EP 7
兵器を駆逐する『肉椎茸』の奇跡! 飯テロ動画で神界バズり中!?
農場の外れで行き倒れていたのは、深いオリーブドラブ色(国防色)の軍服を着た若い男だった。
肩の腕章から、近隣の軍事国家『ルナミス帝国』の兵士であることは明白だった。
「酷い匂いだな……。毒ガスでも吸ったのか?」
俺が鼻をつまみながら介抱しようとすると、後ろから様子を見に来たスアイ(元氷魔将軍)が、眉をひそめて兵士の口元を観察した。
「……いえ、毒ではありません。これは『ゲロオムレツ』の匂いです」
「ゲロオムレツ?」
「ええ。ルナミス帝国軍需省がコスト削減のために開発した、最悪の人工合成レーション『戦闘糧食3型』です」
軍事知識に明るいスアイは、顔をしかめながら解説してくれた。
曰く、そのレーションはスライムの死骸から抽出した凝固剤と、ロックバイソンの骨粉、そして廃棄寸前の醤油草の絞りカスを強引に魔法で固めたものらしい。腐敗という概念を物理的に抹消している代わり、食べた兵士の九割が即座に嘔吐し、激しい胃もたれと精神崩壊を引き起こすため、前線では『ゲロオムレツ』と呼ばれ恐れられているのだという。
「いくら戦争中とはいえ、そんな物を人間に食わせるなんて……」
ブラック企業で「賞味期限切れのコンビニ弁当」を主食にしていた俺でさえ、ドン引きするような企業体質(軍隊体質)だ。
兵士は虚ろな目で、うわ言のように呟いている。
「もう、嫌だ……。あんなゴミを食って、死にたくない……。母さんの作った、温かいご飯が食べたい……」
その顔には、敵国の兵士という恐ろしさは微塵もなく、ただ飢えと絶望に苦しむ一人の青年の姿しかなかった。
「……オロやん(ゴルド商会)から聞いたことがある。『腹が減っては戦はできぬ』じゃなくて、『腹が減ると人は鬼になる』ってな」
俺は立ち上がった。
「スアイさん、ラスティアさん。彼を小屋のベッドへ運んで休ませてやってください。俺はキッチンに入ります」
「カイト、まさか彼に何か作ってあげるつもり?」
「ええ。胃袋と精神を破壊されたなら、美味い飯で修復するしかないでしょう!」
†
俺は小屋のキッチンに立ち、腕まくりをした。
選んだ食材は、俺の【絶対飼育】スキルとオークたちの手によって限界まで美味く育った特産品の数々だ。
まずは主食。パンにも米にもなる万能穀物『米麦草』を、白米のように精米する。
そして、今回の主役である『肉椎茸』だ。
肉のように分厚い笠を持つこの巨大なキノコを、一口大に刻む。包丁を入れるたびに、本物の高級肉のような霜降りの脂と、芳醇なキノコの香りが立ち上る。
土鍋に米麦草と肉椎茸を入れ、そこに『醤油草』から絞った特製の濃厚醤油と、出汁代わりの少量の酒を回し入れる。
蓋をして火にかけると、やがて鍋の縁からプクプクと泡が吹き出し、醤油の焦げる香ばしい匂いと肉椎茸の暴力的な旨味の香りが、小屋の中を満たしていった。
「よし、ご飯を炊いている間に副菜だ」
次に俺が取り出したのは、近くの川でオークたちが捕まえてきた魚型魔獣『ピラダイ』だ。
ピラニアのように凶暴だが、身は鯛以上に美味しいという白身魚である。これをぶつ切りにし、ソースの味がする葉っぱ『ソーリーフ』と砂糖で、骨までホロホロになるまで甘辛く煮付ける。
グツグツと煮詰まるタレの匂いが、たまらない。
サウナ上がりのラスティアとスアイも、たまらずキッチンを覗き込んできた。
「な、なによこの匂い……! さっきサケスキーとおつまみを食べたばかりなのに、またお腹が空いてきたわ……!」
「ごくり……。これが、兵士を救うための医療食(飯テロ)ですか。恐ろしい破壊力です」
「きゅるるるっ!」
ポチに至っては、ヨダレを垂らして足元で尻尾を千切れんばかりに振っている。
「完成だ! 『肉椎茸の醤油草炊き込みご飯』と、『ピラダイのソーリーフ甘辛煮』!」
†
「……ん、ここは?」
ベッドで目を覚ましたルナミス兵の青年は、ぼんやりと周囲を見渡した。
「気がついたか。お腹、空いてるだろ?」
俺が声をかけ、お盆をベッドの脇に置く。
兵士はビクッと体を震わせ、警戒の目を見せた。
「あ、あんたは誰だ! 俺は敵国の兵士だぞ! こんな飯を出して、何か情報を吐かせようって魂胆か! 俺はゲロオムレツの拷問にも耐えた男だ、そう簡単に口は割らん!」
「いいから、熱いうちに食え。毒なんて入ってないから」
俺は優しく微笑み、お椀を差し出した。
炊き込みご飯からは、湯気と共に肉と醤油の焦げた香りがフワリと立ち上っている。
