90:間話
【side:リチャード・クンツ】
フレデリカ・ゼーフェリンクとジョシュア・ホリングワース・クラルヴァインとの婚約が結ばれた。
国王陛下の肝入りで。
フレデリカはジョシュアを初対面で気に入ったらしい。
逆にジョシュアの方は始終無表情だったそうだ。
解る気はする。
ジョシュアには好きな相手が他にいるからだ。
謁見室でヴィヴィアンヌ・シャリエールと呼ばれた少女を見た時に、俺は初めて世界が輝いて見えた。
カークランド公爵家のジョシュアとクリストフがヴィヴィアンヌ・シャリエールを見ながら
「生きててくれた…」
「本当にヴィヴィアンヌだ…」
と涙目になっていたので、どんな関係性なのかは一目瞭然だった。
俺も
(美人だ…)
と素直に思った。
同世代の女子に対して容姿で惹かれるなど初めての体験だった。
(実は世の中は広かったんだな。色んな人間がいたんだな)
と、それまでの自分の世界の狭さを実感した。
と同時に
(俺は実は鬱屈していたんだな)
と自覚した。
ある意味で人生を諦めて生きていたのかも知れない。
幼い頃から俺は
「長男なのだから」
「後継なのだから」
と言われて厳しく躾けられてきた。
双子の弟のチャールズは俺と違って呑気に日々を過ごしていたので
「なんで俺ばっかり厳しくされるんだ」
と不満に思っていたのだが…
ある日、俺だけ父に呼ばれて、父の私室に行った日。
「お前の血と寿命に関する大事な話だ」
と前振りされて、聞きたくもない話をされた。
母のリリアンは、祖母のレベッカの娘ではなく、レベッカの複製体だという事。
レベッカが当時のアザール王国王弟セヴランとランドル王国王女リリー・リサとの不貞で産み落とされていた子だという事。
レベッカは、死産だったグラインディー侯爵家の赤子とすり替えられていたという事。
更にはリリー・リサはヴィクトール陛下の母方の祖母であるため、レベッカはヴィクトール陛下の伯母に当たるという事。
(母リリアンは陛下の従姉妹であり、血筋的には伯母)
アザール王家の人間は代々短命。
赤眼の王族は40くらいで病床に臥して、40半ばまでには死ぬ。
そう言われた。
「このままでは寿命が短い。なのでお前は早熟でなければならない」
と
「俺にだけ厳しい理由」
を教えてくれた。
(何故、赤眼が俺にだけ遺伝してしまったんだろうな…)
と、正直、母を恨んだ。
勿論、そんな気持ちを口に出せば父に殴られるので絶対口に出せない。
父は母を溺愛している。
母を悪く言う者が居れば必ず報復する。
結婚当初に母が王城で衛兵を装ったテロリストに冤罪を掛けられた上で斬りつけられた事があり、母はその後しばらく家出していたらしい。
その事が父の中でトラウマになっている。
「護ってやれなければ妻は自分を捨てて逃げていくのだ」
と悟り、徹底して母に対して過保護になった。
しかし、それ以前から父は女の親族には甘い。
逆に男の親族には塩対応。
父の姉や妹やその娘達(姪)に甘い。
姉や妹の夫やその息子達(甥)には塩対応。
元々の性質に加えて、経験の積み重なりで、父はああいう人間になったのだと思う。
ともかく、俺は両親に逆らう事も甘える事もなく育った。
チャールズは俺とは違い、要領よく母に甘えていた。
普通は羨ましいと思うべきなのだろうが…
母も父と同じく俺に対して
「英才教育を施さなければ」
と思っていた人なので、俺に魔道具作りを手伝わせたりした。
お陰で甘やかされた覚えはないが、母と過ごした時間はチャールズよりもはるかに多いのである。
それは父の場合もそうだ。
俺に対して訓練に付き合う時間はチャールズよりも遥かに多い。
長男で後継。
短命だと予想される。
早熟でなければならない。
そういう理由で両親は俺に手を掛けた。
そこに愛情があったのかどうかは分からないが、間違いなく、両親は自分の時間を俺のために使って俺に英才教育を施した。
よって瞳の色以外は俺はチャールズと同じ見た目だが、中身の方は大きく違いがあるのだ。
