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すぐに授業免除を勝ち取るつもりだったので、学院寮には入る気もなく、入寮手続きもしていない。
教科書類は案の定、鞄ごと失くなっていた。
職員室で事情を説明し
「特例措置適用申請書」
に記入。
事務員に記入漏れが無いからチェックしてもらったところ
「…申請書を受け取ります。審査には周囲の人々への事実確認が必要となりますので必ずしも申請が通るとは限りませんが、許可が下りるにせよ下りないにせよ、結果はご記入いただいたご住所へと通知させていただきます」
と言われた。
「…公正な審査を期待しております」
と告げて学院を後にし、クレーバーン伯爵家のタウンハウスへと戻った…。
タウンハウスと呼ばれている庭無し縦長の建物は貴族街の南側に立ち並んでいる。
貴族街の南側は基本的に下位貴族の住居区となっていて、子爵家や男爵家が多いのだが…
所領が小さな伯爵家なども貴族街の南区にこうして住まいを持っている。
あと、準男爵家や士爵家や豪商も貴族街の南側に住む許可をもらえるにはもらえるので、貴族街の住人の全員が貴族という訳でもない。
王立魔法学院自体が貴族街南区の北側、つまり貴族街中央の王城に近い位置にあるので、クレーバーン伯爵家のタウンハウスとは徒歩で行き来できる距離。
因みにクレーバーン公爵家の方の屋敷は貴族街の北側にある。
王城を取り囲む貴族街。
その北側は基本的に公爵家の屋敷があり、それぞれ敷地が広く、裏庭がちょっとした林になっている。
今現在のクレーバーン公爵はアランの甥。
バルシュミーデ皇国の侯爵令嬢を娶って、後を継いでいる。
クレーバーン伯爵位はヴィクトール王が
「義父上には譲位後もお世話になるかも知れないから」
と与えた爵位。
クレーバーン伯爵領は狭い。
クレーバーン公爵領の中のパクストン・ダンジョンと、ダンジョン街がクレーバーン伯爵領。
ダンジョン街が公爵領から伯爵領になったのは、甥が公爵位を継ぐ直前で、今から10年ほど前だったそうだが…
私が知らなかったのも無理はない。
なにせ国王の意思により
「周知されていない」
のだそうだ。
アランは随分と優遇されている。
ヴィクトール王は
「不幸な結婚をした者同士」
と、アランに共感を持ってくれているらしい。
ヴィクトール王のお陰で所領が何処なのか周知されていないので、アランはダンジョン利権で得た莫大な財産目当てで狙われるという事もない。
その代わり
「ヴィクトール王、並びに、その息子が王位継承権を持たぬ子を作った場合、養子として引き受けるか、知人へ里子に出す手続きを全て引き受ける」
という契約を結んでいるとか。
私は意外に王家と身近な人の養女になってしまっていたのだ。
家に戻ると執事が直ぐに
「ご主人様がお待ちです」
と言ってきた。
あの学院の様子をアランも聞きたいらしい。
「分かりました。直ぐ行きます」
と返事をして、着替えてからアランの元へ向かった。
魔法で洗浄して
因みに浄化で汚れだけでなく
水分も消し去って
制服は綺麗な状態ではあるのだけど…
私が気分的に
「さっさとこんな制服脱ぎたい」
と思ったのだ。
着替えた服はシンプルなワンピース。
布地が上等なので地味ながらちゃんと貴族っぽく見える。
「やぁ、アニー。学院はどうだった?案外、楽しめたりしたかい?」
という質問には
「お義父様。学生の質が、お義父様が通ってらっしゃった頃より随分と下がっているのではないかと思いますよ」
と答えた。
とりあえず、全部話した。
名前はメモにとっていた。
教室で言われた事は自分しか証言できないので全文書いておいたし、中庭や食堂で言われた事も忘れないうちに、申請書へ大まかな内容を書き記したので未だ記憶に新しい。
アランは当然怒ってくれた。
(この人が本当のお父さんだったら、私の人生ももうちょっとマシだったろうに…)
と思った。
親、というものに恵まれない星の下にでも生まれたのかと疑わしくなるくらいには前世でも今世でも実の親はネグレクト常習犯だった。
歪んだ親に愛されて、自分自身も歪んで粘着になる子供。
そういう人間は周りに迷惑をかける生き物だけど…
そういう人間でも
「親からも切り捨てられている味方のいない孤立者を標的にしている」
間は、歪んだ人間性のまま社会的に通用してしまう事が多い。
(前世の私は「反社会的な奴らが社会的制裁も受けずに社会内に溶け込むための生贄」みたいなものだったのかも知れない…)
前世の夫にしても
「私を保険金目当てで殺す」
より前から野放しの犯罪者だった。
と言っても、手癖が悪くて、シレッと万引きするような軽犯罪を度々繰り返すような小悪党だったが。
ストレスが溜まると万引きしてしまうような短絡的な男と結婚したのも不幸だが…
親自体が、不安を感じると何でも人のせいにして怒るような性格の人達だった。
(もしかしたら、あの人達みんな、実は頭がおかしかったのかもね)
と今更思う。
「それにしても、何故、人はあんなに悪意的になれるのかしら…」
あのバルシュミーデ人達の悪意が理解できない。
私の素朴な疑問に対しては
アランが社会事情を詳しく説明してくれた。
「一部のバルシュミーデ人達の差別心の元凶を理解するには、『ランドル王国内に居るバルシュミーデ人は決して一枚岩ではない』という事を先ず知っておくべきだろう。
今の国王陛下ヴィクトール王が元はバルシュミーデ皇国の第一皇子だった事は知っているね?
