EP 10
禁断の『ずっ友ロコシ』と終わらないスローライフ! ~世界最強の農家は今日も大豊作~
神の加護も、課金によるステータスも、数千万Gを注ぎ込んだ高級装備も、全てを失った。
薄着のインナー一枚という無惨な姿で地面に這いつくばるハリボテの勇者、ゼロス・ディバインは、恐怖と絶望でガタガタと震えていた。
「ひぃっ! や、やめてくれ! もう二度と近づかないから、殺さないで……!」
腕で頭を庇い、情けなく命乞いをするゼロス。
だが、近づいてきた農場の主――カイトの手には、武器ではなく、不思議な形をした黄色い穀物が握られていた。
「……おい、お前」
カイトの静かな声が響く。
ゼロスはビクッと体を震わせ、ついにトドメを刺されるのだと目を固く閉じた。
パキッ。
何かを折る音がした。
恐る恐る目を開けると、カイトは真っ二つに割った茹でたての『トウモロコシ』の片割れを、ゼロスの目の前に差し出していた。
湯気と共に、暴力的なまでに甘く香ばしい匂いが漂ってくる。
「え……?」
「腹、減ってるだろ。さっきのエナジードリンクみたいな薬ばっかり飲んでたら、体壊すぞ。いいから食え」
カイトの瞳には、怒りも、見下すような憐れみもなかった。
あるのはただ、ボロボロになった青年を案じる純粋な優しさだけだった。
「な、なんで……俺は、あんたの畑を燃やそうと……」
「いいから。冷めないうちに食えって」
ゼロスの腹の虫が、限界を訴えるようにグゥゥゥと大きく鳴った。
彼は震える両手でトウモロコシを受け取り、泥だらけの顔のまま、それに齧り付いた。
シャクッ。
「――――ッッ!!?」
ゼロスの脳内に、雷のような衝撃が走った。
甘い。信じられないほど甘く、それでいて奥深い旨味が口の中を満たしていく。
だが、それ以上に……彼の心に、凄まじい勢いで『ある感情』が流れ込んできた。
これは、カイトがスキルで育てた特殊な品種『ずっ友ロコシ』。
半分にして相手と分け合うことで、これまでの関係性や警戒心をすっ飛ばし、ズブズブの関係の『無二の親友(ずっ友)』になってしまうという禁断の植物である。
だが、今のゼロスに突き刺さったのは、単なる洗脳のような強制友情パワーだけではなかった。
虚飾で塗り固め、金で全てを解決しようとしていた空っぽの自分。
そんな自分を見捨てず、ただの一人の人間として「飯を食え」と手を差し伸べてくれたカイトの、不器用で温かい本物の優しさ。
「あ……あぁ……っ」
ゼロスの目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「俺……俺は、なんて馬鹿なことを……っ! 金で買った力なんて、何の価値もなかったのに……! あんたみたいに、自分の手で何かを育てて、誰かに美味い飯を食わせる生き方のほうが、ずっと、ずっと尊いのにッ……!」
彼はトウモロコシを握りしめたまま、地面に額を擦り付けて号泣した。
「ごめんなさい……! 本当に、ごめんなさい……ッ!」
その本気の謝罪を見て、カイトは困ったように頭をかいた。
「まあ、分かってくれたならいいよ。お前も、誰かに言われて無理にやってたんだろ? 『スポンサー』とか言ってたし」
「は、はい……。裏で操っている悪いスポンサー(※炎上神ワイズ)がいて……」
カイトは深く頷いた。
(なるほどな。こいつもブラックな芸能事務所か何かの被害者ってわけだ。見栄えだけ良くされて、無茶な営業(襲撃)を強要されてたんだな……)
かつてブラック企業で使い潰されかけたカイトにとって、ゼロスの境遇は他人事とは思えなかったのだ。
「行く当てがないなら、うちの農場で働くか? ちょうど人手も欲しかったし、三食昼寝付きで、残業はなしだ」
「えっ……? 俺みたいなクズを、雇ってくれるんですか……!?」
「クズなんて言うな。飯を美味そうに食える奴に、悪い奴はいないさ」
カイトが手を差し出す。
ゼロスは涙を拭い、その手をしっかりと握り返した。
「ブヒィッ!(よく来たな、新人!)」
「ブブーッ!(明日から鍬の振り方をみっちり叩き込んでやるぜ!)」
様子を見ていたオークたちが、ニカッと笑ってゼロスの背中をバンバンと叩く。
こうして、世界を荒らすはずだった課金勇者は、カイトの農場の『見習い農夫』として、人生を文字通りレベル1からやり直すことになったのだった。
†
それから数日後。
カイトの農場は、雲一つない見事な青空に包まれていた。
「よーし、今日も大豊作だ!」
畑では、タローマン製のオーバーオールを着たゼロスが、汗だくになりながらオークたちと一緒に大根を引き抜いていた。
インプラントの白い歯を泥だらけにして笑うその顔は、以前の虚勢を張っていた頃よりも、ずっと清々しく、本物の『男の顔』になっていた。
