EP 8
炎上神ワイズの陰謀と『課金勇者』の襲来! ~そこは絶対に荒らしてはいけない農場~
神界から下された『炎上神』ワイズの神託を受け、一人の男がカイトの農場へと向かっていた。
男の名はゼロス・ディバイン。年齢二十五歳。
輝くような金髪に、白い歯(※インプラント)が眩しい、誰もが振り返るイケメン(※整形済み)である。純白の聖なる鎧に身を包み、背中には風になびくミスリルのマント。
本来の身長はやや低めだが、特製の『シークレット厚底ブーツ』を履くことで、高身長の完璧な勇者スタイルを維持していた。
ゼロスは農場へと続く荒野の物陰で、周囲に誰もいないことを確認すると、懐から高級嗜好品である『ポポロシガー(葉巻)』を取り出し、火をつけて深く吸い込んだ。
「ふぅ……。ったく、なんで俺様がこんなド田舎の農家なんかを襲撃しなきゃならねえんだよ」
口から煙を吐き出しながら、彼は舌打ちをした。
彼の耳に付けた通信用の魔導具から、炎上神ワイズの歪んだ声が響く。
『文句を言うなゼロス。あの農場は今、ゴッドチューブで異常なPV(再生数)を稼いでいる。平和な飯テロ動画なんて、神界のトレンドには相応しくねえ。お前が正義の勇者としてあそこを「魔物の巣窟」だと断定し、完膚なきまでに焼き払え。悲鳴と炎に包まれる絶望の配信……それこそが最高のエンタメだ!』
「へいへい、分かりましたよ。スポンサー様の言う通りにすりゃいいんだろ?」
ゼロスはポイ捨てした葉巻をブーツの底で踏み消すと、懐から口臭スプレーを取り出し、念入りに口内にシュッシュッと吹きかけた。カメラ(神の眼)が回っている時は、品行方正な聖人君子を演じなければならないからだ。
ゼロスはニヤリと笑い、自身のユニークスキルを発動させた。
「発動しろ、【マネー(課金)】!」
彼のスキル【マネー】は、文字通り『金を払えば払うほどステータスが跳ね上がる』という、身も蓋もないチート能力だった。
ワイズから提供された無限の神界資金(裏金)がシステムに吸い込まれていく。
チャリン、チャリン、チャリィィィン!
【課金が完了しました。HPが100倍になります】
【追加課金が完了しました。筋力がSSSランクに上昇しました】
【ボーナスパック購入。全属性魔法が使用可能になりました】
ゼロスの体が黄金のオーラに包まれる。
本来はレベル1の貧弱な肉体だが、莫大な課金によって、現在の彼のステータスはレベル100の歴戦の英雄すら凌駕する数値にバグっていた。
ただし、それはあくまで「数値」だけの話であり、本人の技術や精神力、防御力(肉体の強度)はレベル1のままであるという致命的な欠陥があったが、本人は気にも留めていない。
「最高だぜ……この全能感! よし、ド派手にやってやるか。カメラ回せよ、ワイズ様!」
ゼロスは陽薬草のエナジードリンクを一気飲みし、農場へ向かって跳躍した。
†
その頃、カイトの農場。
サウナ上がりの魔王ラスティアと元氷魔将軍スアイ、そして完全に農場に寝返ったルナミス帝国の兵士は、カイトの作った『マイ茄子とソーリーフの冷奴』をつまみに、冷たいお茶やサケスキーを楽しんでいた。
「いやぁ、本当にいい汗かきましたね、社長」
「ええ。お肌もツルツルだし、この冷やっこいおつまみが最高に美味しいわ」
すっぴんの魔王と、作業着姿のスアイが、すっかり農家のおばちゃんのようなリラックスした顔でくつろいでいる。
足元では、始祖竜の幼体であるポチが「きゅぅ……」と寝息を立て、平和な昼下がりを満喫していた。
――そんな極上のスローライフ空間を、無粋極まりない爆音が切り裂いた。
ドゴォォォォォォンッ!!!
