80:間話
【side:ディーン・クロックフォード】
あの日ーー
謁見室へヴィヴィアンヌ嬢を連れて行った日。
ヴィヴィアンヌ嬢や、彼女と歳の近い令息達・令嬢達が集められていた事で
「成る程」
と、ある程度、陛下側の思惑を察した。
王太子指名が内定している第一王子もあの場には居たし、王太子の側近候補達も勢揃いしている中でヴィヴィアンヌ嬢は能力を見せるように言われた。
あの場にいた令息達のいずれかが
そのうちヴィヴィアンヌ嬢との婚約を命じられ
ヴィヴィアンヌ嬢は陛下の側近に取り込まれる事になる。
彼女は祖国で死んだものとされて
「この先は平民として身を立てよう」
と覚悟している様子だったのだが…
(気の毒に…)
優秀な者を逃すような余裕はない
という事なのだろう。
パートランド公爵からの密書を陛下へ手渡した後は、そそくさと退去しようとした私に対しても
陛下は
「ディーン。冗談とかじゃなく、そろそろ本気でパートランド公爵の養子になって、うちの娘を(若干12歳を)娶らないか?」
と言ってきた…。
「…自分でも気付いてはいるのだろうが、お前は多方面において器用で、何をしても異常に出来が良い。
お前と手合わせした連中の中には、お前を『剣聖』だと崇めている者もいるらしいし、お前が卓越しているのは剣技のみに限らない。
平凡な騎士の一人として埋もれさせるのも惜しいし、傭兵ギルドに引き抜かれるのも惜しい」
一見、誉めているようだが、手駒として取り込もうとしているのが分かった。
「…王女を娶るのは、私のような庶子には荷が重いです。それに年齢差があります」
「お前の血筋は悪くない。それに7歳の歳の差というのは、若いうちは負担に感じるだろうが、ある程度歳を重ねてみると、妻が自分よりだいぶ若いというのは良い事だぞ?
ブルクハルトは(辺境伯は)夫人と10歳差だし、コルネリウスも(宰相も)夫人と15歳差だが、両家とも夫婦仲は睦まじい」
「…辺境伯は結婚後間もなく夫人に逃げられていたという噂がありますし、宰相閣下も夫人が成人なさるまで白い結婚だったと聞いております。
『今は』幸せでも、当初は問題も多かったのでは?」
歳の差婚だと若い方が必ず憐れまれる。
「だが、うちのヴィクトリアはお前を大層気に入ってるんだ。『絵本の王子様みたい』な外見に惹かれているらしくてな。おそらくお前がどこぞの令嬢と恋愛して結婚しようものなら癇癪を起こす」
「…恐れながら。幼い令嬢は皆、恋に恋しているようなものだと思います。そのうち『淡い憧れだった』とお気付きになられる筈です」
「う〜ん。今はまだダメか?…成人しても(15歳になっても)ヴィクトリアがまだ『ディーンと結婚したい』と言い張ってたら、考えてくれるのか?」
「…私がその頃も未だ独り身でおりましたら考えます」
「ふふふ。言質は取ったぞ。ユルゲンも聞いたな?」
「ええ。…しかし、ディーンの『初恋泥棒』は実は王女殿下に限らずなので、私も危惧しております。
うちの娘達も『ディーンと結婚したい』と言い張っているので頭が痛いです。
王女殿下が先に懸想しているので『そういう横恋慕は早めに諦めろ』と言い聞かせてはいますが…聞き入れてもらえません。そのうち王女殿下にバレて、修羅場になるのやも」
メイスフィールド公爵が不吉な事を言う…。
(それにしても…こちらは御令嬢方に媚びを売るでもなく普通に過ごしているだけなんだが…)
いつの間にか御令嬢方に気に入られている、という事はこれまでも度々あった…。
パートランド公爵から気に入られているのも不思議だったが…
要は私を養子にしておくと王女か公女が釣れると思っているのかも知れないと予想がついた。
政略結婚自体は昔から覚悟している。
庶子とはいえ認知されて貴族の子息として生きてきたのだ。
政治の駒として、自分の気持ちとは無関係に、勝手に決められた相手と結婚するのは貴族の義務とすら言えるだろう。
「ホント、ディーンはモテるよな。流石はあの男の遺伝子だ」
と陛下が苦笑している。
「ディーン。知ってるか?俺の姑のフローレンス女王は、かなり突き抜けたブラコンで、血の繋がった異母兄の事が好き過ぎて、異母兄の母方の親戚の平民男を侍従として起用し、片時も離さずにいたような女性だったんだ。
異母兄の妻が長男出産後に不審死したのにもフローレンスが絡んでいたし、異母兄が片想いし続けたとある貴婦人にも嫌がらせし続けて暗殺者を嗾けていたし、世の中には『女を狂わせる』ような色男も存在するという事だ」
「はあ」
(私とは関係ないと思うのだが…)
「お前の実家の使用人達が殊更庶子のお前を蔑むのも『そうしないと職を失う』という実例を何度も見せつけられ続けた結果だ。
お前の義母のギルベルタは『庶子が家を継ぐ事はない』と充分理解しているにも関わらず、お前の存在で『我が子の権利が脅かされるかも知れない』という不安に苛まれ続けている。
才能溢れる魅力的な男というのは、ただ存在しているだけで、他人の権利を脅かしていると警戒され、言い掛かりのような理由で貶められる事もある、という事だ。
ある意味でギルベルタは、お前の魅力によって『狂わされてる』訳だ」
「…私は、別に野心も持たず、ただ単に生きてるだけなんですが」
「知ってる。実のところ、お前の事は、お前が幼い頃から見守ってきた。俺の方でもいつの間にかお前に愛着が湧いてて『親戚の子供』感覚で親しみを感じているんだ。
俺はお前にもちゃんと幸せになって欲しいと思っている」
「…有り難う御座います」
「…お前という存在は、お前自身が気付いているよりもずっと多くの人達の好意と善意が注がれているよ。『ちゃんと長生きして欲しい』ってな」
「そうなのですね?」
「…忘れるなよ?3年後。ヴィクトリアが15歳の誕生日を迎えた時に、お前が婚約も結婚もしておらず、その頃までヴィクトリアがお前にも惚れ込んだままだったら、ヴィクトリアを嫁にもらってもらうからな」
忘れられるなら忘れたい話だが…
陛下の眼は限りなく真剣だ。
私の方でも真剣になって
「了解いたしました」
と返事をするしかなかった…。




