お散歩は命がけ1
領主館の庭の手入れは行き届いていないが、そのぶん手つかずの自然が息づいていて心地よかった。
オークの木漏れ日がおちる地面を踏みしめる。
シャーリーは石畳で舗装された遊歩道より、わき道を好むようだ。土の感触がすきなのかもしれない。
お散歩は驚くほど順調だった。
もっと自由に歩きまわるものかと思っていたが、リネアの歩調に合わせて歩いてくれている。
(私、フェンリルに気を使われている? 驚くほど賢いわ)
そこでリネアは懐いてもらうために、話しかけることにし
た。
「シャーリー見て、むこうにタンポポの綿毛あるわ! シャーリーの毛のように柔らかそうでふわふわしていますね」
シャーリーがぴたりと足を止める。
じっとタンポポの綿毛を見つめたかと思ったら、いきなり綿毛目指して駆けだした。
当然リネアはフェンリルをとめることもできずに引きずられる。
魔物だけあって力の強さが半端ではない。
「いたたっ」
それでもリネアはリードを離さない。
(ここでクラウス様の愛犬シャーリーが行方不明になったクビどころの騒ぎではないわ! それこそ賠償問題に発展してしまう!)
そんな心配をよそにフェンリルはタンポポの前でぴたりと止まった。
リネアは一息つく。
シャーリーは嬉しそうにタンポポの綿毛を前足でつついた。
綿毛は緑の香り漂う爽やかな風に乗りふわりと空に舞い上がる。
リネアは嫌な予感を覚えた。
次の瞬間、シャーリーは思い切りジャンプして綿毛を追いかけだしたのだ。
当然リードを握るリネアの体も跳ねる。
「ひいいっ!」
身体がフェンリルの跳躍にあわせて高く飛び、落下を始める。
地面にたたきつけられると思った瞬間、フワリと抱きとめられた。
「リネア! 大丈夫か!」
「え? クラウス様?」
「驚いたな、君はこんな状況でもリードをはなさないのか」
「当然です。私はシャーリーのお世話がかりですから」
そう言いながらもリネアの体は震えていた。
シャーリーのお散歩は命がけ。
そして、クラウスの視線の先をみると、しゅんとしたシャーリーがいた。
耳もしっぽも垂れ下がり先ほどまでの生き生きとした姿が見る影もない。
クラウスは、リネアを降ろすとシャーリーの元へと行った。
「シャーリー、今回はお前が悪いぞ、リネアは人間の女性だ。そんな風にお前が暴れたら壊れてしまう。彼女がお前のリードを離していないのが見えるか?」
シャーリーはおずおずとリネアに目を向ける。
(おかしいわ。フェンリルのはずなのに、このつぶらな紫の瞳を見ると胸が締め付けられる)
「シャーリー、私は大丈夫ですよ。さあ、お散歩を続けましょう」
リネアの言葉にクラウスは驚いたような反応を示す。
「まだシャーリーの散歩を続行してくれるのか? いや、君はケガをしているだろう。手当てが先だ」
「クラウス様、私はけがなどしていません! まだシャーリーとのお散歩の途中です。どうか職務を遂行させてください」
このまま散歩を終えてしまったら、シャーリーがまた心に傷を負ってしまう気がした。
(この人の顔色をうかがうところ、私が子供の頃に兄夫妻の顔色をうかがった姿と重なる。ほっておけないわ)
クラウスは戸惑うような表情を浮かべた。
「ならば先ほどのようにシャーリーが突然走り出すことがあれば、リードをはなしてくれてかまわない」
「それではシャーリーが迷子になってしまうかもしれません」
「大丈夫だ、シャーリーは賢い。君がいじめたりしない限り、この家から離れない。それに君はシャーリーをいじめたりはしないだろう?」
「もちろんです! シャーリーはクラウス様の大事な愛犬。しっかりとお守りいたします」
「では、今日は俺もうしろからついていこう」
クラウスの言葉を聞いて、これは犬の世話係として試されているのだろうかとリネアは緊張を覚えた。
「承知いたしました」
その後、シャーリーが暴走することはなく、お散歩はつつがなく済んだ。




