アシュリーとお散歩
リネアの体調は最初の一か月で緩やかに回復していった。
彼女はこの五年間に起きたことを学び、少しずつ事実を知っていった。
アシュリーはこの家の魔穴をふさぐために、あるいはリネアを助けるために五年という貴重な歳月を費やした。
本来ならばいろんな出会いや、充実した過ごし方があっただろう。
今のアシュリーはすっかり落ち着いた大人になり、言動も穏やかだ。
三か月が過ぎるころには、アシュリーとともに散歩ができるまでになっていた。
彼との散歩は、リネアにとってはつい最近までしていたことだが、アシュリーは違った。
「また、リネアとこんなふうに散歩ができる日が来るなんて……長かったな」
アシュリーが、噛みしめるように言った。
そんな彼を見ると思わず頭を撫でそうになる。だが、彼の身長はとっくにリネアを追い越していた。もう子供ではない。
「私もアシュリー様の成長していく姿が見られなくて残念です。でも、とてもご立派になられて嬉しいです。……王都での生活はどうでした?」
彼は、少しでも学生生活を楽しんでいたのだろうか。
「別に、たいして楽しいものではないよ。家でリネアが待っているわけでもないから。正確にはリネアは存在していたけれど、結界の中に封印されていたしね。どんなに話しかけても返事はしてくれないし、アプリコットタルトを食べる気にもなれなかった」
面白くもなさそうな顔でアシュリーが言う。
リネアは王都に出て彼には広い世界を見てほしかった。
それに子供の頃のアシュリーは「叔父様」のような魔法騎士になりたいとキラキラと目を輝かせて言っていた。
今、彼の中でその夢はどうなってしまったのだろう。
「アシュリー様は魔法騎士に憧れていたのではないのですか?」
「リネア、いつの話をしているんだい。ずいぶん昔の話だよ」
アシュリーが呆れたように言うのを見て、リネアはさみしくなった。
彼は、今幸せを感じているのだろうか。そして、いったい何に幸せを感じるのだろうか。
アシュリーにはクラウスのように愛する女性もいないのだろうか。
クラウスは確かにアシュリーのことを大切にしていたが、結局はマチルドを選んでしまった。
アシュリーは子供の頃から、それを肌で感じて理解していた。
だからリネアはどうしても聞かずにはいられなかった。
「アシュリー様は、今幸せですか?」
リネアの問いにアシュリーはきょとんとした表情を浮かべたあと、心底楽しそうに笑った。
「あははは、人生で一番楽しいよ。僕は今年リネアと食べるアプリコットタルトが楽しみなんだ。僕のために作ってくれるよね? そうだ。今年は一緒に作ろう。あの頃のリネアは僕がやけどをするんじゃないかと心配していたけれど」
リネアはアシュリーの手を見た。子供の頃のように綺麗な白い手ではなく、ごつごつと男性らしい手をしていた。
もちろん指が長く美しくはあるが――クラウスと同じ剣士の手だ。
腕前はわからないが、ずっと剣の修練を続けてきたのだろう。
「もちろんです。またアシュリー様とアプリコットタルトを食べる日が来るとは思っていませんでした。とても嬉しいです。あの……アシュリー様、もしかして剣を握っていたんですか?」
「この家を守る義務が僕にはある。今はクラウスより強いよ」
そう言って不敵な笑みを見せた。リネアはアシュリーの初めて見せる表情にドキリとした。
「ねえ、リネア、野イチゴの場所は覚えている?」
アシュリーがにこりと笑う。
「もちろんです!」
「じゃあ、今日はそこまで取りに行こう」
そう言うとアシュリーは子供の頃のように駆け出した。
探るように振り返る。
小さな時と同じ仕草に、リネアの頬は緩む。
子供の頃と変わらない行動に安心しかけて、リネアはふと立ち止まる。
(違う。彼は子供の頃から、私に許可をとっていたわけではない。私がちゃんとついてこられるかを確認していたんだ)
リネアは足を止めた。
「リネア、もう疲れた? まだ走るのは早かったかな」
そう言って笑っている。
(アシュリー様は子供の頃から私を気遣ってくださっていた……)
いつもいつでも彼は周りの人間を気遣って生きてきていた。
彼は館が魔物に襲われたとき、あれほど幼かったのに、フェンリルとなって皆を守った。
だから、これからは。
「大丈夫です。リネアはアシュリー様より体は若いので心配なさらないでください」
アシュリーは軽やかな笑い声を立てて、古い城壁に向かって走った。
アシュリーはリネアとたっぷりと野イチゴを摘んでタルトを作った。
厨房でお茶の時間を共にする。
セバスやクララ、料理人も交えて楽しんだ。
リネアにとってはつい最近のことでもアシュリーや館の人間にとっては五年ぶりで、クララは途中から泣き出した。
「リネア様、本当にご無事でよかったです」
「ありがとう、クララ」
そう言ってクララの手を握る。
リネアは自分の白い手を見て、ドキリとした。ずっと家事や炊事をやってきたから荒れていたのに、すっかり綺麗になっていた。




