うまい話には裏がある
リネアは、ここでの穏やかな生活が気に入っていた。 しかし、ハプニングはつきものである。
突然、クラウスが館を離れることになってしまったのだ。
「領内で魔物が出没しました。クラウス様でなければ、討伐は難しいのです」
セバスがリネアの部屋に朝食を運んできて、重々しい口調で告げた。
当のクラウスは、深夜に住民からの陳情を受け、すでに旅立った後だという。
「リネア様には、改めてアシュリー様のお世話をお願いしたい、とのことです」
セバスの表情があまりにも沈痛なので、リネアは気になった。
「セバス、何か不安なことでもあるのですか?」
「お坊ちゃまは、その……」
「アシュリー様がどうかしたのですか?」
セバスを覚悟を決めたように口を開く。
「私の口からは、お話しいたしかねることもございます。……ですが、まずは差し迫った大切なことから。実はこの館、地下から魔物が湧き出てくるのです」
「…………」
リネアの思考が停止した。
正確には、考えることを拒否した。
(ああ、現実逃避したい!)
逃げ出したい気持ちにかられたが、雇用契約を放り出すことはできない。
「ど、どういうことですか! 初耳なんですが!」
リネアは大きく目を見開いた。
ひどく重大なことが秘匿されていた。
これはとんでもないことだ。
クローゼットの中の骸骨どころか、地下に魔物が湧いているのだ。
「ええ、もちろん、リネア様が驚かれるのも無理はございません。今までは旦那様がすべて、秘密裏に魔物を処理しておられました」
それからセバスは魔物わいてくる『魔穴』と呼ばれる穴が地下にあり普段は結界でふさがされていると説明してくれた。
「で?」
パニックが起こる寸前のリアは最低限の言葉で先を促した。
「もちろん、私をはじめ、魔法を使える使用人が総出でアシュリー様とリネア様をお守りいたします。特にお坊ちゃまは魔物に好かれやすい体質ゆえ、万全を期してお守りせねばなりません」
「あの……待ってください! その魔穴とやらは普段結界でふさがれているのではないですか?」
「はい。ですが、完ぺきではございません。定期的に修繕が必要でございます」
リネアは自分がとんでもない事故物件に住んでいることを今初めて知った。
この好待遇はそういうことなのかもしれない。
「こ、この館にいる人たちは、皆それを知っているのですか?」
「はい、全員知っております」
きっぱりと言うセバスの覚悟の決まり方が怖かった。
「もしかして、クラウス様が婚約破棄されたのって、それが原因ですか?」
「いいえ、滅相もございません。マチルド様は、ここが田舎であることと、クラウス様がアシュリー様をお引き取りになったことに猛反対なさったのです。この館の秘密については、一切ご存じありません」
リネアは気持ちを落ち着かせるために、深呼吸を繰り返した。
(なるほど、帰る家のない私を使ってくださったのは、そういう裏事情があったからなのね。だから、金髪の私で妥協したのだわ)
そう考えると妙に納得がいった。
「承知いたしました。この家の秘密を知ったことで、私も本格的に使用人の仲間入りができたわけですね」
「いいえ、本来であれば何も知らせずにやり過ごすつもりでございました。ですが、今回は領内で、元魔法騎士副団長であらせられるクラウス様しか対応できない緊急事態が起きたため、やむなくお知らせに参った次第です」
「わかりました。私も全力でアシュリー様をお守りします」
セバスはそれには首を横に振る。
「リネア様、どうかご無理はなさらないように。アシュリー様を、何卒よろしくお願いいたします。私どもは地下の魔物の侵入を防ぐことに注力せねばならず、家事の面で行き届かぬ点が出てしまうかもしれません」
「ええと、それはすでに結界の修復が必要な状態になっているということでしょうか?」
一瞬の沈黙ののち、セバスを口を開く。
「クラウス様の存在が重石になり、魔物が静まっていたのは確かなことです。奴らはクラウス様の不在を察して活発化したのでしょう」
つまりクラウスはそれだけ強いということだ。
元魔法騎士団の副団長なのだから当然だろう。
「大丈夫です。私はもともと掃除も洗濯もできます。アシュリー様のお世話はお任せください。介護経験者ですので、どうぞお気遣いなく」
「それは、なんと心強いお言葉でしょう」
セバスは幾分ほっとしたようだった。
(それにしても、地下から魔物が湧いてくるだなんて、どんな事故物件なの。もしかして、アシュリー様のご両親の事故も、それが原因だったり……?)
リネアはそこまで考えて、ぶんぶんと首を横に振った。これ以上、この家の複雑な事情を詮索してもいいことはない。
それに、二間続きの素晴らしい部屋をもらえるなど、これほどの好待遇なのだ。
それを考えれば、これくらいは納得のいく落としどころ――等価交換――のような気がした。
(大丈夫、多少の魔物なら退治できるわ。私にだって、実戦経験はあるもの。ただ、私が魔法を使えることを周りに知られたくないわ。実家に知られたら、また厄介なことに利用されそう……)
最近シャーリーを見かけないことも気になっていた。
「そういえば、シャーリーはどうしたのですか? 初日以来、会っていないのですが。クラウス様がおられないのなら、私が散歩させることになりますよね?」
(家事だけじゃないわ。クラウス様がおられないのなら、あのシャーリーの散歩だって……)
もう知らないで済ませられないことのような気がして、リネアは一気に踏み込んだ。
するとセバスが、珍しく一瞬だけ顔をこわばらせた。
「その……シャーリーは、今、ここにはおりません。リネア様、どうぞご心配なさらないでください。こちらもいずれ、クラウス様からお話しがあることと存じます」
そのことについてセバスは話す権利を持っていないようだ。
結局、いろいろ未消化なままでセバスの説明は終わった。
それも致し方ないことだ。
本来ならクラウスの口から聞くべきことなのだから。
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