特別手当
――魔物の襲撃事件から五日が過ぎた。
リネアはご機嫌なシャーリーを朝の散歩に連れて行き、ときにはモフモフとなで回していた。
シャーリーは毛並みが良くふわふわでやわらかい。
抱きしめるとお日様のような温かな香りがする。
すっかり懐いていてしっぽをぶんぶんと振る姿はとってもかわいい。
びっくりするほど大きいけれど、それで愛らしさが半減することはない。
お風呂の世話も今はリネアが一人でやっていた。
セバスやクララたちは、魔物のせいで壊れてしまった館の補修で大忙しだ。そのため、時にはリネアがシャーリーの食事や、おやつを作ることもあった。
そうして、だんだんと距離が縮まり団結していく。
シャーリーは陽だまりの中で嬉しそうに、庭を縦横無尽に駆け回っている。
もうリードも首輪もいらない。
だからシャーリーは蝶々がいれば追いかけ、先日の魔物の残党がいれば飛びかかっていた。
リネアはそんなシャーリーを時に危険から遠ざけたり、褒めたりしながら付き添った。
「リネア、この状況は?」
突然声をかけられて振り返ると、クラウスが驚いたように立ち尽くしていた。
シャーリーはお構いなく、クラウスに飛びついた。そんな仕草も可愛く見える。クラウスはシャーリーにひっくり返されていたが……。
「クラウス様、私はシャーリーの散歩をしています。すごく懐いてくれたんですよ」
「ああ、秘密がばれてしまったんだな」
「シャーリーは誇り高いフェンリルです。それにアシュリー様はすばらしいです」
リネアが褒めながらシャーリーをなでる。
シャーリーは嬉しそうにしっぽを振った。
耳はぴんと立っている。
「驚いたな。ほんの少し会わない間に、シャーリーはすっかり君に懐いてしまったんだね。いったい何があったんだ?」
二人が話しているところへセバスがやってきた。
「旦那様、申し訳ございません。すべて私の不徳の致すところです」
そう言うと深々と頭を下げる。
「ここではなんですから、場所を変えませんか?」
リネアが言うことでもないかと思ったが、クラウスは立ち尽くしているし、セバスは頭を上げようとしないので提案してみた。
リネアがエントランスでシャーリーの泥を拭いてやると、シャーリーは気持ちよさそうにしていた。
「クラウス様、シャーリーをお風呂に入れていいですか? 先ほど現れたスライムをあっという間に退治してくれたんですよ。でもその時に粘液がついてしまったようで」
リネアの言葉に唖然としながらも、クラウスは頷いた。
「そ、そうか、わかった」
シャーリーのお風呂が終わると昼食の準備だ。そこへ、クララが呼びに来た。
どうやら、事実確認のためクラウスが屋敷の人間を一人ひとり呼び出しているようだ。
セバスとクララ、それにリネアの三人でそれぞれの視点で、地下から魔物が湧いてきた話をした。もちろんアシュリーがシャーリーに変化して戦ったことも。
シャーリーの時は敬称をつけないのがこの家の習わしのようなので、リネアもそれにしたがっていた。
確かに大型犬と言い張っているし、そもそもフェンリルに敬称をつけて呼ぶのもおかしなことだ。
「アシュリー様はシャーリーになってしまうと自由に人に戻れないのですね。それと彼は大型犬ではなく、フェンリルですよね? 見事魔物を撃退していましたから。犬ならば本能的に魔物を見たら逃げだします」
「ああ、君の言う通りだ。アシュリーには獣人の血が流れている。というより、この家の血筋に獣人の血が流れているんだ。アシュリーはそれを色濃く継いだ。俺は変化するようなことはなかったからな。だがアシュリーの力は不安定ですぐに人の姿に戻れないし、いつ戻るかもわからない。成長してだいぶ安定していたんだが、兄夫婦が亡くなってからあのような状態になってしまった」
絞り出すようにクラウスが言う。
「そうすると、お勉強が遅れてしまいますね」
のんびりとした口調でリネアは言った。
「リネア、まず確認がしたいのだが、君がもってきた紹介状には魔法が使えるとは書いていなかった。ましてやリビングメイルを一撃で倒す聖魔法など聞いたことがない。そのうえ結界まで張れる。正直、そんな有能な君がなぜこの辺境に職を求めやってきたのかわからない」
皆の前で使ってしまった以上、隠し通せるものではない。
「それはオルセン家の家長である兄の命令だからです。兄には魔法が使えることを秘密にしています。今度はどこに売られるかわからないので。お金を稼いでゆくゆくは独立して、一人生計を立てられるようになりたいと考えています。このまま兄たちに搾取される生活をつづけるつもりはありません。だから、私が魔法が使えることは秘密にしておいてくれませんか?」
リネアは一気に畳みかけた。
ただ尽くすだけでは誰も助けてくれないということは、ハリントン家で学んだ。
葬式の日に、息子であるロバートに追い出された時に。だから自分で駆け引きするしかないのだ。
クラウスは嘆息すると口を開いた。
「君がこの家の秘密を守ると約束してくれるのなら」
「もちろんでございます!」
「それから、給料は君の実家に送らず直接君に渡そう」
「本当ですか!」
リネアの胸は希望に膨らんだが、一瞬でしぼんだ。
「いえ、それはやはり無理かと思います。そんなことをすれば兄が乗り込んできて、ここをやめさせられてしまいます。また別のところへ売られるのは嫌なんです。私はここが気に入っています。それに、私たちがいま話し合っているこの瞬間、アシュ……シャーリーが不安に思っているのではと心配です」
クラウスはため息をついた。
「確かに君の言う通りだ。では君の実家への送金はこのままで、君へは月々特別手当を出そう」
「え?」
「この館の危機を君は救ってくれた。そのうえ聖魔法使いだ。君の働きに見合う給金を支払うべきだろう。そのかわり、しかるべき時には屋敷の人間とともに戦ってアシュリーを守ってほしい」
この夢のような話にリネアの胸は躍る。
「承知いたしました。全力でアシュリー様を守ります」
「それから君の子守の期間だが、アシュリーの力が安定するまでお願いしたい」
「つまり、今のところ未定ということですか」
「そうだな。アシュリーの力が安定したら、王都から家庭教師を呼び、十四歳になったら王都の学園で寄宿舎生活を送らせるつもりだ」
貴族の子弟の平均的な育て方だ。
つまり多く見積もってあと五年、最短ならば来年でお役御免になることもあり得る。その頃、リネアはいくらお金がたまっているのだろう。
「しかし、独立と言ってもどうするつもりだ? 君に利用価値がある限り、オルセン家は君を連れ戻そうとするのではないか?」
「私は、ひっそりと暮らします。王都は広いですし、庶民に紛れてしまえばわかりません」
自信満々で言うリネアにクラウスは呆れた。
「君は苦労していそうな割に世間知らずだな。それに聖魔法が使えるのなら、いい稼ぎ口があると思うが?」
「聖魔法使いは少なく目立ちます。すぐに兄に見つかって金蔓にされてしまいます」
クラウスはリネアの発言に少しひいているようだ。
「すごい家庭で育ったんだな。まあ、まだ時間はある。君はじっくりと自分の将来について考えるといい。私はそろそろシャーリーのところへ行こうと思うが、君からは何か質問は?」
「もう隠し事はないですよね?」
「地下から魔物が湧いてくる理由を話していないが、知りたいか?」
「別にいいです」
リネアがきっぱりと答えると、クラウスはほっとしたような顔をした。
やはり部外者のリネアにこの館の事情にあまり踏み込まれたくはないのだろう。




