EP 2
初めての収穫はトラウマの味!? 喋るキャベツと『お祈り』レタス
異世界生活、二日目の朝。
鳥のさえずりと共に目覚めた俺は、これまでの人生で最も清々しい朝を迎えていた。
「よく寝た……! 目覚まし時計の幻聴が聞こえない朝って、こんなに素晴らしいんだな」
伸びをしながらボロ小屋を出ると、昨日耕したふかふかの土から、心地よい土の匂いが漂ってくる。
俺は女神ルチアナが小屋のテーブルに置いていってくれた「異世界の種セット」の小袋を取り出した。中には、見慣れた野菜によく似た種がいくつか入っている。
「まずは試しに、これを植えてみるか」
適当に畝を作り、種を蒔く。そして無限の水瓶から水をたっぷりと与えた。
ここで、昨日授かったチートスキルの出番だ。俺は畑に向かって手をかざし、念じた。
「発動しろ、【絶対飼育】!」
その瞬間、畑の土が淡い緑色の光に包まれた。
みるみるうちに土が盛り上がり、双葉が顔を出す。茎が伸び、葉が広がり、あっという間に畑一面が青々とした野菜で埋め尽くされてしまった。時間にして、わずか数分。
「うおお……! これがチートスキルの力か! 成長速度が限界突破してる!」
目の前に実ったのは、見事なまでに瑞々しいレタスとキャベツだった。
朝露に濡れた葉は、スーパーの特売品など比較にならないほどツヤツヤと輝いている。
農業の知識が皆無の俺でも、一発でこれだけのものが作れるとは。異世界、最高だ。
「よし、さっそく朝飯にしよう。まずはこの美味そうなレタスから――」
俺がウキウキ気分で、大きく育ったレタスの葉に手を伸ばし、包丁で根元を切り離そうとした瞬間だった。
『――慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら、今回は採用を見送らせていただくこととなりました』
「……っ!!?」
突然、脳内に直接、冷徹な女性の事務的な声が鳴り響いた。
俺はビクンッと体を震わせ、思わず包丁を取り落とした。
動悸が激しくなり、胃の奥がギュッと締め付けられる。冷や汗がどっと吹き出した。
『なお、カイト様(おじさん様)の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます』
「がはっ……!?」
俺はその場に両膝をつき、見えない血を吐いた。
間違いない。これは就職氷河期を戦い抜いたあの頃、何十社からも受け取ったあの『お祈りメール』の音声版だ!
なぜレタスから不採用通知が飛んでくるんだ!?
「はぁ、はぁ……なんだこれ。精神攻撃がエグすぎるぞ……」
あとで知ったことだが、これはアナステシア世界に自生する『折れたス』という魔植物の一種らしい。包丁で切ろうとしたり食べようとしたりすると、その者の心に一番響く「絶望の音声」をテレパシーで放つという、タチの悪い防衛本能を持っていたのだ。
だが、ブラック企業で鍛え上げられた俺の社畜メンタルを舐めるな。
「お祈りメールごときで、俺の食欲が落ちるかよ……ッ!」
俺は歯を食いしばり、震える手で『折れたス』を強引に収穫した。
「次は、お前だ!」
息も絶え絶えになりながら、隣に実っていた巨大なキャベツに手を伸ばす。
今度は何が来る? 最終面接のお祈りか? それとも上司の『明日までにこの資料まとめといて』という幻聴か!?
覚悟を決めて包丁を入れた瞬間。
「ヒィィッ! 待って、切らないでぇぇ!」
「うわあっ!? 喋った!?」
今度は脳内ではなく、キャベツそのものが物理的に喋り出した。
「私を食べても美味しくないわ! 命だけは助けて! 代わりにいいネタ教えるから! ねえ知ってる!? 隣町のギルドマスター、実は横領した金でポポロ村のキャバクラに通い詰めてるのよ!」
「……は?」
「それだけじゃないわ! ルナミス帝国の〇〇大臣、愛人が三人いて修羅場らしいわよ! これ、三面記事のトップになれる超特大のネタだから!」
俺は呆然とした。
こいつは『ネタキャベツ』。収穫されると、自分が仕入れた「美味しいゴシップネタ」を叫んで命乞いをするという変態植物だった。美味しいネタを仕入れた個体ほど、自身の味も美味しくなるという謎の生態をしている。
「……異世界の植物、個性が強すぎるだろ」
「ね!? だから助けて――ギャアアアアッ!?」
「知らん国の不倫ネタなんかより、俺の空腹のほうが大事なんだよ」
俺は無慈悲にネタキャベツを真っ二つに割った。
†
数分後。
俺は小屋の小さなコンロ(女神のオマケ魔法具)で、収穫したての野菜を調理し終えていた。
メニューは、『折れたス』と『ネタキャベツ』のシンプルな塩炒め。
正直、調理中もキャベツの悲鳴や、レタスからの「祈り」が断続的に響いていたため、精神力(SAN値)はガリガリ削られていた。
「いただきます……」
期待半分、恐怖半分で、炒めたレタスを口に運ぶ。
シャクッ。
「――っ!!?」
咀嚼した瞬間、俺の目は限界まで見開かれた。
美味い。いや、美味いなどという陳腐な言葉では表現できない!
『折れたス』はシャキシャキとした絶妙な歯ごたえと共に、爽やかな甘みと心地よい塩気が口いっぱいに弾けた。先ほどのメンタルダメージを補って余りある、細胞の隅々まで染み渡るような生命力の塊。
そして『ネタキャベツ』。火を通したことで三面記事のゴシップのごとく濃厚な甘みと旨味が引き出され、噛めば噛むほど「これでもか!」というほどの芳醇なスープが溢れ出してくる。
「なんだこれ……信じられないくらい美味いぞ!」
気づけば、俺は夢中で皿を舐めるように平らげていた。
全身がポカポカと温かくなり、前世から蓄積されていた疲労感が嘘のように消え去っていく。
【絶対飼育】スキルのおかげで、栄養価と味が『限界突破』していたのだ。
これなら、どんな精神的苦痛を味わってでも毎日食べたい。俺はこの異世界で、農家として生きていく自信を完全に確信した。
†
極上の朝食(と昼食、夕食)を終え、大満足で初日の本格的な農作業を終えた俺は、ベッドに潜り込んだ。
腹は満たされ、体は健康そのもの。
明日からは畑をさらに広げて、もっと色々な野菜を育ててみよう。
そんな希望に満ちた思考に包まれながら、深い眠りに落ちていった。
――深夜。
パキッ……。
ピキキキキッ……。
静まり返った小屋の中に、微かな音が響き始めた。
部屋の隅。俺が「漬物石」にしようと安置していた、あの虹色の石からだ。
月明かりが差し込む中、虹色の石の表面に、幾筋もの亀裂が走っていく。
ドクン、ドクンと脈打つ光は次第に強さを増し、小屋全体を淡い七色に染め上げていた。
「……んあ? なんだ、眩しいな……」
寝ぼけ眼をこすりながら、俺はのそりと身を起こす。
直後、パァァンッ!と小気味よい音がして、石が完全に砕け散った。
光の粉が舞い散る中、そこから姿を現したのは――。
俺の農業スローライフを、国家間のパワーゲームや神々の動画配信へと巻き込むことになる、最強で最凶の『同居人』だった。
読んでいただきありがとうございます。
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