レストランで
「アシュリー、そろそろ魔法の勉強も本格的にしないとな」
大きな書店の中で、クラウスが本を選定しながら言った。
「僕、魔法が使えるのに勉強が必要なの?」
「魔法は体系的に学ぶものだ。それにお前はまだ結界も張れないだろう?」
「叔父様。確かに僕、そこだけはリネアに負けているね。聖魔法が使えないから」
リネアはアシュリーの「そこだけは」という言葉を聞いてがっくりした。
まったくその通りなのだ。アシュリーは十歳とは思えないほど魔法に長けている。今すぐ王都の立派な家庭教師を手配してほしいくらいだ。アシュリーはリネアの読み聞かせの時間を楽しみにしているように見えるが、最近では自分で読んだ方が早いのではと思ってしまう。
「問題ない。あれは儀式によって張るものだ。アシュリーがもう少し大きくなったら俺が教えてやる。だから今からしっかり魔法を学ぶんだ」
「うん、僕は絶対に魔法を完璧に学ぶよ」
リネアは、そんな叔父と甥のやり取りを眩しく感じた。すると、突然アシュリーがリネアに顔を向ける。
「あ、リネア、勘違いしないでね。かけっこと力比べの話だよ!」
「はい?」
「だから、僕はかけっこと力比べならリネアに勝てるでしょ」
そう言って破顔した。
(アシュリー様、かわいい……)
確かに彼がフェンリルの時はまったく勝てないし、かけっこについても十歳のアシュリーに完全に負けている。
そんなアシュリーを見て、クラウスが困ったように笑っていた。
(甘えん坊で可愛いけれど、いつまでもこうしてはいられない。主人と使用人の距離は必要なのだから)
クラウスも、元気になったアシュリーに水を差したくないから、態度を改めるように言えないのだろう。
魔法の本を選んだあと、アシュリーはリネアのもとへ嬉しそうに走ってきた。
「リネア、読み聞かせの本、一緒に選んで!」
「はい、アシュリー様。喜んで」
リネアはアシュリーの興味を引きそうなものをいくつか選び、また彼の知らない世界が描かれた書物を提示した。するとアシュリーはクラウスを見上げて言った。
「叔父様、僕、リネアが勧めてくれた本、全部欲しい」
「わかったよ。しかしアシュリー、娯楽はほどほどにして、しっかり勉強するんだぞ?」
「はい!」
書店を出た後は、去年より大きくなったアシュリーの服を買いに行った。
もちろんオーダーメイドだ。
布を選び、サイズを測って仕立ててもらう。書店とは違いアシュリーは退屈そうだったが、リネアはアシュリーの服の仕立てにワクワクしていた。
(アシュリー様は可愛らしいから、何をお召しになっても似合うわ)
窮屈そうな顔をして仕立て屋でクラウスの指示に従うアシュリーの姿を、頬を緩めて見てしまう。すると、アシュリーがリネアを振り返り、声をかけた。
「ねえ、リネアはどっちの色が僕に似合うと思う?」
上着に使う布の色について聞かれて面食らった。彼はクラウスでもなく、店員でもなく、リネアに意見
を求めたのだ。
「ええっと、あの……紺がお似合いかと」
アシュリーはかわいらしい天使のような顔立ちなのでどんな色でも似合うが、あの紫の瞳には紺が一番映えそうだと感じた。
「叔父様、僕は紺がいい」
「わかったよ、アシュリー」
クラウスが苦笑している。
一年以上前に初めて会った時には、およそ自分から意見を言うなんて考えられなかった。しかし、館が魔物に襲撃された後、彼は変わっていった。どんどん積極的に自分の意見を口にするようになり、成長していったのだ。
もともとわんぱくだったというから、両親を亡くしたショックから立ち直りつつあるのだろう。子供らしくて、とても好ましい変化だった。
買い物もあらかた済んで、昼食の時間となった。
リネアは遠慮したのだが、どうしてもとアシュリーが珍しく駄々をこねて、食堂の同じテーブルで一緒に食事をすることになった。
アシュリーもクラウスもよく食べた。リネアはすぐにお腹がいっぱいになってしまったので、二人の見事な食べっぷりを眺めていた。
(アシュリー様、ますます大きくなるわね)
セバスやクララの話によると大柄な家系だそうだ。ただアシュリーは、一時的に食事がほとんど取れない状態になったため小さかっただけらしい。
(そのうち、アシュリー様は私よりずっと大きくなられるんだろうなあ。でも、それまで私は側にはいられない)
嬉しくもあり、少し寂しくもあった。しかし、子守もいつかは終わりがある役目だから仕方がない。
食事が済むとお茶が運ばれてきた。目の前においしそうな焼き菓子が並んでいる。
アシュリーが嬉しそうにナイフを入れたその時、店内に若い女性の鋭い声が響いた。
「クラウスじゃない! どうしてここにきているのよ?」
そこには、金髪に薄茶の瞳を持つ、美しく勝気そうな女性が立っていた。
「マチルドか……」
クラウスが何とも複雑な表情を浮かべる。
隣のアシュリーは、突然の女性の登場にぴたりと動きを止めて固まってしまった。アシュリーの様子はとても気がかりだが、使用人としてここで口を挟むわけにはいかない。
すると、クラウスがリネアに視線を向けた。
「リネア、アシュリーを外に連れ出してくれ。俺は彼女と話がある」
マチルドと呼ばれた女性は、不審な目でリネアを見ている。
「はい、承知いたしました、クラウス様」
リネアが返事をすると、アシュリーに店の外に出るよう促した。アシュリーは素直についてくる。
その背後で、マチルドの声が容赦なく聞こえてきた。
「クラウス、あの女は何?」
「アシュリーの面倒を見てくれている、子守だよ」
「子守? ということは使用人よね」
「そうだ」
「なら、なぜただの使用人とレストランで同席をしているの?」
「アシュリーの望みは出来るだけ叶えてやりたい」
「それはかえって子供の教育に良くないわ。使用人とは一線を画すべきよ。でなければ彼らは図に乗るわ」
リネアは別に、主人であるクラウスに特別な好意を抱いたわけではない。それに、自分がただの使用人だということは痛いほど分かっている。
だけれど、クラウスとマチルドの冷徹なやり取りは、リネアの心をずぶりと深く刺した。




