いよいよご対面
翌朝リネアの朝食がすむと、執事のセバスにサロンに案内された。
ドアが開くと、そこにはすでに代理領主であるクラウスの姿があった。
そして彼の後ろに――小さな人影が隠れている。
(……あれが、お坊ちゃまのアシュリー様? )
クラウスの足の陰から、恐る恐るという様子で、一人の幼い男の子が顔を覗かせた。
天使のように愛らしい顔立ちをしている。
もうすぐ九歳になるときいていたけれど六、七歳くらいにしか見えない小柄さだ。
しかし、その姿を視界に入れた瞬間、リネアは強烈な既視感を感じた。
陽光を浴びてきらめく、柔らかな銀色の髪。
そして、怯えと警戒の混じった、紫色のつぶらな瞳。
(シャーリーのわけ……ないわよね)
王族に近い大貴族の中には獣人の血が混じっている者がいる――こんな話を昔聞かされたことがある。
(そんな馬鹿なことって……。リネア、考えてはだめよ。好奇心を持ってはいけないわ。好奇心は猫をも殺すのよ)
深く息を吸い込んでゆっくりとはくと、リネアは少しずつ冷静さを取り戻した。
「アシュリー様、初めまして」
彼女が膝を折り、目線を合わせて丁寧に挨拶を交わすと、アシュリー様はおずおずとした足取りで、クラウスの陰から慎重に出てきた。
クラウスは何も言わずに、ただ静かにアシュリーの様子を見守っている。
間近で見るアシュリーは、どういうわけか今にも泣き出しそうなほどに、その紫の瞳を涙で潤ませていた。
「どうかしましたか? 私は怖くないですよ?」
にっこり笑って話しかける。
(介護と子供では勝手が違うわね)
「腕……けが…」
確かに昨日の散歩で、転んで少し怪我をしていたのだ。それに気づいたメイドが手当てをしてくれていた。
彼はそれを指さしている。心配してくれているのだろうか。
「大したことないですよ。ちょっと転んだだけです。でも親切なこの家のメイドが心配して包帯をまいてくれたんですよ」
「ご……ごめんなさい」
「え? あの、私が転んだのはアシュリー様のせいではないです」
「アシュリー、ちゃんと挨拶をしなさい」
クラウスに促されてアシュリーは恐る恐るリネアに視線を移してきた。
「はじめまして、リネア。僕はアシュリー・ヴァルハイト」
子供特有の高くて澄んだ声、ふわふわとして艶のある銀糸の毛並みが揺れる。
控えめにいってもとんでもなくかわいい。
将来美男子になること間違いないだろう。
「よろしくお願いします。アシュリー様」
アシュリーはこくりと頷くとまたクラウスの後ろに隠れてしまった。
「リネア、アシュリーに勉強を教えてくれないか、簡単な読み書きでいい。それからアシュリーは魔力を持っているが、紹介状には君は魔法が使えないと書いてあったから、魔法は教えなくていい。ただアシュリーが興味を持つ本があったら読み聞かせをしてほしい。書庫を自由に使ってくれ」
そこでリネアは疑問に思った。
「専門の家庭教師は雇わないですか? 私がアシュリー様にお教えできることは多くはありません」
貴族の子弟には、普通は優秀な家庭教師がつくものだ。
「君に求めているのはあくまでもアシュリーの世話だ。勉強を任せるのもその一環だ。アシュリーの人見知りが良くなったら考える。以上だ」
つまりクラウスが言いたいのはリネアにアシュリーの心のケアをしろということだろう。
きっとクラウスは子育て経験のある年配の女性を子守に望んでいたのだと思う。
「アシュリー、リネアを書庫へ案内してくれ、そこで読み書きを教わるといい」
クラウスがアシュリーにそう言うと、アシュリーはぎゅっと唇を引き結んだ。
アシュリーの行動も紫色の瞳も銀髪もシャーリーを思い出させる。
何ともいえない既視感を持ちながらリネアは言った
「クラウス様、今日はシャーリーのお散歩をしなくてもいいのですか?」
「かまわない。シャーリーにもアシュリーにもゆっくりとリネアに慣れてもらう。だから君も焦って距離をつめないようにしてほしい」
「承知いたしました」
これは時間がかかりそうだ。
「セバス、アシュリーは一人では心細いようだ。お前がついていてくれ」
「はい、クラウス様」
セバスが先頭に立って歩きだすと、アシュリーはリネアと距離をとるようにセバスの後についていった。
(初手で子供に嫌われてしまったわ)
リネアが動揺していると、セバスの後について歩いていたアシュリーが様子をうかがうようにリネアを振り返る。
アシュリーに笑顔で頷くと、彼は大きく目を見開いてびっくりしたように顔をそらした。
(そ、そんなに怖がらなくても!)




