34話 再会
翌日、リネアが目覚めると、アシュリーは出かけた後だった。
リネアはクローゼットに入っているドレスを見る。
結局、ドレスはすべてアシュリーが買ってくれた。
邸についてからついてから、もう一度自分で買うと申し出たが、アシュリーが悲しそうな顔をするので、丁寧に礼を言って受け取った。
「こんなにしてもらっていいのかしら……」
リネア自身は自分を使用人と位置付けているが、アシュリーと周りはそう扱っていない。まるで客人か、その家の女主人のように大切に扱う。
己の態度を決めあぐね、リネアは戸惑いの中にいた。
迷った挙句、彼女はエメラルドグリーンのドレスではなく、昨日アシュリーが選んでくれたシャンパンゴールドのドレスを選んだ。
アシュリーが彼女のために選んでくれたのが嬉しかった。
朝の身支度が済むと、リネアはタウンハウスの使用人たちに世話をされて、朝食を済ませた。
ここでは領主館のように自由に厨房に出入りしたりすることはできない。
使用人たちはリネアとの間にきっちりと一線を引いていた。
リネアはほんの少し居心地の悪さを感じながらも、広いサロンでお茶を飲む。
掃き出し窓の向こうにはバラの咲く庭があった。
何もかもがヴァルハイト領とは違う。すべてが満たされていて調和がとれているのに、妙に落ち着かない。
太陽が中天に差し掛かるころ、アシュリーが戻ってきた。
リネアは待ちきれなくて、アシュリーを迎えにエントランスに向かう。
「アシュリー様! おえりなさいませ」
アシュリーが驚いたように顔を上げた後、嬉しそうにほほ笑んだ。
「リネアから、そんなふうに迎えられるとは思わなかった。いいものだね」
「そう、ですか?」
「そうだよ。リネアにお帰りと言われたのは数えるほどしかない。僕らはいつも一緒にでかけていたじゃないか」
「それもそうですね」
リネアの頬が思わず緩む。
館にいるときは、いつもふたりは一緒にいた。アシュリーにしてみれば懐かしい記憶のようだが、リネアにとってはつい最近のことだ。
だからいまだに、大人の姿のアシュリーの目線の高さに戸惑いを覚える。
「それにリネアは、やっぱり華やかな色が似合うんだね」
そう言われてドキリとした。
「……ありがとうございます」
「じゃあ、せっかくリネアもドレスを着ていることだし、出かけようか」
「え? アシュリー様は帰ってきたばかりではないですか? 少しお休みになった方がいいですよ」
心配するリネアをよそに、アシュリーは元気いっぱいだった。
「やっと王宮の堅苦しい雰囲気から解放されたんだ。息抜きに付き合ってよ。それに明日には領地に戻るだろう。もっといろいろ王都を見て回りたい。リネアはどこへ行きたい?」
とりあえずアシュリーにお金を使わせたくないと思った。
「リネアはお金持ちになったんだから」と言いながら、今まで彼がすべてお金を出してくれていた。
贈り物は嬉しいが高価すぎて気が引けるし、これが常態化してしまったら良くないと考えた。
でもアシュリーの気持ちを無にしたくはないので、リネアは行きたい場所を考えた。
「アシュリー様、公園に行きたいです」
これはリネアの本心でもあった。
「なんだかリネアらしいね。僕も学生時代に時々行ったけれど、広くてとてもきれいな公園だよ。リネアもきっと気に入る」
こうして僅かでもアシュリーの学生時代の話が聞けるのが嬉しい。彼にも楽しい青春があればいいと思う。
その後、二人は馬車で公園に向かった。
ほどなくして公園に着いた。
これなら街を見ながら歩いて行った方が楽しかったのではないかと思うが、上流社会では馬車を使うのが普通のようだ。
リネアは修道院育ちで、王都にいるときは実家の兄嫁に使用人のような扱いを受けて表に出ることはなく、すぐに嫁がされ、嫁ぎ先でも介護をしていたので外の世界を知らない。
だから、ちょっとした移動でも馬車に乗ることに慣れていなかった。
ふたりは公園に降り立った。
リネアは正面にある立派な噴水に目を奪われた。何本も水柱が出ていて、いかにも涼しげだ。
「すごく大きくて綺麗な噴水ですね」
「リネアが気に入ったなら、領主館の庭に作ろうか?」
アシュリーの提案に、彼女は慌てて首を振る。
「いえ、あの庭はベリー類が豊富で季節ごとに綺麗な花が咲くので、あのままがいいです。むしろあのままの方が美しいです」
「リネアは欲がないね。何か欲しいものはないの?」
「果実水が欲しいです」
アシュリーが楽しそうに笑った。
