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『過労死農家のチート農業ライフ〜虹色の漬物石から最強の竜が孵ったけど、変な野菜と美味い飯で魔王や女神も餌付けします〜』  作者: 月神世一


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EP 5

第五話 お肌の曲がり角魔王、極上の『特製美容パック』で餌付けされる

 北東の魔境に聳え立つ、アバロン魔皇国の不夜城。

 その最上階にある豪華絢爛な魔王の寝室から、絹を引き裂くような悲鳴が上がった。

「きゃぁぁぁぁぁぁッ!!」

 鏡の前で、魔王ラスティアは絶望に打ちひしがれていた。

 美しい白磁の肌に深紅の瞳。誰もが振り返る絶世の美女であり、自称「永遠の17歳」である彼女だが、その震える指先は右目の下を指していた。

「く、クマができてる……! それに心なしか、お肌のハリも落ちてる気がするわ!」

 原因は明白だ。

 ここ数ヶ月、人間の勇者パーティの侵入騒ぎや、部下の魔将軍たちの派閥争い、さらには神界の女神ルチアナに頼まれた『推しアイドル・朝倉月人』のファンクラブ布教活動などで、徹夜続きだったからだ。

 魔界最強の力を持っていても、重力魔法で目尻のシワを持ち上げることはできないのである。

「どうすればいいの……。ルチアナの横流ししてくれる地球のコスメも切れちゃったし……」

 頭を抱えるラスティアの脳裏に、出入りの商人であるゴルド商会から仕入れた極秘情報が蘇った。

『ルナミス帝国の国境付近にある開拓農場で、とんでもない美容成分が発見されたらしい。なんでも神話級のドラゴンの抜け殻だとか……』

「……行くしかないわ」

 ラスティアは立ち上がった。

 世界征服など二の次だ。女には、国を捨ててでも守らねばならない「美」がある。

 彼女は漆黒のドレスを翻し、空間転移の魔法陣を展開した。

     †

 一方、カイトの農場。

 ゴルド商会と契約してからというもの、俺の農場は活気に満ちていた。オークたちが元気に畑を耕し、俺は縁側でのんびりとお茶をすする。完璧なスローライフだ。

「ポチー、またこんなところで脱皮したのか。散らかすなって言ったろ」

「きゅぅ(てへっ)」

 だが、少しだけ困ったこともあった。

 ポチの成長速度が凄まじく、数日に一回はペロリと皮を脱ぎ捨てるのだ。

 その皮は爬虫類のそれとは違い、まるで極薄のダイヤモンドのようにキラキラと虹色に輝いている。硬いくせに軽いので、風で飛ぶとそこら中に散らかって厄介なのだ。

「これ、細かく砕いて土に混ぜたらいい肥料になるんじゃないか?」

 俺はすり鉢とすりこぎを取り出し、集めたポチの皮をゴリゴリと粉末状にすり潰していた。

 そこに、畑で育てた『陽薬草』を絞った汁を混ぜ合わせる。太陽をたっぷり浴びた陽薬草は、傷口に塗ればすぐ治るという万能ポーションの原料だ。

 出来上がったのは、ほんのりと発光する緑色のペースト。

「お、なんかエステの泥パックみたいだな」

 俺がそんなことを呑気に呟いていた、その時だ。

 背後の空間が不自然に歪み、黒い霧と共に一人の女性が現れた。

 ゴージャスな黒いドレスに、宝石を散りばめた杖。モデルのように整った顔立ちだが、その目は血のように赤く、鋭い。

(うわ、すごい美人。……でも、なんかすごく怒ってる? また道に迷った冒険者か?)

 俺が声をかけようとすると、彼女の方から口を開いた。

「貴様がこの農場の主ね。私はアバロン魔皇国の主、ラスティアよ」

 声には有無を言わせぬ響きがあった。

 彼女は俺を一瞥し、そして俺が手に持っているすり鉢と『ポチの抜け殻』の残骸を見て、目を見開いた。

「そ、それは……まさか!」

「ああ、これ? ただのトカゲの抜け殻ですよ。風で飛んで散らかるから、粉にして肥料か何かにしようと思って」

「ひ、肥料だと……ッ!?」

 ラスティアは絶句した。

 彼女の魔眼にははっきりと見えていた。それが神話級の金属オリハルコンすら凌駕する硬度と、無限の魔力を秘めた『始祖竜の聖皮』であることを。

 あの一欠片を粉末にして美容液に混ぜれば、数千年は若さを保てるほどのアンチエイジング効果がある秘宝中の秘宝だ。

 それを、この男は「すり鉢」で物理的にすり潰し、「肥料」にすると言ったのだ。

(正気じゃないわ……! 国家予算がいくつあっても買えない代物よ!?)

