35話 本当のこと
二人は木陰のベンチで果実水を飲んだ。
いつかのようにアシュリーが冷やしてくれたので、のど越しがよく、適度な甘みと酸味があってよりおいしく感じた。
ほっと息をつく。
リネアが落ち着いたのを見て、アシュリーが口を開いた。
「前にもいったけれど叔父が出ていってから、しばらくしてあいつらがうちに来たんだ。リネアの給金が支払われていないとね」
「重ね重ね。ご迷惑をおかけしました」
リネアはあわてて頭を下げる。
クラウスには行方は知らないと言ってほしいと頼んでいたが、いろいろとあったおかげでアシュリーの方へ行ってしまったようだ。
「リネアが謝ることじゃないよ。当時僕はリネアは今昏睡状態にあると話したんだ。正しくは結界に閉じ込められているだけれど」
「それで兄にお金を吹っ掛けられたんですよね」
「うちの落ち度だから」
リネアの言葉にアシュリーが苦笑する。
「これから言う事実はリネアにとって残酷だけど、君は優しくてすぐに同情してしまうから、本当のことを伝えるね。彼は僕に金銭を要求し、そんな状態でリネアを返されても困るからリネアを適当に処分してほしいと言ったんだ」
「しょ……処分ですか?」
アシュリーから告げられた言葉に息が止まりそうになる。
リネアはあの家にとって道具でしかない――それはわかっていた。
だが処分という言葉が、リネアの胸にしっかりと刻まれた。
「公爵家ならそれくらいできるだろうと言っていたよ。リネアに対する賠償を請求され、リネアを昏睡状態にしたことについての口止め料をゆすられた。マチルドが君を害したと話しているから、ワグナー領へも行ったよ」
「それで結局アシュリー様はどうしたんですか?」
「ここで、国王陛下の登場だよ。陛下の前でレオナールは契約したんだ。オルセン家にはある程度まとまった金額を支払って、今後一切リネアについて口外しない、リネアに近づかない、そしてリネアに対する権利をすべて放棄する。ヴァルハイト領にもワグナー領にも今後一切関与しないという、魔法による契約をした」
「そうだったんですね。相当な金額を払ったのではないですか?」
「オルセン家にとっては満足のいくもののようだったよ。内訳はヴァルハイト領と王家、ワグナー領で支払った。もっともワグナー領の割合がかなり大きかったけれどね。まあ、愚かなレオナールはそんなこと知りもしないだろうね」
リネアはアシュリーの言葉を噛みしめた。
「結構な金額をもらったにもかかわらず、オルセン夫妻のあの服装を見るに、相当生活に困窮しているようだね」
アシュリーはそう言うと果実水を飲み干した。
果実水はリネアの手の中ですっかりぬるくなってしまった。
カップに軽くアシュリーの手が触れると、果実水は再び冷たくなる。
「アシュリー様はすごいです」
「リネアに褒められると、なぜかうれしくなってくる」
リネアが果実水を飲み終わると、アシュリーがリネアの手を取って立ち上がる。
「さてと、彼らのせいで僕は用事ができてしまった。しかるべき手続きをしないとね。リネア、今日はもうタウンハウスに帰ろう」
異存はなかった。まだ二人に掴まれた腕がじんじんとする。
あのお金に対する異常な執念は何なのだろう。そしてリネアに対する執着も怖い。
(私を……処分してくれとまで言ったのに)
そこでリネアはふと気づく。
「アシュリー様、今の兄たちの行いは契約違反では? もしかして罰則が?」
リネアの言葉にアシュリーは天使のような笑みを浮かべる。
「そうだよ。契約違反に罰はつきものだからね」
「罰金刑とかですか?」
おそらく兄たちはお金など持っていないだろう。
「その程度ではリネアを頼ってまた来るじゃないか。こっちは接近禁止と言ったのに」
「まさか幽閉ですか?」
「違うよ。強制労働だ」
アシュリーの言葉を聞いて、リネアはびっくりした。
「強制労働! そんなに重いんですか? 兄たちは働いたことがないんですよ?」
「でもリネアはずっと働き続けてきた。修道院でも、ハリントン家でも、うちでも。やる必要のない危険な魔物退治までしてくれてね」
兄レオナールと義姉マリエッタ、二人とはここでお別れだ。それなのに全然悲しくない。レオナールは最後の肉親だというのに。
どうしてなのだろう……。
「アシュリー様……私は兄たちが強制労働と聞いても、同情する気も起きないし、悲しくもないんです」
「うん」
アシュリーはリネアに温かな視線を向けたまま静かに頷いた。
「それなのに私はつらいと感じるんです。どうしてでしょう」
「泣きたいのに、我慢をしているからじゃないかな。リネアの心はとても傷ついている。ごめん、僕が真実を伝えたからだ」
アシュリーの言葉を聞いた途端、リネアの目から涙があふれてきた。
リネアの手にアシュリーの手が重なり、そっと抱きしめられた。
次回で最終話です。ぜひ!




