゼロスの体をぐるぐると縛り上げた。
「ぐあっ!? な、なんだこの鎖は! 俺はオリハルコンの鎧を装備してるんだぞ! こんなもの――」
ゼロスが力任せに鎖を引きちぎろうとした瞬間、スアイの瞳が冷酷に細められた。
「『絶対零度』」
ピキキキキキッ!!
鎖を伝い、神話級の冷気がゼロスの全身を包み込んだ。
数千万Gを注ぎ込んだはずの神聖なるオリハルコンの鎧が、絶対零度の前でガラス細工のように脆くなり、パリンッ!と音を立てて粉々に砕け散った。ミスリルのマントも、特製のシークレット厚底ブーツも、全てが氷屑となって風に舞う。
「あ、あああ……!? 俺の、俺の課金装備がぁぁっ!?」
丸腰(薄着のインナー姿)になったゼロスは、鎖に巻かれたまま地面に転がった。
「ば、馬鹿な! 俺のステータスはレベル100なんだぞ!? 筋力も魔力もカンストしてるはずなのに、なんで全く身動きが取れねえんだよぉぉ!」
泣き叫ぶゼロスを見下ろし、カイトが呆れたようにため息をついた。
「あのさぁ……お前、自動車学校に通わないでフェラーリを運転してどうするんだ?」
「えっ?」
「装備とステータスだけ金で買っても、中身がレベル1のままじゃ意味ないだろ。お前、さっきから魔法のコントロールもガタガタだし、ちょっと鎖で巻かれただけでパニックになってるじゃないか。そんなメンタルじゃ、スライムにだって負けるぞ」
カイトの的確すぎるツッコミが、ゼロスの心にグサリと刺さった。
痛いところを突かれたゼロスは、涙目で強がった。
「う、うるせえ! 俺にはまだワイズ様がついてる! 無限の予算で追加課金して、こんな農場――」
――きゅるるるるるるるっ!!
ゼロスの言葉は、最後まで続かなかった。
足元で不機嫌そうに唸っていた始祖竜の幼体、ポチが、小さく「きゅいっ」と鳴きながら一歩前に出たのだ。
ただそれだけ。
しかし、ポチから放たれた『王の威圧』の波動は、レベル1の脆弱な精神しか持たないゼロスにとって、致死量の毒に等しかった。
「あ……ひぃっ……!」
ゼロスは白目を剥き、口から泡を吹いて気絶寸前まで追い込まれた。彼の心は、完全にへし折られていた。
†
一方、その頃。
上空一万メートルの神界では、事態の急変に炎上神ワイズがパニックに陥っていた。
「な、なんだよこれ!? あの魔王と氷魔将軍、ステータスがバグってやがる! それにあの黒いトカゲ、なんだあの気配は……!」
ワイズは自身の専用ノートパソコンとエンジェルすまーとふぉんを激しく叩きながら、ゼロスを回復させようと無限の神力(予算)を注ぎ込もうとしていた。
「クソッ、こうなったら強制的にシステムを書き換えて、俺が直接介入してやる! この炎上配信は絶対に失敗させねえ!」
ワイズが『神の奇跡(チート介入)』の実行ボタンを押そうとした、まさにその時。
彼のスマートフォンの画面が、突如としてノイズに覆われた。
『――調子のんなよ、クソガキが』
スピーカーから、ドスの効いた低い女の声が響いた。
「なっ!? だ、誰だ!」
ノイズが晴れた画面に映し出されたのは、コタツに入り、ピンクの芋ジャージを着た女神ルチアナの姿だった。彼女は口にくわえたピアニッシモ・メンソールの煙をふぅーっと吐き出しながら、冷ややかな視線をワイズに向けていた。
『お前のやってることは、ただのヤラセ炎上配信だろうが。私の管理する農場で、勝手に粗大ゴミ(課金勇者)を暴れさせて、PV稼ごうって魂胆が気に入らねえんだよ』
「る、ルチアナ!? てめえ、神界の干渉ルールを無視して俺の通信に――」
『ワレェ、仁義が無いのぅ……』
ワイズの言葉を遮るように、画面の端に別の通信ウィンドウが強制的に開かれた。
そこに映っていたのは、鉄格子の向こう側――ダンジョンという名の刑務所をヤクザの事務所風に改造した部屋で、アルマーニの高級スーツを着こなすインテリヤクザ風の男だった。
かつてルチアナと共に戦い、そして封印された邪神・デュアダロスである。彼はリモート会議の権限を使って、この通信に割り込んできたのだ。
『刺される覚悟が無い奴が火遊びしとる。おどれの安い脚本のせいで、ワシの楽しみ(農場の平和な配信)が台無しになったやないか。俺が刑務所を出たら、夜道と背後には気をつけろよ?』
デュアダロスがパチンッと指を鳴らすと、画面越しに物理的な殺気がワイズの首筋を撫でた。
「ひぃっ……!」
ワイズは恐怖で椅子から転げ落ちた。
さらに、通信のバックグラウンドからは、ハイブランドで身を固めた月の女神カグヤの呆れ声も聞こえてくる。
『物語のないざまぁなんて三流ですわ。作り手は世界に愛を持って接するべき。あなたの安い炎上など、神界には必要ありませんわ』
『ワ、ワイズ君……それはやりすぎだと思うよ? あぁ、胃が……胃薬を持ってきてくれ……』
主神オリンの胃痛を訴える声も響く。
神界のトップ層から一斉に袋叩きにされたワイズは、完全に沈黙した。
『――というわけで、これ以上の介入は許さないわよ。大人しく自分の契約者の末路を見届けることね』
ルチアナが通信を一方的に切断すると、ワイズは震える手でパソコンを閉じ、膝を抱えて部屋の隅で丸くなるしかなかった。
†
そして、地上のカイトの農場。
神の加護も、課金による無限のステータスも、高価な装備も全て失ったゼロスは、泥だらけになって地面に這いつくばっていた。
「ぐすっ……うぅっ……」
すっかり心が折れ、ただのひ弱な青年に戻った彼は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら震えていた。
周囲では、オークたちが「ブヒブヒ(あーあ、ボロボロだ)」「ブーッ(うちのボスを怒らせるからだ)」と呆れたように見下ろしている。
ラスティアもスアイも、すっかり興味を失ったように縁側に戻り、残っていたおつまみに手を伸ばしていた。
ただのレベル1の青年をいたぶる趣味は、彼女たちにはない。
静まり返った農場で、カイトがゆっくりとゼロスに近づいていく。
ゼロスはビクッと体を震わせ、腕で頭を庇った。
「ひぃっ! や、やめてくれ! もう二度と近づかないから、殺さないで……!」
だが、カイトの手には武器ではなく、不思議な形をした黄色い穀物が握られていた。
「……おい、お前」
カイトの静かな声が響く。
全てを失ったハリボテの勇者と、世界最強の農家。
二人の間に、予想外の決着が訪れようとしていた。




