EP 3
漬物石から最強の竜が誕生!? 襲撃してきた機械の虫は、極上の『海老天丼』になりました
月明かりが差し込むボロ小屋の中。
俺が『漬物石』にしようとしていた虹色の石は、パァァンッ!という小気味よい音と共に完全に砕け散った。
光の粉がキラキラと舞い散る中、俺は目を擦りながらその中心を見つめた。
そこにいたのは、石でも宝石でもない。手のひらサイズの、小さな生き物だった。
全身は夜空のように深い漆黒の鱗に覆われ、背中には虹色に輝く結晶のような小さな突起が並んでいる。背中には申し訳程度の小さな翼。
その生き物は、つぶらな金色の瞳で俺を見上げると、尻尾をパタパタと振って鳴いた。
「きゅぅ」
「……トカゲ、か?」
俺がおそるおそる指を差し出すと、トカゲは喉をクルルと鳴らし、俺の指をザラリとした舌でぺろりと舐めた。
その瞬間、俺の脳内にピローンと軽快な音が響いた。
【スキル『絶対飼育』が対象を認識しました。対象:??? 状態:服従・親愛】
「お、スキルが発動した。ってことは、お前も俺が飼っていいってことだな?」
「きゅっ!」
「よしよし、いい子だ。お前も今日から俺の家族だな。見た目は黒いけど、名前は……そうだな、『ポチ』でいいか」
俺が顎の下を撫でてやると、ポチは気に入ったのか目を細めて俺の手のひらにすり寄ってきた。
異世界に来て初めてのペットだ。スローライフにはやっぱり動物の癒やしが必要不可欠である。俺はすっかりデレデレになっていた。
――だが、そんなほのぼのとした時間は、長くは続かなかった。
ガシャッ……カサカサカサカサッ……!
突如、小屋の外から無数の足音が聞こえてきたのだ。
それも、ただの獣の足音ではない。金属同士が擦れ合うような、ひどく無機質で不気味な音だ。
「なんだ? こんな夜更けに……」
俺はポチを肩に乗せ、そっと窓から外を覗き込んだ。
そして、全身の血の気が引くのを感じた。
「嘘だろ……なんだあれ」
月明かりに照らされた荒れ地に、体長一メートルはあろうかという巨大な『アリ』の化け物が数十匹、群れをなしてこちらへ向かってきていた。
しかもただのアリではない。その体は鈍く光る鋼鉄の装甲で覆われ、赤く光る複眼が小屋の俺を的確に捉えていた。
後に知ったことだが、こいつらはかつて世界を脅かした死蟲王サルバロスの手先、『死蟻機』と呼ばれる凶悪な殺戮マシンだった。
『ギギギギギ……目標確認。魂ノ回収ヲ開始スル』
機械のアリたちは、不気味なノイズを発しながら顎を大きく開いた。
ジュウウウウッ!
顎から滴り落ちた緑色の液体が地面の岩をドロドロに溶かしていく。強力な酸だ。
「おいおいおい! あんなの食らったら、小屋ごと溶かされちまうぞ!?」
俺は慌てて鍬を握りしめた。だが、素人が農業用の鍬一本で、あんな装甲車みたいなアリの群れに勝てるわけがない。
俺の異世界スローライフ、二日目にして早くもバッドエンドかよ!
その時だった。
俺の肩に乗っていたポチが、ふわりと床に飛び降りたのだ。
「きゅぅ……(グルルッ)」
ポチは小屋のドアの前までヨチヨチと歩み出ると、ドアの隙間から外のネクロアントたちを睨みつけた。
その小さな体から、空気がビリビリと震えるような奇妙な覇気が漏れ出す。
ポチの正体は、時間を操る神話級の怪物『始祖竜クロノ』の力の残滓から生まれた新種の竜である。だが、そんな設定を知る由もない俺には、勇敢な子犬が番犬の真似事をしているようにしか見えなかった。
「こらポチ! 前に行くな、溶かされるぞ!」
俺が抱き上げようとした瞬間。
ポチの鼻が、ムズムズと動いた。
「きゅ……きゅ……」
「ん? 風邪か?」
「――くしゅんっ!!」
可愛らしい、小さな『くしゃみ』だった。
だが、そのくしゃみから放たれたのは、飛沫などという生易しいものではなかった。
カッッッ!!!!
