EP 4
腹ペコオークの就農と、成金会長をオトす『ずっ友ロコシ』
深夜のテンションで作った『死蟲機の海老天丼』の強烈な匂いは、森の奥深くで飢えていた魔物たちを呼び寄せてしまった。
現れたのは、身長二メートルを超える筋骨隆々のオークたち。その数、およそ十数匹。
彼らは本来、魔王軍でも前線を任される『オーク・ジェネラル(将軍種)』という上位個体だったが、俺の目には単なる「いかつい豚の被り物をした山賊」にしか見えなかった。
「ブヒィィィッ! ウマソウナ匂イ、ヨコセェェェ!」
先頭のリーダー格が、血走った目でよだれを撒き散らしながら迫ってくる。手には錆びた巨大な斧。
終わった。スローライフ三日目にして、俺の人生はオークの胃袋の中でフィナーレを迎えるらしい。
「きゅぅ……(グルルルッ)」
その時、俺の足元にいたポチが、小さく唸り声を上げた。
トカゲの威嚇など、オークの突進の前では無意味――そう思った瞬間。
ズンッ……!!
目に見えない、圧倒的な重圧が周囲の空気を押し潰した。
ポチの金色の瞳が、オークたちを「虫ケラを見るような目」で見据えたのだ。始祖竜クロノとしての『王の威圧』が、無意識に漏れ出した瞬間だった。
「ブ、ブヒッ……!?」
ピタリと。
先陣を切っていたオークのリーダーが、まるで透明な壁に激突したかのように動きを止めた。
その巨体がガタガタと震え出し、手から斧がポロリとこぼれ落ちる。白目を剥き、口から泡を吹き、次々とその場に土下座の姿勢で崩れ落ちていった。
「ブヒィィィッ! ブヒブヒィィッ!(命だけは! 命だけはお助けをぉぉっ!)」
屈強なオークたちが、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、地面に額を擦り付けている。
「え……?」
俺はポカンと口を開けた。
どう見ても、腹が減りすぎて倒れ込んだようにしか見えない。
「そ、そんなにお腹が空いてたのか……? 斧を落とすくらい力が入らないなんて」
俺はブラック企業時代、三日間飯を食う暇もなく働き、駅のホームで倒れかけた時の自分を思い出した。あの時の彼らも、きっと同じくらい極限状態なのだ。
俺は同情の涙を拭い、急いで小屋に戻ると、残っていた海老天丼と、昨日の朝に収穫した『折れたス』のサラダ、そして瑞々しい巨大トマトを持って彼らの前に差し出した。
「ほら、これ食え。余り物で悪いけど」
「ブヒ……?(これを、我々に……?)」
オークのリーダーがおそるおそるトマトを口にする。
その瞬間、彼の豚のような目がカッ!と見開かれた。
【絶対飼育】スキルによって限界突破した栄養価と生命力が、オークの疲労しきった肉体を駆け巡る。
「ブォォォォォォッ!!(う、美味すぎるぅぅぅ! なんだこの全身に力が漲る食べ物は!!)」
彼らは泣き叫びながら、出された食事を貪り食った。
「なあ、お前ら。そんなに腹が減ってるなら、ウチの畑で働かないか?」
俺は彼らに提案した。
「報酬は三食昼寝付き、この美味い野菜が食べ放題だ。もちろん週休二日、残業や休日出勤の強制は一切なし。体調不良の時は有給休暇もある、超ホワイト待遇を約束しよう」
「ブヒィッ!?(な、なんだと!?)」
魔王軍という超絶ブラック組織で、ただの捨て駒としてコキ使われていたオークたちにとって、その条件は『神の救済』に等しかった。
「ブヒヒィィィィンッ!!(一生ついていきます、ボスゥゥゥッ!!)」
こうして、俺の農場に「超優秀で馬鹿力を持った農業スタッフ(元魔将軍)」たちが住み込みで働くことになったのだ。
†
それから数日。
オークたちの重機並みのパワーにより、農場は爆発的に拡大し、収穫の時期を迎えていた。
そんなある日の午後。
ド派手な金色の装飾が施された馬車が、土煙を上げて農場に乗り込んできた。
「どえりゃあ美味い野菜を作っとる農家があるって聞いたんだが、ここだぎゃ?」
馬車から降りてきたのは、昭和のパチンコ屋の社長のような派手な柄シャツを着た、蛇目族の男だった。首には太い金のネックレスがジャラジャラと鳴っている。
男の名はオロチ。大陸屈指の大企業『ゴルド商会』の会長にして、金に汚い冷徹な商人である。彼は極秘裏に「とんでもない魔力を含んだ野菜」の噂を嗅ぎつけ、独占契約(という名の搾取)を結ぶために自ら足を運んだのだ。
(ふん、世間知らずの素人農家なら、適当な契約書で買い叩いてやるでよ……)
オロチはニヤリと笑い、農場の様子を視察した。
だが、彼の商人の「眼」は、すぐに異常事態を捉えた。
(……は? あそこでキャベツの収穫をしとる奴ら……魔王軍のAランク魔物、オーク・ジェネラルじゃにゃあか!? なんで農作業しとるんだぎゃ!?)
