目覚め2
「だから、王家の血を引く僕らの一族が魔穴を守っていたんだ。僕の両親だけではなく、今回は他家から子守としてきた貴族のリネアまで巻き込まれた。そしてマチルドにも知られた。そこで王家に動いてもらったんだ」
「そんな大事に……」
「今は王宮の魔導士がこの館の地下にある魔穴が二度と破れないように、封印の儀式を昼夜を問わず執り行っているよ」
「アシュリー様……。すべておひとりで対応されたのですか?」
この館に、クラウスの影は跡形も残っていない。アシュリーが誰の庇護も受けられなかったと思うと胸が痛む。
「大したことじゃない。それにリネアのおかげで、やっとあの忌々しい魔穴が閉じられる。君の聖魔法が魔穴の入り口で漏れ続けていたから、考えられないくらい浄化されたんだ。リネアは恩人だよ」
「そんな大げさな。でも、そのクラウス様は……」
クラウスはいったい何をしていたのかと気になってしまう。
「もちろんクラウスに責任は取ってもらった。僕はリネアの事故のあと、すぐに王家に直談判に行ったんだ。マチルドは実家に知らせるとパニックになっているし、叔父は……煮え切らなかったな」
「……」
「だから、叔父には出て行ってもらって、マチルドにはしかるべき罰を受けてもらうことにした。落としどころが修道院ってわけさ。僕は極刑でも構わなかったんだけどね。リネアが無事に帰ってきてくれたから……それでいい」
一気に情報が入ってきてリネアの頭は混乱しまくった。
それぞれが気の毒で、特にアシュリーが大きな責任を負わされてかわいそうでたまらない。
「それは……アシュリー様が十四歳の時に」
アシュリーは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「それで魔法学園はどうなさったのですか?」
せっかく首席で入ったのに卒業できていなかったら、どうしようかと思った。
「もちろん卒業したさ。入学時も首席なら、卒業時も首席だよ。それに一年飛び級して十七歳で卒業して、王家に申し出て家督をついだ。僕はずっとリネアを結界から無事に取り出す研究と領地経営を続けてきた」
とんでもないくらいに壮絶な人生を送っていた。
リネアの瞳に自然と涙があふれてくる。
「アシュリー様は、この情けないリネアが眠っている間に、そんなご苦労を」
「情けないなんてとんでもない! リネアはこの家の恩人だといっているだろう!」
突然アシュリーが大声を出すのでびっくりした。
「リネアがいなければこのあたり一帯は魔物であふれていたし、館の使用人に犠牲者が出たかもしれない。リネアが結界にとらわれた後も、ずっとこの館を守ってくれていたんだ」
アシュリーの熱い想いと感謝は伝わったが、リネアは自分がそんなたいそうな人間とは思えない。
「大げさですよ。でも皆さんが無事でよかったです。それにアシュリー様の大人になる姿も見られて……幸せです」
アシュリーはため息をつくと、リネアの涙をそっと拭いてくれた。
昔は逆だったのに、彼はすっかり大人になってしまった。
アシュリーはきちんと学生生活を楽しめたのだろうか。きっとそんな時間はなかったのだろう。
「リネアはあいかわらずだな。ほかになにが知りたいの?」
「クラウス様はアシュリー様がいくつの時に出て行ったんですか?」
「あれ? さっき帰ってすぐに追い出したって言わなかったっけ?」
アシュリーの棘のある言い方にリネアは絶句する。
「叔父に出て行ってもらった後は、暫定的に第二王子がこの領地の当主となった。もちろん公務があるから、こっちに来たりはしないよ。僕とセバスとクララで領地の仕事はまわしていて、あとは宮廷魔導士が駐在することになったんだ。というか、リネアはまだこの話を聞きたい? 少し疲れたんじゃない?」
「いえ、私は大丈夫です。クラウス様とマチルド様は結婚していましたよね? 結局どうなったんです?」