 ラスティアはゴクリと喉を鳴らし、必死に平静を装った。

「その……肥料にするというなら、私が貰ってやってもよくてよ? 代価はいかほど?」

 彼女が財布(国庫直結)を取り出そうとする。

「いやいや、お金なんていいですよ。ただのゴミですし」

「ゴ、ゴミ……ッ!(ギリリ)」

「それよりお姉さん、顔色が悪いですね。目の下にクマができてますよ。ちゃんと寝てます?」

「ッ!?」

 ラスティアが息を呑んで後ずさった。

 痛いところを突かれたらしい。

「余計なお世話よ! 私は魔王として、日夜激務に……」

「働きすぎは美容の敵ですよ。せっかくの綺麗な顔が台無しだ」

「――き、綺麗?」

 彼女の頬が、みるみるうちに朱に染まっていく。

 魔王として恐れられることはあっても、面と向かって、しかも下心のない純粋なトーンで「綺麗」と言われたことなど、数百年生きてきて一度もなかったからだ。

「俺も昔はブラックな職場で徹夜ばかりして、ボロボロになって倒れましたから。お姉さんの苦労、なんとなく分かりますよ」

 俺は同情の念を込めて頷き、先ほど作ったばかりの『陽薬草とポチの皮パウダーの特製ペースト』を差し出した。

「これ、陽薬草の成分がたっぷり入った美容パックです。顔に塗ってみませんか? 保湿効果は抜群だと思いますよ」

「い、いいの……? そんなどえらい(神話級の)代物を、私が……」

「もちろん。疲れた時は、リフレッシュが一番ですから」

 ラスティアはおそるおそるペーストを指にすくい、頬に塗った。

 その瞬間。

「あぁっ……!」

 ラスティアの口から、蕩けるような甘い吐息が漏れた。

 始祖竜の無限の魔力と、限界突破した陽薬草の生命力が、彼女の細胞一つ一つに浸透していく。

 疲労で荒れていた肌が、一瞬にして真珠のような白さと赤ちゃんのふっくらとしたハリを取り戻し、目元のクマなど跡形もなく消え去った。

「す、すごいわ……。私の魔力まで全回復していく……!」

「おお、肌がツヤツヤになりましたね。やっぱり、綺麗な人は笑顔が一番似合いますよ」

 俺がニコッと笑うと、ラスティアは顔を真っ赤にして、持っていた杖を取り落とした。

 その時。

 俺の足元で昼寝をしていたポチが「きゅぅ?」と顔を上げ、微かに『王の威圧』を漏らした。

 ラスティアは戦慄した。

(な、何という覇気……!? 私が全魔力を解放しても勝てない……)

 彼女はポチの存在に気づかず、目の前の男(カイト)から放たれていると勘違いしたのだ。

(これほどの強者でありながら、神話級の秘宝をゴミと断じ、魔王である私を『ただの女性』として扱い、美しさを気遣うなんて……!)

 ドクン。

 ラスティアの胸が、早鐘を打った。

 今まで「自分より強い男」がいなくて悩んでいた彼女の心の防壁が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。

「ふぅ……パックが終わったら、すっきりしましたね。冷たい麦茶でも飲みますか?」

「え、ええ。いただくわ」

 完全に『メス』の顔になった最強の魔王は、縁側にちょこんと座り、俺の淹れた麦茶を両手で持ってチビチビと飲んでいる。

 まさか魔王が休日にすっぴんで農家の縁側でくつろぐことになるとは、魔界の誰も想像していないだろう。

「はぁ〜、ここの空気は肌にいいわね。毎日通いたいくらい……」

 ラスティアが完全に警戒心を解いてリラックスしていた、その時。

 ザッ!

 農場の外れから、もう一人、招かれざる客が姿を現した。

「あー、いい汗かいた。ちょっとそこの兄ちゃん、冷たい水でも飲ませてくれないか?」

 タオルのような布を首に巻き、手にはDIY用の巨大なノコギリ。

 そしてその姿は、魔界から姿を消したはずの元幹部――氷魔将軍スアイだった。

「……は?」

「……え?」

 すっぴんの魔王と、ガチのキャンパー仕様になった元部下。

 絶対に鉢合わせてはいけない二人の視線が、縁側で思い切り交差してしまったのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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