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お世話開始です


 翌朝リネアはすっきりと目覚めた。


 昨晩入った風呂とふかふかのベッドのおかげでリネアの旅の疲れはきれいにとれている。


 リネアは起き上がると、さっそく着替えた。


 ノックの音に返事をすると、入ってきた若いメイドが驚いたように立っていた。


「朝のお支度はもうお済みなのですから?」

「はい、これから私は何をすればいいのかしら?」


「少々おまちくださいませ。今朝食を運んでまいります。それからご主人様からお仕事内容のご説明がございます」

 リネアは拍子抜けしてしまった。


 いまのところ、至れり尽くせりの扱いである。

 

 サラダにパン、卵にスープの美味しい朝食と食後の紅茶を楽しんだ後、ほどなくして領主のクラウスに呼ばれてサロンへとむかう。


 彼の後ろには子供ではなく、フルフル震えるフェンリル改め大型犬がいた。


「きょうはこの大型犬のシャーリーと遊んでほしい」

 リネアは職務に徹するため「どっからどう見てフェンリルでしょ!」という突っ込みはあえて封印した。


「シャーリー、私はリネアと言います。よろしくお願いします」

 リネアは、クラウスの後ろに隠れるフェンリルに挨拶する。


 フェンリルは恐々と鼻先を上げて、おずおずとリネアを見る。

 その瞳はアメジストのように澄み切っていて、つぶらだ。魔物特有の邪気や敵意はなく、耳はぺたんと垂れていた。


「大丈夫ですよ。怖がらなくて……」

リネアは慎重にフェンリルとの距離を詰める。


(なんで誇り高いフェンリルが人間を怖がっているの?)


フェンリルが後ずさったのを見て、リネアは足を止める。


「クラウス様、シャーリーは私を恐れているようです」


「そのようだな。金髪はだめだと募集要項にかいておけばよかった……」

 クラウスは何やら不穏なこと呟いた。


「え? 昨日は雇うとおっしゃったのに、私は金髪だから首ですか?」


「いや、頑張ってもらう。なかなかこの土地まできてくれるものもいないからな」

 焦るリネアにクラウスはそう答えた。


「それより、シャーリーを見て怖いと思わないのか」


「大丈夫です。ただの大型犬ですから」


 リネアはクビになりたくないので、言い切った。

 それにこのフェンリルからは敵意のようなものは一切感じない。


 クラウスは明らかにほっとしたように息をつく。


「シャーリーは見ての通り、人見知りだ。だが君を意図的に傷つけることはない」

「はい。シャーリーが私に懐いてくれるか心配です」


「だから朝の散歩をしてシャーリーとの交流を深めてほしい」

(フェンリルと散歩ですって! 子守として雇われたのでは?)


「ええと、フェ……シャーリーとお散歩ですか? 近所の方々は大丈夫でしょうか?」


「このあたりに人家は少ないから問題はない。しかし、領主館の敷地内から絶対に出ないでくれ。シャーリーは人目を恐れる」

 リネアはだんだんシャーリーがかわいそうになってきた。


時に聖獣ともあがめられるフェンリルが、これほど人を恐れているとは……過去にいじめられていたに違いないと推測した。


 リネアはほんの少しシャーリーとの距離を詰めると、腰をかがめて話しかけた。


「大丈夫ですよ。シャーリー、私は決してあなたを傷つけませんよ。どうか、フェ、大型犬としての誇りを思い出して」

 

 シャーリーの震えが止まった。

 

 するとクラウスが、不穏なことを口にする。


「そうか、金髪だが、瞳の色が違う。緑だから安心したのか?」


 もうここまで言われたら、予想はつく。

 金髪の若い女性にいじめられたのだろう。

(フェンリルをいじめるなんてどんな勇者なの?)


 どうしてそのような事態になったのかは全く推測できないが――。


「あの、クラウス様、私が髪の色を染めましょうか? 黒とかいかがですか」


 思い切って提案すると、シャーリーがほんの少しリネアのもとに歩み寄ってきた。


 まるで人語がわかっているように。


 いやフェンリルほど頭のいい魔物なら、ある程度理解できるのかもしれない。


 シャーリーの様子を見ていたクラウスがいった。


「そこまでする必要はない。それにシャーリーは君が髪を染めることに反対のようだ」

 それからクラウスがシャーリーに柔らかな視線を注ぐ。


「シャーリー、リネアと散歩に行けるか? 短時間でいい」

 シャーリーはまるで人のようにこくりと頷いた。


 リネアはクラウスとフェンリルのあとについてエントランスまで行く。


 そこでクラウスはシャーリーの首輪にリードをつけた。


「リネア、頼んだぞ」

「はい、しっかりとお散歩してきます」


「シャーリーは好奇心旺盛で、野に咲く花が好きだ。だから立ち止まったら、見ているだけでいい。散歩の間だけでも自由にさせたい。ただし、この近くの村人が通りかかることがあったら、シャーリーの姿を全力で隠してほしい。フェンリルだと勘違いされたらたいへんだ」


「クラウス様の愛犬シャーリーは、このリネアがお守りします」


 雇い主のクラウスにいろいろと言いたいことはあるが、リネアはそれを飲み込んだ。


(考えたら負け。この茶番に耐えるのよ、リネア!)


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