さらに、縁側で昼寝をしている黒いトカゲを見た瞬間、蛇目族特有の『魔力感知』が警鐘を鳴らした。
(ヒッ!? あ、あのトカゲ……底が見えん! 空間が歪んどる! ただの魔獣じゃにゃあ、あんなの神話級の化物だぎゃ!!)
オロチは大量の冷や汗を吹き出した。
この農場の主は、ただの農家ではない。魔王軍の幹部をアゴで使い、神話級の化物をペットにする、魔王をも超える存在に違いない。
「おや、お客さんですか?」
俺は採れたてのトウモロコシを茹でたザルを抱え、オロチに声をかけた。
「ひぃぃっ! ワ、ワシは怪しいもんじゃにゃあ! ゴ、ゴルド商会の……」
「あー、野菜の買い取り業者さんですか。遠いところご苦労さまです。どうぞ、これでも食べて休憩してください」
俺は茹でたてのトウモロコシを真っ二つに折り、半分をオロチに差し出した。
これは俺がスキルで育てた『ずっ友ロコシ』という特殊な品種だ。
信じられないほど甘く美味しいだけでなく、これを半分こして相手に渡すと、これまでの関係性や警戒心をすっ飛ばして、一瞬で『ズブズブの関係の親友(ずっ友)』になってしまうという、恐ろしい禁断の植物である。
「は、はあ……頂くぎゃ」
オロチはおそるおそるトウモロコシにかじりついた。
シャクッ。
「――――ッ!!?」
オロチの脳内に、衝撃が走った。
甘い。ただ甘いだけでなく、濃厚な旨味と魔力が口の中で爆発し、全身の細胞を歓喜させる。
だが、それ以上に……目の前にいる青年の笑顔が、たまらなく愛おしく、信頼できる「無二の親友」に見えてきたのだ!
彼が胸の内に抱えていた「安く買い叩いてやろう」という黒い野心は、ずっ友ロコシの強制友情パワーによって完全に消し飛んでいた。
「……ウマい。どえりゃあ美味いぎゃ!! カイトっち! お前さん、最高だわ!」
「ははは、喜んでもらえてよかったよ。オロチさん」
「オロチさんなんて水臭いぎゃあ! 『オロやん』って呼んでくれ! カイトっちの野菜、ウチの商会が全力で売り捌いてやるでよ! 利益の9割はカイトっちのモンだぎゃ!」
オロチは懐から、ゴルド商会でも滅多に発行されない『プラチナ・パートナー契約書(VIP待遇・全額商会負担)』を取り出し、凄まじい勢いでサインを書き込んで俺に手渡した。
「えっ、そんなにいい条件でいいの? なんだか悪いな……」
「ずっ友の頼みだぎゃあ! 気にすんなって!」
オロチは俺とガッチリ肩を組み、満面の笑みでサムズアップした。
こうして、世界最大の流通網を持つゴルド商会の会長を、トウモロコシ半分で「ズブズブの親友」に引き入れた俺の農場は、大陸中のVIPたちの目に留まる準備を完了してしまったのだ。
神々の配信サイト『ゴッドチューブ』のコメント欄に、「あのゴルドのタヌキ親父をトウモロコシで籠絡したぞwww」「この農家、只者じゃねえ……」と、熱狂的なコメントが流れ始めていることを、俺はまだ知らなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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