農場の入り口に立ててあった木製のゲートが、飛来した巨大な火球によって木端微塵に吹き飛ばされたのだ。
「な、なんだ!?」
カイトが驚いて立ち上がる。
もうもうと立ち込める土煙の中から、純白の鎧を着たゼロスが、マントを翻しながらゆっくりと歩み出てきた。
彼は(神界の視聴者に向けて)キメ顔を作り、朗々と響く声で演説を始めた。
「邪悪なる魔物の気配を察知し、このゼロス・ディバイン、推参した! 善良なる民をたぶらかし、魔の巣窟を作り上げる悪逆非道な輩め! この正義の剣で、貴様らの不浄なる畑ごと、全てを灰燼に帰してくれよう!」
ビシッ!とポーズを決めるゼロス。
ゴッドチューブの『ワイズのチャンネル』では、一部の過激な視聴者たちが「勇者キター!」「燃やせ燃やせ!」と盛り上がりを見せている(炎上神の仕込みコメントも多数)。
だが、現場の空気は、ゼロスの期待したような「悲鳴と絶望」とは程遠いものだった。
「……えっと。どこかの劇団の人ですか?」
カイトが首を傾げて尋ねる。
本気でコスプレイヤーか何かだと思っているらしい。
「ふざけるな! 俺は世界を救う勇者ゼロスだ! 問答無用、まずはその忌まわしい畑から燃やし尽くしてやる! 喰らえ、『エクスプロージョン・フレア』!」
ゼロスが剣を振り上げ、莫大な課金ステータスに裏打ちされた特大の火炎魔法を生成し始めた。
もしそれが畑に放たれれば、オークたちが丹精込めて育てた野菜たちも、スアイが建てたばかりのサウナ小屋も、全てが一瞬で灰になってしまうだろう。
ゼロスは勝利を確信し、歪んだ笑みを浮かべた。
(これで俺のPVも爆上がりだぜ……!)
――しかし。
彼は絶望的に「空気」を読めていなかった。
自分が今、この世界で最も逆鱗に触れてはいけない『三つの地雷』を同時に踏み抜いたことに、全く気づいていなかったのだ。
「きゅるるるるるるるるる…………ッッ!!!!」
一つ目。
爆音のせいで、最高に気持ちのいい昼寝を邪魔された『始祖竜』ポチが、目を覚ました。
その金色の瞳孔が縦に裂け、周囲の空間がギギギギ……とガラスのように軋み始める。
「……私の、せっかくの休日を」
二つ目。
美容パックとサウナで完璧に整っていた『魔王』ラスティアの表情から、一切の感情が消え失せた。
すっぴんの彼女の背後に、太陽の光すら吸い込む絶対的な暗黒の渦が顕現する。
「……私がミリ単位で調整して組み上げたサウナ小屋を、燃やすと言いましたか?」
三つ目。
『元氷魔将軍』スアイが、持っていたグラスをピキッ!と握り潰した。
彼女の周囲の気温が一瞬にして絶対零度まで低下し、両手から無限に伸びる白銀の『哭鎖』がジャラジャラと這い出てくる。
農場の縁側から、魔王、魔将軍、そして始祖竜の放つ、致死量のおよそ一万倍の殺意が、一斉にゼロスへと向けられた。
「あ……れ?」
ゼロスは、剣を振り上げたまま固まった。
課金してレベル100のステータスを得たはずの彼の体が、本能的な恐怖でガチガチと痙攣し、一歩も動けなくなっていた。
息ができない。重力が狂っている。そして何より、目の前にいる「すっぴんの女性」と「作業着の女性」、そして「小さなトカゲ」から放たれる覇気が、彼が知るいかなる魔物よりも――魔王軍のトップすらも凌駕するバグじみたものだったからだ。
「おい、ワイズ様……これ、聞いてねえぞ……。なんだよこいつら……っ!」
ゼロスが通信機越しに悲鳴を上げる。
神界のモニターの前で、炎上神ワイズもまた、コーヒーを吹き出して顔面を蒼白にさせていた。
『な、なんでアバロンの魔王が、あんな農家の縁側ですっぴんでくつろいでやがるんだよ!? 意味が分からねえぞ!?』
課金によって作られたハリボテの勇者と、真の頂点に君臨するバケモノたち。
絶対に荒らしてはいけない農場での、一方的すぎる『防衛戦(という名の蹂躙劇)』の幕が、今、無慈悲に切って落とされようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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