ポチの口から、青白い波紋のような波動が放たれた。
波動はドアをすり抜け、ネクロアントの群れを包み込む。
直後、信じられない光景が広がった。
時間を急激に『進める』という理不尽な事象の余波を受けたネクロアントたちの鋼鉄の装甲が、一瞬にして数百年分のサビに覆われ、ポロポロと崩れ落ちたのだ。さらに内部回路がショートして超高温を帯び、プシューッ!と煙を上げて全機がその場に崩れ落ちた。
時間にしてわずか一秒。数十匹の殺戮兵器が、一匹のトカゲのくしゃみで全滅した。
「…………え?」
俺は開いた口が塞がらなかった。
えっと、今、何が起きたんだ? こいつら、急に老朽化して自爆したのか?
「きゅぅ(すっきりした)」
ポチは鼻先を前足でこすりながら、自慢げに俺を見上げている。
「お、おう……。よくわからんが、助かった。お前、くしゃみで魔物を倒す特技があるんだな。すごいぞポチ!」
俺は現実から目を背け、そういう『特異体質』なのだと自分を納得させた。
俺はおそるおそる小屋の外に出て、煙を上げるネクロアントの残骸に近づいた。
完全に機能停止している。もう動く気配はない。
俺が鍬の先でコンコンと殻を突いていると、ふと、あることに気がついた。
「ん……? なんかこれ、めちゃくちゃいい匂いがするぞ?」
焦げた機械の匂いではない。
これは……そう、高級な甲殻類をこんがりと焼き上げたような、芳醇で甘い匂いだ。
アナステシア世界の常識として、死蟲機たちは見た目に反して『食べると最高級のエビの味がする』という謎の仕様があるのだが、俺の腹の虫は本能でそれに気づいていた。
「これ、もしかして食えるのか……?」
俺は意を決して、脆くなったネクロアントの背中の装甲をベキッと引き剥がした。
すると中から、プリップリの純白の身がぎっしりと詰まっているのが見えた。湯気と共に、強烈なエビの香りが鼻腔をくすぐる。
「美味そうだ……!」
もう我慢できなかった。俺は昨日ルチアナから貰った『種セット』の中から、絶対飼育スキルで数分で育て上げた『米麦草(お米)』を急いで炊いた。
さらに、ネクロアントの身を取り出し、女神のオマケ物資に入っていた小麦粉と油を使って、ジュワァァァッと豪快に揚げる。
深夜の荒野に、天ぷらを揚げる極上の音が響き渡る。
ご飯の上に揚げたての身を乗せ、甘辛い醤油ダレ(これまたオマケの調味料)をたらせば――。
「完成! 特製・巨大海老天丼だ!」
「きゅるるるっ!」
ポチも目を輝かせて尻尾を振っている。
俺は熱々の海老天(仮)を口に放り込んだ。
「――――ッッ!! うっま!!」
サクッとした衣の食感の後に、尋常ではない弾力を持った身が弾けた。
口いっぱいに広がる強烈なエビの旨味と甘み。機械の虫だったとは到底思えない、伊勢海老すら裸足で逃げ出すほどの至高の味だ。
俺とポチは、夢中になって数十匹分の天丼を平らげた。
深夜のカロリーは罪の味がするが、死線を潜り抜けた後の飯は格別だった。
だが、この時の俺たちは気づいていなかった。
深夜に揚げた最高級の『海老天』の匂いが、夜風に乗って遠くの森の奥深くまで漂っていってしまったことに。
ズシン……ズシン……ズシン……!
「……ん?」
天丼の最後の一粒を飲み込んだ俺は、腹の底に響くような重い足音に顔を上げた。
森の暗がりから、二メートルを超える巨体を持つ人型の怪物たちが、ぞろぞろと姿を現したのだ。
豚の顔に、丸太のような腕。粗末な革鎧を着て、錆びた斧を持った二足歩行の怪物――ファンタジーの定番、オークの群れだ。
しかも彼らの口からは、滝のような涎がダラダラと垂れ流されている。
「ブヒィィィ……!! イイ匂イガ、スルゥゥゥ!」
「ウマソウナ飯……ヨコセェェェ!」
エビフライの匂いに釣られたオークの群れ。
スローライフ三日目の朝は、血に飢えた(いや、飯に飢えた)魔物の大群による襲撃という、絶望の幕開けから始まろうとしていた。
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