農作業による地道な肉体労働と、カイトの作る限界突破した飯のおかげで、彼の基礎ステータスは課金なしでも着実に上がり始めているらしい。
そして、農場の縁側には、いつもの『常連客』たちが勢揃いしていた。
「カイトー! お腹空いたわ! 今日のランチは何かしら?」
美容パックですっぴんツヤツヤの魔王ラスティアが、足をバタバタさせて急かす。
「社長、焦らない。サウナ上がりのビールがぬるくなりますよ」
横では、すっかり農場のサウナの主と化した元氷魔将軍スアイが、枝豆をつまみにジョッキを傾けている。
「おお、やってるな! ワシにもキャベツを一つくれんか! 最近、長老会の小言と若手の我儘で胃が痛くてな……」
空から羽ばたきと共に降り立つのをやめ、人の姿になって歩いてきたのは、竜人族の族長ドラグラスだ。彼もまた、一族の気労からくる胃痛を癒やすため、カイトの『胃薬キャベツ』の中毒者となっていた。
「はいはい、みんな待っててね」
カイトはキッチンから、大皿に乗せた極上の料理を次々と運んできた。
メインは、分厚い『肉椎茸』のステーキだ。
噛めば霜降り肉のような脂とキノコの旨味が溢れ出す絶品に、お馴染み『ソーリーフ(ソース味の葉)』で作った特製ソースをたっぷりとかけてある。
さらに、ホクホクの『太陽芋』で作ったポテトサラダには、悪魔的な旨味調味料『マヨ・ハーブ』が和えられており、無限に酒が進む。
「「「いただきます!!」」」
魔王、元魔将軍、そして竜人族の族長。
本来なら各自の領地や城で重責を担うトップたちが、農家の縁側で肩を並べ、夢中になって肉椎茸を頬張っている。
「んん〜っ! 美味しいっ! やっぱりカイトのご飯は最高ね!」
「サウナの後のこれ……たまりません」
「胃に染み渡るわい……! おお、ポチ殿も食べなされ」
「きゅるるんっ♪」
ドラグラスから肉椎茸の切れ端をもらったポチ(始祖竜)が、嬉しそうに尻尾を振っている。
この空間だけは、世界のどんな場所よりも平和で、狂ったパワーバランスが奇跡的に保たれていた。
†
「いやぁ、最高のフィナーレね!」
その縁側の端っこで、村娘の姿に変装した女神ルチアナは、カイトにもらった『太陽芋の焼き芋』をかじりながら、こっそりとエンジェルすまーとふぉんの画面を確認していた。
画面には、ゴッドチューブの管理画面が映っている。
カイトの農場を映した配信の同時接続数は、神界の歴史上でも類を見ない天文学的な数字(PV)を叩き出していた。
『うおおおお! 課金勇者が改心して農家になる展開、熱すぎるだろ!』
『あの肉椎茸のステーキ美味そう! 飯テロやめろ!』
『サウナ上がりの魔王様と氷魔将軍のすっぴん、尊い……スパチャ投げます!』
『農家の兄ちゃん、魔王も竜人族の族長も胃袋掴んでてワロタwww』
チャリン、チャリン、チャリン!
ルチアナの口座には、秒速で莫大な神力(予算)が振り込まれ続けている。
(ふふふっ、大勝利よ! これであと十回は、月人君のライブの最前列チケットが買えるわ! それに、あの目障りだった炎上神ワイズも、上の連中から大目玉を食らって当分は大人しくしてるはずだしね)
ルチアナはニヤリと笑い、焼き芋を頬張った。
炎上や悲劇なんて必要ない。
美味しいご飯と、ちょっとした優しさ。そして、変な植物と規格外のペットたち。
それだけで、世界は十分にエンターテインメントになるのだ。
「ルナちゃんも、おかわりいるか?」
カイトが爽やかな笑顔で、麦茶のピッチャーを持って近づいてきた。
「あ、もらうもらうー! カイトさん、今日もご飯美味しいね!」
「ははっ、いっぱい食べてくれよ。野菜なら山ほどあるからな」
カイトは縁側に腰を下ろし、青く澄み渡る空を見上げた。
「……それにしても、いい天気だ。空気も美味いし、飯も美味い。みんなで食べるご飯は最高だな」
「きゅぅっ!」
ポチがカイトの膝に飛び乗り、顔をすりすりとおしつけてくる。
「こらこら、くすぐったいぞポチ」
過労死した社畜青年が、神様の気まぐれで始めた異世界の農業スローライフ。
本人は『のんきなド田舎の農家』だと思っているが、そこは魔王が通い、竜人族の族長がくつろぎ、始祖竜が昼寝をし、神々が熱狂する、世界一ヤバくて美味い特異点だ。
これからもきっと、数々の規格外なトラブルや、クセの強すぎる常連客たちがやってくるのだろう。
だが、カイトなら大丈夫だ。
持ち前の社畜メンタルと、絶品の飯テロ料理、自由な仲間の力、そして最強の『家族』がいれば、どんな困難も極上のスローライフへと変えてしまえるのだから。
カイトの異世界農業ライフは、まだ始まったばかりである――。
読んでいただきありがとうございます。
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