兵士の喉が、ゴクリと大きく鳴った。
彼の「ゲロオムレツの拷問に耐えた」というプライドは、この究極の香りの前では一秒たりとも保たなかった。
彼は震える手でお椀を受け取り、箸で肉椎茸とご飯をかき込んだ。
ハフッ、モグモグ……。
「――――ッッ!!?」
兵士の動きが、ピタリと止まった。
目が見開き、瞳孔が収縮する。
米麦草が吸い込んだ、肉椎茸の限界突破した旨味。醤油草の奥深い塩気と甘み。それらが一体となって、疲労しきった彼の胃袋と脳髄に、強烈な快感となって叩き込まれたのだ。
「う……うぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
兵士の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「なんだこれぇ! 美味い、美味すぎる! 肉だ、本物の肉の味がする! でも脂っこくなくて、どんどん胃に入っていく!」
彼は泣き叫びながら、ピラダイの甘辛煮にも手を伸ばす。
「魚も最高だ! ソースの味が、ご飯にめちゃくちゃ合う! こんな美味い飯、生まれて初めて食ったぁぁ!」
兵士はもはや箸を使うのももどかしいとばかりに、お椀に直接口をつけてかき込み始めた。
あっという間に平らげると、「おかわり!」と泣きながらお椀を突き出してきた。
「ああ、いくらでもあるぞ」
俺が二杯目をよそってやると、兵士はそれを抱きしめるようにして言った。
「ありがとう……ありがとう……! 俺、あんなゴミ(ゲロオムレツ)を食わせる国のために戦ってたのが、馬鹿らしくなってきたよ……! 帝国のメシはゴミだ! 俺は今日から、この農場に骨を埋めるッ!!」
「いや、そこまで極端にならなくても……」
俺の苦笑いをよそに、兵士は完全にルナミス帝国への忠誠心を捨て、この農場の虜(胃袋を掴まれた奴隷)と化してしまったのだった。
†
その頃。
上空一万メートルの神界にある、女神ルチアナのオフィス。
「キタキタキタキターーーーッ!!」
ルチアナは、エンジェルすまーとふぉんの画面を見て狂喜乱舞していた。
画面には、『ゴッドチューブ』の配信枠が映し出されている。
タイトルは【地獄のゲロオムレツ被害者を、極上の肉椎茸炊き込みご飯で救済してみた! 敵兵号泣の飯テロ!】。
カイトが料理を作り、兵士が号泣しながら食べるまでの一部始終を、ルチアナは隠しカメラ(神の眼)で完璧に生配信していたのだ。
コメント欄は、神界の住人たちの熱狂で滝のように流れていた。
『うおおおお! 美味そう! 俺もあの炊き込みご飯食いてえ!』
『ゲロオムレツからの天国落差エグすぎワロタww』
『あの農家の兄ちゃん、優しすぎるだろ! 神かよ!(※神は俺たちです)』
『スパチャ投げます! あのピラダイの煮付けのレシピ教えて!』
画面の端では、ルチアナの口座にチャリンチャリンと莫大な額の神力(予算)が振り込まれ続けている。
「ふふふっ、大バズりよ! これで今月の予算は過去最高! 愛しの月人君のライブツアー全通も夢じゃないわ!」
ルチアナはホクホク顔で、マイタンブラーに入れた甘いアップルティーをすすった。
カイトの農場は、もはや単なる特異点ではなく、神界のエンタメの頂点へと上り詰めようとしていた。
だが、光が強ければ強いほど、濃い影もまた惹きつけられるのが世の理だ。
――神界の別の部屋。
暗いモニターの光に照らされながら、専用のマイタンブラーでカプチーノを飲む男神の姿があった。
『炎上神』ワイズ。復讐やざまぁ系、そして意図的な悲劇による炎上配信を得意とする、新入りの神だ。
「……チッ。ルチアナのババアの『ほのぼの農業配信』が、俺の『勇者惨殺配信』のPVを抜いただと……?」
ワイズはギリッと歯を鳴らし、エンジェルすまーとふぉんを操作した。
「ふざけやがって。平和な飯テロ動画なんて、スパイスが足りねえんだよ。……俺の契約勇者を使って、あのふざけた農場を『焼き討ち』してやる。絶望に染まるスローライフ……最高の炎上コンテンツになるぜ」
ワイズの冷酷な指示が、地上にいる一人の『勇者』へと下された。
カイトの農場に、これまでにない最大の危機(という名の、一方的な蹂躙劇の生贄)が迫りつつあることを、まだ誰も知らなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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