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想定外の雇用条件2

 しかし、リネアには帰る場所はない。

 したがってリネアはこう考えることにした。


(きっとこの家には言うに言われぬ事情があるのよ。どこの家の棚にもどくろはあるっていうじゃない。そうよ。リネア、これは大型犬なの)


 リネアは腹を括った。


「シャーリー、私はリネアです。よろしくお願いしますね」

 リネアが声をかけるとシャーリーは素早い動作でクラウスの後ろに隠れた。


 その様子はまるでリネアに怯えているようだ。


「リネア、シャーリーは人見知りなんだ。エサをやったり、日常的な世話をしてやったりして、ゆっくりと仲良くなってくれ。それから粗相をしてもどなったり、怒ったりしないでほしい。基本的に若い女性を怖がっている」


 過去にいじめられていたに、リネアは考えることを放棄した。突っ込みどころが多すぎて、もはや質問すらわかない。


(人見知りなフェンリルって何? いったいどんなことあったら、若い女性をこわがるようになるの? この館の子供はどこ?)


 リネアの頭に疑問が渦巻いたが、今はそれを封印した。 


「承知いたしました。それでお給金の話ですが……」


 だいぶおかしな家だがここで頑張ってお金をかせげば、実家に帰らずとも自立した生活が送れるかもしれない。

 なぜなら介護に期限があったように、子守にも期限があるはずだから。


 そして早くこの家の子供「お坊ちゃま」を紹介してほしいとリネアは切に思う。


「それなら、採用が決まってすぐに君の実家に払うようにいわれている。もっともこの辺鄙な土地に来たがる者なんていないからな。それに俺が望んだのは若い女性ではなく、年配の女性なんだ」


「な、なんですってえ!」

 いろいろと実家にやられてしまった。


 打ちひしがれるリネアを見てクラウスが口を開く。


「君の家の事情に踏み込む気はないが、ここで働いてくれる以上生活の保障をするから安心してくれ」 


 どこか同情のこもったクラウスの口ぶりにリネアは頷いた。


(ああ、働いても給金は私の懐にははいらないのね。実家に

 すいあげられてしまう。でも私が直接給金をもらったところで兄たちがお金を寄越せとどなりこんでくるわよね。それに年配の女性を希望って……)


 これはもうあきらめるしかないとリネアは思った。


「ありがとうございます。精一杯務めさせていただきます」

 もうこれは退職金がもらえるように頑張るしかない。


「あの、それでお坊ちゃまは?」

「アシュリーは……今日は紹介できない」

「はい?」


「甥のアシュリーは、八歳で両親を亡くしたばかりだ。もうすぐ九歳になるが……ふさぎ込んでいることが多い。今日の面会は無理だ」

 リネアは思わずフェンリル改め、もふもふの大型犬を見る。


(もう、おなかいっぱいだわ。確かにお坊ちゃまはお気の毒だけれど、この家の事情については考えないことにする)



 

 その後、落ち着いた雰囲気のセバスと名乗る初老の執事が出てきて、リネアを三階の部屋に案内してくれた。


 家具は簡素ではあるが、必要なものがすべてそろっていた。


 デスクにティーテーブル、続き間は寝室になっている。

「あの、二間もいただけるのですか?」

 ずいぶんと広いことに驚いて、セバスに尋ねる。


 実家の屋根裏部屋と比べると雲泥の差だ。

「はい、アシュリー様の教育もお願いしますので。リネア様はお世話係兼家庭教師になります。それからシャーリーの面倒もよろしくお願いします。ブラッシングやお風呂の入れ方はこちらでお知らせします」


 世話係と聞いていたが、教育は今初めて耳にした。


「あの、アシュリー様はどの程度教育をうけていらっしゃるのでしょう?」


「旦那様ご夫妻が亡くなってから、勉強の方は止まっている状態です。簡単な読み書きと計算ならばおできになるかと存じます。それからお坊ちゃまはあまりお食事をされないので、小柄な方です」


「承知いたしました。セバス様、よろしくお願いします」


「私は一介の執事でございます。対して、リネア様は伯爵家のご令嬢、敬語はおやめください。どうぞ私のことはセバスと呼び捨てに」

 夫を失ったリネアは、令嬢には分類されない。


 ここでも突っ込みどころが満載だが、いちいち自分の事情を説明する気力は残っていなかった。


「ええっと、私は子守と犬のお世話に雇われた使用人です。つまり立場は、あなたと同じです」


「リネア様、どうかセバスとお呼びください」


 あくまで穏やかに言うセバスだが、圧を感じた。


 リネアの本能が、これは従った方がいいと言っている。

「ええっと、セバス、これからもよろしくお願いします」

「承知いたしました。リネア様」


 セバスはにこやかにほほ笑むと去っていった。


(さすが公爵家ともなると、執事の貫禄が違うわね……)


 彼が出て行ってほっとしたのも束の間、今度はメイドが数人入って来て、風呂の準備をするという。


「え、あの、お風呂があるのはありがたいのですが、私は一人で」


「いいえ、旅の疲れをゆっくり癒していただかなければなりません!」


 クララと名乗るメイド長に言われて、半ば強制的に湯殿に連れて行かれてお風呂に入った。


 確かに気持ちはよかったものの、この破格の扱いには違和感しかない。


「郷に入っては郷に従えっていうし……」


 確かに実家とも、ウォルターの家とも全然違う扱いだ。


 前は介護がメインになってからはゆっくりと眠ったり、のんびりと風呂に入ったりする時間をとることもできなかった。


 長旅の疲れもあって、リネアはその晩、深い眠りに落ちた。


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