70:間話
【side:ユルゲン・マルトリッツ】
その昔ーー
(と言っても、十七、八年程度前の過去だが)
バルシュミーデ皇国軍を率いる総大将ヴィクトール第一皇子の側近として、ランドル王国に攻め入り、ランドル王国の新たな統治者陣営の一人として、民を無事に支配下に収めようと苦心していた頃。
共にヴィクトール様に仕える同僚のブルクハルト・クンツが急におかしな事を言い出していたので
「うちの陣営の最高戦力の頭がまさかおかしくなったというのか!」
と戦々恐々したのを覚えている。
ブルクハルトが10歳歳下のリリアン・ベニントン(当時は15歳の少女)と政略結婚したは良いが、リリアン・ベニントンも、リリアンの母親のレベッカ・ベニントンも
「この世界は乙女ゲームの世界だ」
と思い込んでいた、ちょっとアレな人達だったのだ…。
(見た目だけはすごい美少女なのに、残念な少女だな)
と気の毒に思っていた。
それこそ本気で。
ブルクハルトの方もどうやら
「前世の記憶がある」
「前世の世界は文明の進化した世界だった」
だのと密かにヴィクトール様にカミングアウトしていたらしいが…
「この世界が乙女ゲームの世界だ」
云々には懐疑的な様子だった。
(当初は)
しかし美少女の嫁をもらい、ジワジワ絆され、いつの間にか溺愛するようになっていたブルクハルトは、美少女の嫁の影響を受けまくるようになっていた。
しかも、彼の嫁リリアン夫人がその母親レベッカ宛てに書かれた手紙やレベッカ直筆の手記を『日本語』から『ランドル語』に翻訳したものを読むにつけ…
「妙に現実と一致する点がある」
と思うようになり、俺の方まで混乱するようになった。
(いやいや、有り得んだろう。何が、乙女ゲームの世界だ!)
と拒絶感が半端なく起きた。
ランドル王国の王城レヴァイン城。
その地下にある地下遺産庫。
その地下遺産庫にある禁忌魔道具。
そういうものがリリアン夫人の書いた翻訳と注釈文を読むにつけ一致するのだ。
(ウワッ。こわっ。「キチガイと予言者は紙一重」とか、そういう事なのか?)
当時の我々は、乙女ゲーム云々の話を信じてしまえる程の懐の深さは無かった。
そんな荒唐無稽な話を真に受けてしまえるのは、ブルクハルトくらいのものだった。
年月が過ぎて、俺も自分の娘がある日突然急変して
「前世の記憶を思い出したわ!」
だのと言い出した時には、複雑な心境だった。
「パパ!この人でなし!可愛い娘の言うことが信じられないの!?」
と俺によく似た可愛くない三白眼で娘に責め立てられて
「信じたい」
と心から思った。
渋々ヴィクトール陛下に
「実はウチの娘、ちょっと前に高熱が出た後からアレな感じになっちゃいまして」
と相談してみたところ
「実はな。アザール王国で情報収集させてる影の幾人かが『日本語』でメモ書きしてる男爵令嬢を発見した、とか言ってきてるんだ。どう思う?」
と、不穏な相談が返ってきた…。
真面目宰相のコルネリウス・アーベレは
「『日本語』で書かれたメモ書きを正確に筆跡まで模倣して書写してくるように」
既に指示を出していて、その翻訳をブルクハルトの嫁に既に依頼しているとか。
「…コルネリウスはリリアン夫人が初恋で、未だに彼女に好意的だろう?
『この世界は乙女ゲームの世界』云々の妄言にもブルクハルトに次いで理解を示してたし…。
『転生者』達の、この世界に関する記憶を『真実だ』と前提した理論で今後色々言ってくる可能性があるし、正直、混乱するよなぁ〜…」
とヴィクトール陛下は弱気だ。
俺も弱気になりそうだが
「コルネリウスが書写を命じた『日本語』のメモ書きって、ウチの方にも貸して貰えますか?ウチの愛娘が本当に『日本語』を理解できるのか、というか、本当に『日本語』が存在するのか、試しに翻訳させてみます」
と言って、陛下と不安を共有した。
アレな人達の妄想・妄言。
そう思いたかった諸々が…
「本当に真実だったなら」
恐ろしいと思う。
運命というものが勝手に
「シナリオライター」
とやらに決められていて
我々のそれぞれの人生もまた
「シナリオライターが決めた運命に沿った流れの一端」
として存在していて、その価値も意味も矮小化されているのだとしたら…
それは自分の主観そのものをも矮小化されているように感じられはしないだろうか。
俺は
(ウチのエメラインちゃんが頭オカシイ可哀想な子だなんて思いたくない)
という気持ちと
(この世界が異世界の娯楽で創造された世界だなんて思いたくない)
という気持ちの板挟みになっていた。