当時ヴィクトール皇子と共にランドル王国入りした勢力は『第一皇子派』と呼ばれていて、その第一皇子派を見下し、下に見ていたのが当時の第二皇子派、後の皇太子派だ。
因みにその第二皇子こと皇太子は現在のバルシュミーデ皇国皇王だ。
今ではその皇王は『義兄のヴィクトールは自分に次ぐ地位にある。臣たる者らが我が威を借りて侮る事は許さぬ』と明言してくれているので、皇王派の側近やその配下連中はランドル王国で好き勝手しようとはしないが…
戦後の占領期二、三年くらいまでは第二皇子派の連中の横暴は本当に酷かった。
ランドル人からすればバルシュミーデ人が一枚岩ではない事情が見えないだろう?第二皇子派がランドル人を虐げても、それが第一皇子派の所業と区別がつかないんだ。
ランドル人側からすれば盲滅法にバルシュミーデ人を憎むしかない。
そういう事態を忌避した第一皇子派、つまりヴィクトール陛下の配下の方々はランドル王国内で好き勝手に振る舞う第二皇子派を粛正して回った。
同時期にランドル王国内の裏社会に根を張っていたアザール系裏権力も根絶やしになさっている。
ブライトウェル辺境伯の勇名が国内外に知れ渡ったのはその頃だな。
彼は夫人を傷つけられた事で激怒し、ほぼ私怨で恨みを晴らしたとも言われている。
今ではヴィクトール王の権威を自分達より下に見てランドル王国で好き勝手に暴れるバルシュミーデ人はいない。
つまり、今現在、ランドル王国内でランドル人を差別し虐げているバルシュミーデ人は背後に巨大な権力がある訳ではない『コネ無し』の連中ばかりなんだよ。
ランドル王国で既に重職に就いている親戚がいるようなエリート街道が約束されている『コネ有り』の者達はわざわざランドル人を虐待しない。
『コネ有り』の者達は、『コネ無し』の連中がランドル人を虐げているのを見て、干渉する時もあれば干渉しない時もある。
つまりエリートは、虐げる者と虐げられる者とを観察して、使える人材があれば引き入れるために、有能な方に便宜を図る立場で物事を見ている訳だね。
アニーは『使える人材』に分類されているから、アニーの要望通り、粗暴な『コネ無し』の連中に虐げられたとして、授業免除を勝ち取れる。
その後はアニーを虐げた連中は学院からもランドル王国そのものからも排除される事になる。
アニーを『権力のかさで護った』という事実をアニーにも貴族社会全体にも見せつけるためにね。
横暴な連中は謂わば排除される末路が初めから決まっている篩い分け用の道具みたいなものだ。
クズな連中は沸き続けるだろうし、今後もランドル人を差別するバルシュミーデ人は出てくるだろうが、そういう連中がいるから『権力に護ってもらえる』という環境に関しての自覚が培われる。
お陰で護ってくれている方々への感謝と忠心も芽生えるだろう?なので、あまり差別されても気に病まない事だ」
アランがそう言って微笑するのを見て
(「差別を気に病むな」と言う考え方は、お義父様自身がこれまでの体験で悟ってきた赦しなのかも知れない…)
と思った。