たわいもないことを話しながら、綺麗に整備された木漏れ日の差し込む並木道や遊歩道をゆっくりと散歩した。
風が心地よく、遠くから子供の歓声が聞こえる。
「リネア、あっちに屋台が並んでいるのが見える。リネアの好きな果実水もあるよ」
「そんなことまで覚えてくださったんですか」
「あれ以来、僕も好きになったんだ。時々ここに来て、リネアを思い出しながら飲んでいたよ。案内してあげる」
アシュリーのそんな話を聞いてしまうと、やはり寂しかったのかなと思ってしまう。
なぜ、あの時自分はアシュリーに手紙の一つも残さず去っていこうとしたのかと後悔する。
当時のリネアはそれが最善だと思っていたのだ。でも間違っていた。
だが、もしもリネアが結界内に閉じ込められることがなければ、あるいはアシュリーは彼女を忘れて別の幸せを掴んでいたのかもしれない。
ふたりは屋台の集まる場所にやってきた。
家族連れや平民も多く、賑わっていた。
人は多いが、こういう和やかな雰囲気は好きだ。
アシュリーはリネアを手近な場所にあるベンチに座らせると、「じゃあ、今から買ってくるから」と言って、人ごみに紛れてしまった。
少しはしゃいでいるようなアシュリーを見て、リネアは微笑ましい気持ちになる。
彼の変わっていない部分を見てはほっとして、変わってしまった部分を見ると妙に胸がざわついて落ち着かない。
ぼうっとベンチに座っていると、突然男に声をかけられた。
「お前はリネアじゃないか?」
リネアは一瞬、相手が誰だかわからなかった。
中年の男の顔はアルコールのせいか赤みがかり、むくんでいる。そしてその隣には、吊り目の意地悪そうな中年女性がいた。
しかしよく見ると、二人ともすっかり太っていたが、レオナールとマリエッタの面影がある。
この七年の間に何があったのかと思うほど、彼らは老け込んでいて服装も驚くほど貧相になっていたので気づかなかったのだ。
見つかった、と思った瞬間にリネアの体は硬直する。
いきなりマリエッタに腕を掴まれて、びっくりした。
「あんた絶対にリネアでしょ!」
「いや、ちょっと待て、マリエッタ。いくらなんでもおかしくないか? あれから七年経っている、リネアがこんなに若いわけがない。いったいどうなっているんだ?」
「お金かけて若作りしているんでしょ! レオナール、連れて帰りましょう」
確信を持った口調で、マリエッタが言う。
「それもそうだな。これだけ綺麗なら、またもらってくれる先があるだろう」
そう言って、リネアは両側から二人に腕を引っ張られて無理やり立たされる。
「やめてください! 私に触らないで!」
「は? リネア、私に逆らうの?」
かっとなったマリエッタがリネアに手を振り上げた。しかし、その手は不自然な方向に折り曲げられた。
「ぎゃあ!」
マリエッタが醜い悲鳴をあげる。
彼女の後ろにアシュリーが立っていた。
「これはどういうことだ。オルセン卿、契約を破ったな」
レオナールはアシュリーを見た途端青ざめ、後ずさる。
「い、いや、こ、これは」
マリエッタが「腕が痛い」「離せ」とぎゃんぎゃん騒いでいるが、アシュリーは涼しい顔で、彼女の腕をねじり上げている。
「罰は当然わかっているよね?」
アシュリーの冷たい声に、リネアまで固まってしまった。
(どうしたの? アシュリー様はなぜこれほど怒っているの? それに罰って?)
「し、しかし、昏睡状態だったというリネアは生きているし、妙に若い――」
「今すぐここから失せろ。追って沙汰を出す」
アシュリーがマリエッタの腕を離すと、彼女はレオナールとともに逃げていった。
しかし、去り行くマリエッタの目には、リネアに対する強い憎悪の色が浮かんでいる。
「リネア、不快な思いをさせてごめんね。業突張りだとは思っていたけれど、まさかここまでとは……。今回は僕の考えが甘かった。彼らとは君に対するすべての権利を放棄するという契約を結んでいるのに。リネアが正しかったね」
リネアの心臓は、まだバクバクと大きな音を立てていた。
彼らを見た瞬間逃げるどころか、身体も動かなった。そのうえ、彼らはまたリネアを別の家に売ろうして、攫っていこうとしたのだ。
「リネア、心配だから一緒に果実水を買いに行こう。あいつらがリネアに近づいているのを見て、夢中で走ってきたから、どこかに落としてきてしまったよ」
アシュリーは気遣わしげにリネアを見る。
リネアはアシュリーの言葉に頷いた。




