アシュリーとの距離
セバスの話が終わり朝食を済ませてから、リネアはいつも通り部屋にアシュリーを呼びに行く。
二階にあるアシュリーの部屋の扉をノックすると、アシュリーが恐々と顔をのぞかせた。
(なんか距離が遠くなっているような気がするわ……。それにいつもにもまして私を警戒している?)
リネアはほんの少し落胆した。
気を取り直して書庫に向かうと、アシュリーがリネアのうしろからトコトコとついてくる。
そして書庫に入ると、いつものアシュリーは書庫の奥の椅子に座るのに、今日はなぜか長机の端にちょこんと腰かけている。
(警戒心が強くなったと感じたのは私の気のせい?)
しかし、物理的な距離が近くなったことで、つづりや計算などの勉強は教えやすくなったことは確かで、時間の短縮もできた。
「はい、今日の勉強はここまでです。よくできましたね」
アシュリーは本当に吸収が早く一度で理解する。本心から褒めたのだが、アシュリーからの反応は返ってこない。
これもいつものことだ。
「でもお勉強もすんだことですし、アシュリー様、今日はどのご本がいいですか?」
リネアが笑顔で口にすると、アシュリーがなぜかうつむいてもじもじしている。
読み聞かせの時間はリネアとアシュリーの物理的な距離が縮まる唯一の時間で、リネアにとってはとても貴重なものだ。
「アシュリー様、どうしたのですか」
「お、叔父様は……いないの」
めずらしくアシュリーが顔を上げてリネアを見る。
アシュリーの大きな瞳が不安に揺れていた。
まるで迷子になった子供のように見えて胸が痛む。
クラウスの不在が彼を不安定にさせているのだろう。
「大丈夫です。アシュリー様、セバスをはじめとした館の者たちが、アシュリー様を全力でお守りします。もちろん私もです」
アシュリーはその言葉に頷いたが、まだどこか不安そうだ。
両親をいっぺんに失って、叔父がいなくなった今の状況では不安になって当然である。
「アシュリー様、不安になったら、いつでもこのリネアをお呼びください。あなたのそばについていますよ」
アシュリーを勇気づけるように伝えてみたが、彼は再びうつむいて蚊の鳴くような声でこたえた。
「……わかった」
それからはアシュリーの好きな冒険譚を読み聞かせをしすると、いくぶん情緒が安定してきたようで、リネアはほっと胸をなでおろした。
不安そうな子供を見ると胸が痛むものだ。
きっと両親を亡くしてからは、クラウスがアシュリーの心の大きな支えになっているのだろう。
「アシュリー様、クラウス様のように強い魔法騎士が活躍する物語が好きなのですね」
その言葉にアシュリーはパッと顔を上げて頷いた。
「うん、僕、叔父様みたいな強い魔法騎士になりたい」
初めてはっきり自分の言葉でリネアの質問に答えてくれた。
「私はアシュリー様を応援しますね」
リネアが笑いかけるとアシュリーはびっくりしたような顔をして、さっと書架のかげに隠れてしまい再び距離が遠くなってしまった。
リネアが座っている場所からは艶やかで柔らかな銀色の髪しか見えない。
(ええっと、私の笑顔が怖い……とか?)
彼女の乙女心がほんのりと傷ついた。
◇
午後はクラウスがいなくなったことで、リネアがアシュリーと散歩をすることになった。
いつものように遊歩道から外れて、古い城壁が残る大きなオークの木の木陰へと歩を進めると、前を歩いていたアシュリーがリネアを振り返る。
彼がリネアを振り返るときは、「あっちへ行っていいか?」という合図だ。
しかし今日は違った。
リネアをじっと見つめると、アシュリーは突然彼女をめがけて走ってきた。
「え? な、なんで」
アシュリーと適切な距離をとった方がいいか迷っている間に、アシュリーはリネアの目の前に立った。
そして、一枚の紙をリネアに差し出す。
「これ、手紙」
「あ、ありがとうございます」
リネアが受け取ると、アシュリーはものすごいスピードで遠ざかり、オークの木の陰に隠れてしまった。
一連の様子を見て、アシュリーがそれ以上動かないことを確認してから、リネアは手紙に目を落とす。
そこには『リネア、大好き――アシュリーより』と書かれていた。
思わずリネアの目頭が熱くなる。
感動したリネアはその晩、アシュリーに『リネアもアシュリー様が大好きです』としたためた。
翌日の散歩でそれをどうにかアシュリーに渡したが、彼は手紙を持ってすぐに茂みに隠れてしまった。
(うーん、アシュリー様の行動がわからないわ。でも可愛らしいから、細かいことはまあいっか)
リネアは微笑ましい気持ちで、茂みに見え隠れするアシュリーの銀髪を見守っていた。




