襲撃
館の一階は騒然としていた。
魔法が使える者だけではなく、普通の使用人たちも斧や箒、鍋を武器にして地下から湧いてくる魔物たちと戦っていた。
角つきのウサギのような形をしたジャッカロープやイノシシ型のボアなど、獣型の凶暴な魔物があふれている。
リネアはそこを通り過ぎて、より瘴気の強い地下へと向かう。
地下の階段を下りた先では、クララとセバスが魔物と対峙していた。
そして、二人が苦戦していた魔物を見て驚いた。
「ええ!? リビングメイル?」
リネアの声に驚いたように、リビングメイルがこちらを向く。
セバスが風魔法、クララが火魔法で連携して対応していたが、そんなものでやすやすと倒れる相手ではない。
メイルの中には憑依系の実体のない魔物が入って操っているので、他の魔物に比べて倒し方が特殊なのだ。
それが二体、三体とガチャガチャと音を立てて動き始める。
「リネア様、お戻りください!」
そう叫んだセバスの隙を突いたように、リビングメイルが剣を振り上げる。
リネアはセバスを守るために走った。
(セバスに何かあったら、アシュリー様が悲しむわ。これ以上子供に悲しい思いをさせるわけにはいかない!)
魔力を込めて拳を握り締めると、思いきりリビングメイルを殴りつける。
一撃でリビングメイルはガチャガチャと音を立てて崩れた。
「え?」
「へ?」
クララとセバスの目が点になる。その隙に、リネアは残りの二体のリビングメイルも殴り倒す。
「セバス、クララ、怪我はありませんか? アシュリー様は四階のお部屋に外から鍵をかけて閉じ込めてしまいました。それで、結界はどこに張ればいいのですか?」
状況を整理し、先に立ち直ったのはセバスだ。
「リネア様は……聖魔法の使い手なのですね。結界は、この奥の扉の先にある魔法陣でございます」
聖魔法の使い手でなければ、リビングメイルを一撃では仕留められない。
実は聖魔法は希少な魔法なのだ。早々にばれてしまったが、リネアに後悔はない。
「わかりました。今から向かいます」
「リネア様、危険です!」
クララが叫んだ、その時。
「リネア! 危ない!」
部屋に閉じ込めたはずのアシュリーの声を聴き、驚いて振り返ると、リネアの後ろにいたリビングメイルがカチカチに凍っていた。
どうやらアシュリーがとっさに魔法で凍らせたようだ。八歳にしてとんでもない魔法センスを持っている。
「アシュリー様! どうして!?」
「ぼ、僕は、本当は強いんだ! だから、皆にばかり……こんな思いをさせたくない!」
そう言うアシュリーは震えている。
(アシュリー様はもう誰も失いたくないんだ。人を失う痛みを知りすぎるほど知っているから)
リネアの胸はぎゅっと締め付けられる。
だが、アシュリーが凍らせたリビングメイルが、ギギッと音を立てて、バリバリと氷の膜を破ろうとする。
そこへリネアが正拳突きを食らわせた。
ばらばらと音を立てて崩れるリビングメイルを間近で見たアシュリーが目を丸くする。
「え? なんで?」
リネアはアシュリーの疑問に笑顔で答える。
「アシュリー様、リネアはとても強いのです。今から結界を張ってまいります。セバス、クララ……申し訳ありません。アシュリー様がここまで強いとは存じ上げず、お側から離れてしまいました」
「いいえ、リネア様、ありがとうございます。お坊ちゃまは、私とクララでお守りいたします」
そう言って、セバスはアシュリーを無理やり抱き上げた。
「嫌だ! 僕はリネアを助けるんだ!」
「アシュリー様、心配はございませんよ。リネア様は珍しい聖魔法の使い手なのでしょう。結界も無事に張ってくださるはずです」
セバスの言葉を聞きながら、リネアは隣の間へと入っていた。中には魔法陣があり、リネアでも一時的に結界は張れそうだった。
( ... ...でも完璧とはいかないから、クラウス様にはぜひとも早く帰ってきてほしいところね)
リネアは手をかざし、修道院で覚えた呪文を唱えると空中に六芒星が浮かぶ。
やがてそれは移動し、シュウッと音を立てて結界に空いた穴が塞がっていく。
リネアが呪文を唱える横で、別の魔物がガタガタと動き始める。
(これはまずいわね。結界を張っている途中でやめるわけにはいかないし……)
怪我程度で済むことを願いながら、リネアは結界の補修に励んだ。
その時、バタンと勢いよく扉が開く音が響く。
呪文を唱えるリネアの横で、白銀に光るシャーリーが舞った。
シャーリーはリネアの周りに集まる魔物に体当たりして、次から次へと倒していく。
(フェンリルはさすがに強いわ)
いろいろな心配やら疑問をねじ伏せて結界に集中すると、やがて穴は完全に塞がった。
リネアが改めてシャーリーを見ると、魔物を倒し終わったシャーリーはなぜか怯えてちぢこまっていた。
大手柄なのに、先ほどの凛々しさは鳴りを潜めて耳と尻尾を垂れて震えている。
「シャーリー、久しぶりね。あなたに会いたかったわ。それに、助けてくれてありがとう。あなた大活躍だったわよ」
少しずつシャーリーに歩み寄る。
シャーリーがつぶらな紫の瞳で、リネアを見上げた。その姿は、アシュリーと完全に重なった。お散歩が好きで、タンポポの綿毛が大好きで……。
「シャーリーは、やはりアシュリー様だったんですね。私を助けてくれて、ありがとうございます」
リネアが礼を言って膝を折って微笑むと、シャーリーはリネアに鼻先を擦り付けてきた。
そんなシャーリーをリネアは思い切り抱きしめる。
シャーリーは逃げることなく、リネアに撫でられていた。
見た目の凛々しさと違い、長い毛足は柔らかだ。
シャーリーがリネアに甘えて体をすりよせてくる。わずかな震えとぬくもりが伝わってくる。
きっと今になって怖くなってきたのだろう。
シャーリーが蹴破った扉から、セバスとクララが入ってきた。
「クラウス様からは秘密にするよう申し付かっていたのですが、アシュリー様の正体がバレてしまいましたね」
セバスの落胆したような、それでもどこかすっきりしたような声が聞こえてきた。
「きっとこれで良かったんですよ。アシュリー様がリネア様に心を許されてなによりです」
クララは涙を流していた。
リネアは、シャーリーをモフモフしながら思った。
(最初から話してほしかったわ。子供より先に大型犬だとフェンリルを紹介されるなんて、そっちの方が混乱するわよ。きっとアシュリー様は何か特別な理由でシャーリーになると、しばらく人の姿には戻れないのね)
このことをクラウスが話さなかったということは、リネアに知られたくはなかったのだろう。
この秘密を知ってしまった代わりに、自分が魔法(物理含む)を使えることも秘密にしておいてもらう所存だった。




