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想定外の雇用条件1

 ヴァルハイト公爵領への旅路は思った以上に過酷だった。

 

 王都に隣接しているから近いと思っていたが、領地が広大なうえに途中から道が整備されていない。

 

 王都から辻馬車を乗り継いでやってきたが、最後の御者に「これ以上先へ進むと、帰り道で客が拾えなくなって大赤字だ。ここで降りてくれ」と言われて、街道の途中で放り出されてしまった。

 

 人家も人通りもほぼないから仕方がない。

「はあ、しょうがないわよね。御者さんにも生活があるし」

 リネアは肩を落としながら、去っていく馬車を見送った。


 魔物が出る土地だと聞いていたが、あたりの風景はどこまでも長閑で、小高い丘にはそびえたつ城のような大きな領主館が見える。


 昔はさぞかし立派な要塞だったのだろう。その名残が残っている。


 リネアは領主館まで少ない荷物を抱えて、時には土ぼこりの舞う道をひたすら歩いた。


 近そうに見えたのに思ったより遠く、領主館につく頃には息もあがり、日も傾き替えていた。


 辿り着いた領主館は石造りで歴史を感じさせられるようにツタが絡まる城だった。


(だから、近そうに見えて遠かったのね……)


 運が良いことにリネアはここまできて、魔物に遭遇することはなかったが、体が重く感じる。


(床で寝た背中の痛みが、旅の疲れでついにピークにきちゃったみたい。体がバキバキだわ。でも、ここで子守の仕事をしっかりこなそう。そして自立を目指すわ)


 リネアは気持ちを切り替えると鉄さびの浮かぶ門扉を抜け、ポーチへと続く石畳の遊歩道を歩く。


 かろうじて整備されているが、足元から陽に焙られた野イチゴの葉と、湿った黒土が放つ、むせるような草熱れが立ち上る


(ちょっと待って! 庭の手入れが行き届いていないけれど、本当に子守としてのお給金もらえるのかしら?)

 気になる部分はそこだった。


 あの業突く張りのレオナールがいかせる場所だから、もっと豪華なのかと思っていたのだ。


 それに領主館が大きすぎるせいか、人の気配がまるでしない。


 オーク材作られた頑丈な扉の前に立つと、リネアは思い切って鋳鉄製の重々しいドアノッカーをならしてみる。

 

 どれほどの時間、扉の前で待たされただろうか。もう一度ドアノッカーをならそうかと迷ったところで、ガチャリと鍵の開く重々しい音が響いた。


「誰だ!」


 誰何の声は聞こえど扉は開かれない。

(え? なんで鍵を開けたのに入れてくれないの?)


 仕方がないので、オルセン伯爵家から子守りで来たリネアだと告げると、やっと重い扉がひかれた。


 意外にもドアの向こうには、二十代前半と思しき銀髪の青年が立っていた。背が高く端整な面立ちではあるが、リネアを見る目は不審に満ちている。


「あの……子守りの募集をされていましたよね? 兄のレオナール・オルセンからの推薦状も持って来ています」

 リネアは慌てて鞄から出して、手渡した。

 

 青年はだまって推薦状を受け取ると、封をきって中身を確認する。


 読み終わった彼は呆れように嘆息する。

「言っておくが、俺は君と結婚する気はない。それに介護の必要もない。オルセン伯爵はなにか盛大な勘違いをしているようだ」


 彼の言葉を聞いてリネアは、焦りを感じる。


(お兄様はいったい何を書いたのよ? こんな場所で、たたき出されたらどうしてくれるの? 辻馬車も捕まらないわよ!)


 そのうえ、リネアは行きの旅費しかもらっていない。


「私は、子守を探しているとしかきいておりません。もちろん妻の座も狙っておりません。下心は一切ありませんので、雇ってもらえませんか?」


「君は伯爵令嬢だろう? なぜ使用人のように卑屈なのだ」

 リネアの必死の弁明にクラウスは疑念を深めたようだ。

 それに正確にはリネアは令嬢ではなく、未亡人だと思う。いや、出戻りだろうか。


「帰る家がないからです!旅費も行きのぶんしかもらえませんでした! つまりここで雇ってもらえないと私は野垂れ死にします!」


 唖然とした表情を浮かべるクラウスにリネアはさらに畳みかける。


「だから子守の仕事は完ぺきにまっとう致します。とりあえずお試しで雇ってみませんか? 家事もこなせますし、お役に立てると思います!」


 リネアの言葉に、青年がわずかに表情を和らげる。警戒は解いてくれたようだ。


「俺の名前は、クラウス・ヴァルハイト。元魔法騎士団の副団長だ。家に不幸があったゆえ、突然ヴァルハイト公爵家を継ぐことになった。いや、正確にはこの家の直系の長男の後見人になって管理することになった。ついては俺の九歳になる甥と犬の世話をしてほしい」


 リネアは頭の中で彼からの情報を整理した。つまり、家の跡継ぎは彼の甥で、クラウスは甥が成人するまでの後見人で領主代理ということだろう。


(お兄様、あなたはなんてポンコツなの? それともただ私を追い出したかっただけ?)


「お坊ちゃまと犬のお世話をするということですね」


 リネアの頭の中にどっと新情報が流れ込み、整理するだけでも大変だ。


「そうだ、犬だ。今から紹介する」


「犬ですか? あ、あのお坊ちゃまは?」

 子守できたのだから、普通は先に甥を紹介するものだろうともっていた。


 するとクラウスにぎろりと睨まれた。


「犬の面倒はみられないと?」


「滅相もございません!」

 いやいや、普通は先に子供を紹介するでしょう、とリネアは心のなかだけで突っ込みを入れる。


「シャーリー、こっちにこい!」

 クラウスが呼ぶと、犬にしては巨大すぎる白銀のモフモフとした物体が弾丸のように迫ってきた。


「ひっ!」

 リネアは恐怖のあまり短く悲鳴をあげる。


 しかしその物体は、クラウスに鼻をこすりつけしっぽを振る。驚くほど懐いているようだ。


 リナアは恐る恐る口を開く。


「あの……それって、犬ではなく、フェンリ……」


 ウォルターの屋敷に住んでいた頃、近隣でみかけたことが

ある。

 非常に頭の良い魔物で、時には聖獣とあがめられるとこもある。


 しかし、畑を荒らすこともあり、時々討伐隊が組まれて退治されているフェンリルだ。


「ちがう! これは大型犬だ」

「…………」

 リネアは逃げかえるか、それともとどまるか、究極の選択を突き付けられた。


 フェンリルを大型犬と呼ぶ男性。


 顔はいいがまともではないことは確かだ。



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