チャールズは乳姉弟のステイシーが気に入ってるようだが、俺には単に厚かましい使用人としか思えなかった。
それでもチャールズの言い分に合わせて「そうだな」と同意してやる事も多かった。
(魅惑魔道具は主にチャールズを対象にしていたらしい。「赤眼は気持ち悪い」とかで俺はステイシーに内心で嫌悪されていたのだそうだ)
「俺はお前とは違う」
とチャールズに本音を表明するのが面倒だった。
本音を言っても、どうせ納得しない。
なのでついついチャールズに賛同して言動も合わせていた。
チャールズは駄々捏ねを押し通す事に慣れている幼児と変わらないのだ。
愛嬌はあるし
素直だし
可愛いげはある。
だがそれだけ。
チャールズは人の上に立てる人間じゃない。
(チャールズは後継ではないのだから)
と思っていたのか…
両親はチャールズに対して俺の時のようには手を掛けなかった。
しかし、それが裏目に出る日が来るとは思いもしなかった…。
「赤眼の呪い」に関してチャールズが知ったのは、あの謁見の日の前日だ。
だからチャールズには「解呪してもらえて、どれだけ有り難かったのか」イマイチ実感が無かったのだと思う。
俺はヴィヴィアンヌ改めアンナ嬢と面識を持てる機会を指折り数えて待っていたのに…
チャールズとステイシーの馬鹿がそれを台無しにしてしまい…
お陰で俺にまで接近禁止令が下された…。
(馬鹿どもめ!絶対恨んでやる!)
と俺が思うまでもなくーー
ステイシーは巨額の罰金刑を課せられてブライトウェル城を追い出された。
ステイシーの母親トレイシーは一族間での婚姻でベニントン家の血を保った人間であり、先代辺境伯エリアル・ベニントンの従兄弟の子に当たる。
エリアル・ベニントンとナイジェル・ベニントンが戦死した時点で分家のベニントン家が本家に成り代わっていた。
元々トレイシーは
「新辺境伯の愛人におさまって、辺境伯家にベニントン家の血を残すべきだ」
という意図で城に送り込まれてきていたベニントン家の代表者。
魅惑魔道具の件でステイシーが取り調べられたとばっちりでトレイシーに関しても徹底調査された所…
生後1年で亡くなっていた俺達の妹シャーロットに致死量に満たない微毒をもっていた事が明らかになった。
「未熟児だったから長く生きられなくても誰も不審に思わないと思った」
そうだ。
悪魔のような女だ。
毒杯による死刑は当たり前だ。
チャールズはトレイシーに懐いていたので
「嘘だ!」
と信じなかった。
しかしそれが父の逆鱗に触れた。
父は
「…お前は王立魔法学院高等部には入学させない。お前には王家直属騎士団に入団してもらう。
それまでの期間は王立魔法学院の中等部に通え。寮に入れ。使用人は付けないが監視は付ける。今後は自分の世話は自分でしろ。
ウチの騎士団はお前に忖度してお前の訓練にならないからな。王家直属騎士団で性根を叩き直してもらうと良い。陛下にもお前の再教育の必要性はお願いしておく。
遠慮は要らんぞ。泣き言も許さん。万が一にでもリリアンに泣きつくつもりなら、お前を今すぐにでも我が家の貴族籍から抜き、身分を平民へ落とす。
変更は無しだ。お前が王家直属騎士団で騎士資格を得て御礼奉公を終えるまで、我が家に戻ってくる事は許さん」
と命じて、チャールズを地下牢に入れた。
その後、速やかにチャールズは中等部に編入させられて寮入りした。
帰宅は許されず、それでいて監視は付けられている。
「何かやらかしたら平民落ちだ」
「その後も何かやらかしたら奴隷落ちだ」
と言い渡されているので、意外に大人しくしているらしい。
自業自得なので同情はしない。
因みに母は何も知らない。
「チャールズは反省して自発的に自分の身の振り方を考えて自立した」
と言いくるめられて、そう信じている。
事実を密告すれば父に殺されるので俺は勿論、使用人の誰も事実を言わない。
俺の初恋は悲惨な結果になったが、その元凶達も悲惨な末路になったので、俺は潔く割り切る事にした…。




