時の流れ
20話レストランで がぬけておりました。すみません!お読みでない方はそちらかお先によろしくお願いいたします!
四年の歳月が流れた。
リネアは二十一歳になっていた。
十四歳になったアシュリーは、王都の寄宿舎のある魔法学校へ通うことになった。
驚いたことに、アシュリーは家庭教師がつくこともなく、独学で首席入学の座を勝ち取ったのだ。
「アシュリー様、おめでとうございます」
「リネアのおかげだよ! リネアが僕に結界術を教えてくれたんだ」
嬉しそうに語るアシュリーの目線は、ほんの少しリネアより高かった。
紫の瞳は美しく澄んでいて、銀髪は光り輝いている。
そして、頭の良いアシュリーにリネアが教えられることなど、もうほとんど残されていなかった。
「はあ、ちょっとくらい魔法が使えるからって、まさか子守で雇われたのに、今までずっと居座られるとはねえ」
サロンで紅茶を飲みながら、マチルドがぼやいた。
「ええ、本当に。私もここまで長く雇っていただけるとは思っていませんでした」
リネアが笑ってそう返す。
「はあ、まったくマチルド叔母様は、リネアがどれだけすごいかを全然分かっていないんだから」
呆れたように、アシュリーが肩をすくめた。
とはいえ、リネア自身もアシュリーが十四歳になる姿をこの館で目にすることになるとは思っていなかった。
クラウスとマチルドが結婚したらてっきり追い出されるかと思っていたが、なんだかんだと置いてもらっていたのだ。
三人がこうして軽口を叩き合っている姿を見ると、感慨深いものがある。
「ねえ、リネア、夏季休暇には帰ってくるから、またアプリコットのタルトを一緒に食べようね!」
「はい、喜んで」
それは、毎年続く二人の習慣だった。
リネアとアシュリーであの古い城壁跡の穴から、短い地下通路へ入り込み、アシュリーの誕生日にたわわに実るアプリコットを収穫する。
そして料理長に頼んでタルトを作ってもらって食べるのだ。
タルトが敷地の片隅にある古木から作られていると聞いたマチルドは、「そんな貧乏くさいものは嫌よ」と言って口にしなかった。
そしてクラウスは甘いものが苦手なようで、同じく食べない。いつもリネアとアシュリーの二人で、厨房の片隅にある椅子とテーブルを借り、庭で採れたハーブティーを淹れて、セバスやクララ、他の使用人たちも交えて皆で食べた。
マチルドが来てから、アシュリーがリネアと一緒にテーブルを挟んでお茶を飲むことは全面的に禁止された。
だが、これは別に理不尽な嫌がらせではなく、高位貴族の家では至極当然のことだ。
マチルドは気が強いし思ったことをはっきり言うが、別にリネアに対して意地悪なわけではない。
むしろ寛大だった。
はたから見ていて、クラウスとの仲睦まじい様子も伝わってくる。
もともと幼馴染の二人は、それほど多くの言葉を交わさなくてもお互いの気持ちを伝え合えるようだった。
リネアはそんな関係を、少し羨ましいと思った。
アシュリーはというと、子供らしく無邪気に振る舞ってはいるが、ずっとクラウスとマチルドを気遣っていた。
クラウスがアシュリーの後見人となったことで一度は二人の間に大きなヒビが入り、縁あって再び結ばれたのだ。だから余計に気を遣うのだろう。
荷物を持って玄関ポーチから馬車に乗り、元気に出発するアシュリーを、リネアはクラウスとマチルドの後ろから見送った。
「リネア! 夏季休暇には帰ってくるから! 絶対に待っていてね!」
そう言い残して、アシュリーは去っていった。
本当は門のところまで見送りたかったが、クラウスとマチルドが行かないのに、使用人である自分がでしゃばることはできない。
アシュリーの乗った馬車が見えなくなったところで、クラウスが振り返った。
「リネア、ちょっと話がある。執務室に来てくれ」
「はい」
リネアが頷くと、マチルドがちらりとクラウスを見て口を開いた。
