88
「…傭兵って、ただの戦争屋かと思ってました」
「いやいや、傭兵は戦争屋だぜ。物理的に殺し合う戦争でも戦えて、情報戦でも戦える。戦闘のフィールドが何処であれ、その界隈のルールに従って戦える戦闘の専門家さ」
「情報戦…。もしかして、特定の個人が社会的に陥れられるのも情報戦が原因だったりするんでしょうか?」
「そうだな。自陣はしっかり団結し、敵は団結できないように人心分断を引き起こす。立派に戦闘行為だ。
アザール王国で『闇の魔女を殺さなければ、この国に未来はない』だの言い張ってた連中は、か弱い令嬢を槍玉に上げて、既存権力や新興権力がどう動くか観察してた節があるんだが…。
標的にされた魔女さんは、単に『アザール王国はケチのついた貴族を簡単に切り捨てるんだぞ』と内外に知らしめるための生贄だよな。
憎いからとか、当人に落ち度があったからとか、これといって理由がある訳じゃない。
民意を勢いづかせるための当て馬に過ぎない。やられる側にとっては人生を狂わせられる一大事なのにな」
「…そう、だったんですね…」
(情報戦用の当て馬…。その程度の存在。私の命も私の人生も…)
「…風評加害者というのは、被害者側の被る苦しみに対しての理解が本当に無いからな…」
「…私、革命派には正義なんて無いって思います。絶対、絶対、あんな連中には正義なんてないって、私だけは、それを、知ってるんです。
…他の人達が彼らの理想論や綺麗事に騙されて、それを支持したとしても、私は、絶対に、彼らをずっと否定し続けます…。絶対に」
「…そうだな。お前はそれで良い。連中の中にも『弱者を救いたい』『餓死する者を無くしたい』って綺麗な理想はあるし、感動的ですらあるが…。
連中が情報戦の前哨戦で落ち度のない令嬢を貶め殺人教唆を触れ周り正当化したのは、どう考えても悪趣味だ。俺もそんなものは認めない」
「あの人達も、正義など振り翳さずに『単に欲に目が眩んで下剋上を狙ってるだけだ』って自分達の欲深さと醜悪さを自覚して自戒できれば、もう少しマシだったんでしょうけど」
「そうだな…」
ギルマスがしんみりした。
革命家に知人でも居るのかも知れない…。
「何故、貴族令嬢を陥れて殺す事に彼らは罪悪感を感じないのでしょう?」
「貧民窟へ行けば、孤児は普通に餓死してるし、社会の底辺は下等動物並みの弱肉強食が展開されているんだ。
それを知ってしまえば、人間社会には世を呪いながら死んだ弱者の恨みが満ちている事をどうしても実感してしまう。
そういった『弱者の恨み』に呪い倒されたくない人間は『格差社会の責任を誰かに背負わせなければならない』という強迫観念に憑かれる事があるんだ。
少なくとも、俺がガキだった頃に貴族という生き物を嫌ってた時はそんな風に感じてたな」
「名目だけ貴族令嬢で、権力から庇護されてない女子が一体社会をどう変え得ると?社会が残酷である責任をどう背負えと?」
「…俺もな、それに気付いてからは『社会創造の責任は社会創造者が負うべきだ』と思うようになった。
でもそれなら実際に権力を持ってる国王や側近が社会の全てを創造してるのかと言えば、必ずしもそうじゃない。
それこそ既存権力者を憎み、正義を振り翳しながら、権力に護られてもいないか弱い女性を陥れて殺そうとするような負の行動者達もまた社会創造してる訳さ。
そんなクズどもの社会創造を許容してやれる筈がないだろう?」
「…嘘を鵜呑みにした襲撃者から『国庫を荒らした悪女』とか『お前のせいで貧民が餓死してる』とか見当違いの恨み言を述べられて、憎悪されましたが…。
あの人達はそんなに貧民が餓死するのを見てられなかったのなら、あの人達自身が私財を投げ打って貧民に施し、自ら無一文になって餓死するべきだったんだと思います。
その上で、施しを受けた貧民達から『バカが』と蔑まれて遺骸を打ち捨てられてみるべきだったんですよ」
「そう、だろうな…」
「…自分が餓死した訳でもないのに、餓死した人の代弁者を気取って誰かを恨むというのなら、当人自身も死に瀕する程の窮した状態を他人の悪意で故意に体験させられる悲しみを味わうべきだった。
そこまでの覚悟がないのなら、弱者を巨悪に見立てて一方的に憎悪し殺そうとするような鬼畜な所業になんて手を出すべきじゃなかった。
言ってもどうせ誰にも分からないんでしょうが、私、前世の記憶があって、前世では夫だった男と、その浮気相手に殺されてるんです。
こちらが被害者なのに、何故か私を殺したあの人達の中では最後まで私は悪者でした。
『お前が生きていたから俺達は苦しめられてきた』と、こじつけのような逆恨みで、心底から憎悪されてて、あの人達は私の死を喜んでいた…。
あんなものを見せつけられたせいで私は『絶対に他人の都合で殺されてなんかやらない』と思ってるんです。
私を一方的に憎悪し殺そうとした連中は、アイツら自身が、一方的に憎悪されて殺される体験をすれば良いんだ。そして反省すれば良いんだ。
そうじゃないなら、私は、絶対許さない。許せないし、許してはいけない…」
(悔しいなぁ…。本当に悔しい…。悔しくて悔しくて悲しい…)
ああーー
だけど「悔しい」のは、私がこの世界に対して「公平さがあるかも知れない」と期待してるから、そう感じられるんだ。
前世では、あの世界の何処にも公平さなんて見つけられなかった。
だから「悔しい」と感じる心残りも無かった。
人間の魂の潔さは「この世界の何処にも公平さが存在しない」という絶望によって生まれる。
そういう意味では地球世界は「こんな世界、二度と生まれてなど来てやるものか!」と絶望させてくれるくらいに分かりやすく私を排除していた。
私の魂を絶望によって潔くさせてくれた。
地球世界は「去り行く者に期待も心残りも持たせない、清々しいくらいに分かりやすい格差世界」だった。
未練すら残せない程の悪の勝利…。
この世界で私が悔しさを感じて涙が止まらないのは、この世界には善い人達がいるから、この世界は公平かも知れないと思っているから…
絶望できない心が、悲しくて、悲鳴をあげてる。
人を絶望させてくれない優しさは残酷だ。
心の痛みを蘇らせてしまう。
だけど私は…
この世界では、それに縋ってしまう…。




