ワグナー伯爵領へお買い物
―― 一年後。
ここでの生活は穏やかだった。
子供の成長は早く、あっという間に一年の月日が過ぎ去る。
その間何度か魔穴から魔物がわいてきた。
領地に魔物が出てクラウスが館を留守にする時は、アシュリー、セバス、クララ、リネア、その他館の使用人たちで魔物退治をしてきた。
おかげでリネアの戦闘スキルも上がったし、アシュリーがすごい成長をみせていた。
そして館の中で妙な連帯感も生まれていた。
最近ではアシュリーの獣化は徐々に落ち着き、獣化することなくフェンリル並みの身体能力や魔力を使えるようになりつつあった。
背も伸びて体重も増えだんだんと年相応になってきたが、アシュリーの可愛さは健在だ。
アシュリーは十歳になり、リネアは十七歳になっていた。
ある昼下がりのお茶の時間に、クラウスがアシュリーに提案した。
「アシュリー、隣の領地へ一緒に行ってみないか?」
言われたアシュリーの表情が曇る。
「となりって、ワグナー領でしょう?」
「ああ、そうだ。ここの領地では紙やペン、特に書物を手に入れるのは難しいだろう? だがワグナー領の城下町は栄えている。お前にも新しい教材が必要だ」
そんな叔父と甥の話を聞きながら、リネアは思った。
(私もそろそろお役御免かしらね)
頭の中で、特別手当の金額を計算する。慎ましい暮らしをすれば、ぎりぎり一人暮らしはできそうだ。
兄夫婦に見つかる可能性はあるが、やはり人口も多く働き口も豊富な王都へ行くのが一番だろうと考えていた。
「わかった、いいよ。叔父様、その代わりリネアも連れて行って」
アシュリーの言葉にリネアはびっくりした。それはクラウスも同じだったようで、困惑したような表情を浮かべる。
クラウスはしばらく空に目を漂わせたあと、おもむろに口を開いた。
「しかたがない。リネア、子守として一緒についてきてくれるかい?」
「はい、私でよければ、喜んで同行させていただきます」
リネアの言葉にアシュリーがほっとしたような笑みを見せた。
アシュリーの様子から、ワグナー領に行くことにどこか不安を抱いているように感じられたが、リネアがあえてそのことに口を挟むことはしなかった。
―― 二週間後。
緑が多く、美しい花々に囲まれたワグナー領の城下町に入った。
すっかりリネアに懐いたアシュリーは、馬車の中でもクラウスの隣に座ることなく、リネアの隣にぴったりとくっついている。
(この状況って、客観的に見てどうなのかしら?)
リネアはクラウスの様子をうかがうが、彼は何事かを深く思案しているかのように見えた。
アシュリーのことではなく、別の何かに心を囚われている気がする。
「ねえねえ、リネア、あの花、綺麗! なんていうの?」
「ああ、バラですね」
アシュリーの住む館の庭はほとんど整備されていない。
綺麗に草が刈られて石畳になっているのは遊歩道くらいだ。花といえば野に咲くものばかりで、大輪のバラやダリアなど見たこともないだろう。
アシュリーは物珍しいのか、新しいものを見つけるたびにリネアに聞いてくる。
はしゃぐアシュリーを可愛く思いながらも、リネアはクラウスをちらりと見た。
クラウスはどこか緊張した面持ちで、じっと外を眺めている。
一方で無邪気に車窓の変化を喜ぶアシュリーを見ながら、リネアはふと思った。
(なにかひと波乱ありそうね……)
馬車から降りると、活気のある噴水広場が広がっていた。
あたりには露店が立ち並び、そこを起点に南北に伸びる目抜き通りには大小さまざまな商店が並んでいる。
アシュリーは馬車から降りると、早速噴水に向かって走り出した。
リネアも毎日の散歩でだいぶ鍛えられていたので、アシュリーの後を迷わず追う。
「うわっ、みて! 噴水の水が虹みたい!」
アシュリーはキラキラと輝く水滴に見入っている。
出発前はワグナー領に行くことに少し神経質になっていたようだが、着いてみれば子供らしく純粋にはしゃいでいるのでリネアはほっとした。やはりアシュリーには笑顔が似合う。
「ねえ、リネア、あっちに書店があるよ!」
リネアの手をとって、アシュリーがそちらの方へと引っ張る。
館の書庫にある冒険譚はとうに読み終えていた彼は、新しい物語を求めているのだ。
クラウスは眩しそうに目を細めてアシュリーを見ると、黙ってその後ろをついてきた。
(なんだか、今日のクラウス様らしくないわね……)
リネアはわずかな違和感を覚えた。
今まで見てきた二人の関係性は、常にクラウス主導だった。アシュリーはいつもクラウスの様子をうかがい、許可をとってから行動していたはずだ。
ところが、ワグナー領へ行くことが決まってからは、アシュリーが好きなように行動し、クラウスがそれに黙って従うという状況が増えた気がする。
そして何より、クラウスの関心は今までアシュリー一人に注がれていたのに、最近の彼はどこか上の空なのだ。