「じゃあ、私はちょっとサロンでお茶を飲んでくるわね」
そう言って彼女は去っていった。
だいたいクラウスの話の内容は分かっている。ずいぶん前から覚悟してきたことだ。
クラウスの後についてリネアが執務室に入ると、セバスがお茶の準備をしていた。
彼は執務机の椅子に腰掛け、リネアはその前に立つ。
セバスが退室すると、クラウスが切り出した。
「リネア、もうアシュリーは子守がいる年齢ではない。だから、ここを辞めてほしい」
何の前置きもなく、バッサリと解雇の宣告を受けた。
「はい、承知しております。長く雇っていただき、心より感謝申し上げます」
リネアが丁寧にお辞儀をすると、クラウスはほっとしたような笑顔を見せた。
「良かった、君の物分かりが良くて助かったよ。実は少し疑ってしまったんだ。君が、素直なアシュリーに何か良からぬことを言い含めているのではないかとね」
「いえ、私はそのようなことは一切しておりません」
長年勤めてその程度の信頼感しか持ってもらえなかったのかと思うと、わずかに気持ちが落ち込む。
「もちろん、君には十分な退職金を支払う」
「はい、ありがとうございます。大変助かります。では、準備が済み次第、すぐに出立いたしますね」
「いや、実はこちらにも事情がある。君が出て行くのは一週間後にしてくれないか」
子守として雇われたリネアには、何の申し送りもない。
今すぐ追い出されても文句は言えない立場だが、一週間の猶予があるのは有り難かった。
しかし、リネアとしてはすぐにでも出ていきたいのが本音だった。
そうしないと出て行く踏ん切りがつかなくなりそうだったし、もしかしたらアシュリーはリネアが出て行ったことを裏切りと感じるかもしれない。
でも、きっとそれは一過性のことで、新しい学園生活の中でリネアのことは徐々に忘れていくのだろうと思う。
「事情とは何ですか?」
リネアが尋ねると、クラウスは苦り切った表情を浮かべた。
「領地で魔物の被害が出た。俺はこれから被害地区に向かわなくてはならない。だから、いつものようにセバスとクララと協力して、地下の結界を守ってほしいんだ。これまでのように、マチルドに気づかれないように頼む」
この四年間、クラウスが不在の時はアシュリーとリネア、そしてセバスとクララが中心となって結界を守っていた。
もちろん、魔力がほとんどないマチルドがその事実を知ることはなく、彼女だけは普段通りに過ごしていた。
マチルドにはまったく魔力がなく、この館に魔穴があると言うことすら知らないのだ。
ただひたすらクラウスが隠し通してきた。
それだけでも、クラウスがマチルドをどれだけ大切に守ってきたかがよく分かる。
彼らはアシュリーが魔法学園を卒業したら、この館から出て行くつもりだ――その話し合いも済んでいることを、リネアはアシュリー本人から聞いている。
この国での貴族男子の成人年齢は二十一歳だが、さすがにそこまではここに住んではいられないようだ。
クラウスは婿養子なのだから、いずれワグナー伯爵領へ行くのが筋。それもこれも、すべては地下室にある魔穴の管理のためである。
だが、リネアはなぜこの館の地下が魔物の出入り口になっているのかは知らない。知る必要がないからだ。
「承知いたしました。クラウス様の留守の間は地下をお守りします。その後、出立いたしますね。今までお世話になりました」
「いや……こんな形になってすまない。退職金は弾むつもりだ」
クラウスは気まずそうに顔を逸らした。
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
リネアは執務室を出ると、小さくため息をついた。
それから三階の自分の部屋へと向かう。まずは荷物の整理をしなくてはならない。
ほどなくして、部屋の扉にノックの音が響いた。
「はい」
リネアが返事をすると同時に、扉が開いた。
そこには、マチルドが立っていた。