「結婚は継続しているよ。結果から言うと、ワグナー伯爵家は一部領地を没収の上、男爵家に降格したよ。王家はマチルドにかんかんだ。それにクラウスについても直接おとがめはないが、僕の後見人としての務めをしっかりと果たせなかったとみなされたんだ。マチルドをこの家につれこむべきではなかったんだよ。まあそれについては僕も悪いけれど、当時家督を代行していたのは叔父であるクラウスだからね。彼の責任も問われたよ。もちろん表面的には無罪だが、二度と彼がこの家の家督を代行することはない。もし僕がいなくなればこの領地の管理は王家に移る」
彼は十四歳という年齢でそれらすべてを背負ったのだろうか。
なぜ、自分が彼のそばにいて支えになれなかったのかと――。
「リネア、そんな顔しないでよ。リネアがこっちの世界に戻ってきたら、マチルドは修道院から出てクラウスとワグナー領で暮らすことになっている」
そのことを聞いて少しほっとしたが、マチルドの年齢を考えると暗澹たる気持ちになる。
彼女は子ができないことを気に病んでいた。
そこでリネアは大事なことを思い出してハッとする。
五年間もリネアの実家が黙っているわけがない。
「うちの実家が迷惑をおかけしませんでしたか?」
「あははは、うちに乗り込んできたよ。もちろん館には入れなかったけどね」
アシュリーは屈託なく笑うが、リネアは心配でならない。
「実家はしつこいと思います。アシュリー様は大丈夫だったんですか?」
「大丈夫だよ。だって君を傷つけたのはマチルドだから、王家にも入ってもらって手は打ってある。リネアが無事だとわかっても、彼らが馬鹿じゃない限り君には手を出さない」
「アシュリー様、本当にありがとうございます」
「まあ、一挙に多額の賠償金が手に入ったから、さぞや散財しているだろうね」
リネアが透明な檻の中で揺蕩うように眠りについていた間、外の世界ではとんでもないことになっていた。
「実家が迷惑をかけて申し訳ございません。何から何までありがとうございます」
リネアはアシュリーに頭を下げた。
もうあの瞳に涙をためていた少年はいない。
アシュリーはすっかり大人になってしまった。
そこに一抹のさみしさと感傷を覚える。
アシュリーに迷惑をかけた心苦しさが募る。
「リネアが頭を下げるようなことはないよ。それに今魔穴の問題が終息しつつあるのも全部リネアのおかげだ」
「え? 私は何もやっていませんよ?」
リネアはただ眠っていただけだ。それをアシュリーが救い出してくれたのだ。
「とんでもない。リネアのおかげで、あの魔穴も間もなく消える」
「おめでとうございます。アシュリー様、でもやはり私は何もしていません」
「リネアは結界にとらわれた状態で、ずっとあの場所を浄化していたんだよ」
「それについては、なんの覚えもありません。ずっと透明な檻の中にいるような気がしていたから」
生真面目な表情で言うリネアを見て、アシュリーが労わるような微笑みを浮かべる。
「さあ、リネア。今日の話はここまで、ちゃんと食事をして」
アシュリーはスプーンでお粥をすくうとリネアの口元に運んだ。
なんとなく照れくさい。
(でも、食べて元気にならないと)
その晩、リネアはあまり眠れなかった。実家についてはありがたい処置だと思うが、マチルドとクラウス、それにワグナー家を襲った悲劇がなんとも後味が悪い。
マチルドは妊娠しないことに焦りを感じていたのだ。
彼女はもう三十歳を過ぎていることだろう。無事子供が生まれることを祈るしかない。
(私がいたせいで、マチルド様は苦しんでいたのよね。私が早くここをやめればよかったのに)
アシュリーに懇願されると動けなかった。
違う。そうではない。リネアがアシュリーのそばについていたかったのだ。
先のことはまだどうなるのかわからないが、リネアはアシュリーの今後の幸せだけを願おうと考えた。
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