68
水魔法で身体も服も洗えるし、浄化で殺菌もできるので、身体も服も清潔だ。
他のオジサン冒険者達とは私は違う。
決して臭くない筈。
ーーなのに
侍女達がやってきて
「湯浴みの準備が整いました」
と浴室へ連れて行かれて全身磨かれた。
考えてみれば、貴族令嬢は侍女にお世話されるのが当たり前だ。
なのに王女だった頃も公爵令嬢と分かった後も、私には侍女など付けられておらず、自分の世話は自分でしていた。
(前世で結婚前にエステサロンへ通ってた頃を思い出すわ…)
前世では結婚前は自分の給料を自分のために使っていたので、美容にも普通にお金をかけていた。
(それに引き換え結婚後は…)
何も思い出したくない…。
前世の夫は私の給料を生活費として差し出させて、自分の給料は将来のための貯蓄だと言っていたが…
そうした貯蓄の恩恵など私は一切受けられず
(ただ搾取されただけだったわね…)
と自覚する。
どんなに身綺麗にしても着飾っても、クズな男に引っ掛かれば人生は詰む。
「女を搾取した挙句に殺すクズもいる」
という事実を知っていると、美にも結婚にも夢など持てない。
マナー違反にならなければそれで良い、という程度にしかドレスや装飾品に関心が湧かない。
ある意味で私は無欲なのだろうと思う。
「大変美しいですわ」
「お手入れされていないのにお肌にはシミ一つなくて」
「着飾れば陛下の愛妾にでもなれるかも知れませんね」
侍女達は私の身元をどこまで知っているのか、気になるところだ。
(「娘のシャリエール公爵令嬢を差し上げます。妾としてでも奴隷としてでも好きに利用してください」とかいう文言でやり取りされてたのよね)
愛妾ーー所謂愛人ーーという言葉に対して今更ながら
「その可能性もある」
と気付かされた。
コルセットで、これでもかと締め付けられてから上品なドレスを着せられ
(公爵令嬢っぽく見えるかしら…)
と自分の姿の客観性が気になった。
支度が終わる頃に、ディーン・クロックフォードが迎えに来て
「謁見の順番待ちの列に今から二人で並ぶ事になる」
と告げてきたので
(疲れる1日になりそう)
と覚悟はできた。
待機所に宿泊した者達が我先にと謁見の順番を取るべく早朝から並ぶらしく、朝食後から支度をした私達は随分と待たされる事になりそうだ。
「誰かに代わりに並んでもらうとかはできないんですか?」
と尋ねたところ
「花摘み以外では代理の順番待ちは認められていない」
だそうだ。
「途中でお腹が減っても代理は認められないのですか?」
「そうだ」
トイレ休憩以外では代理が認められず、延々と順番待ちさせられるとは…
(何故、こんな面倒な思いをしてまで謁見しなきゃならないのかな?呼ばれて連れてこられたのに)
と腹が立ってくる。
「私、暇じゃないんです。帰って良いですか?」
「ダメだ」
世の中、不条理だ。
「権力者って、嫌いです」
「だろうな。王族・貴族は嫌われているし、偉そうに庶民に無駄な時間を使わせる方々は嫌われるのが当たり前だ。
だからこそ『貴族の一員である自分も庶民からは一緒くたに嫌われる』現実を理解できる」
「私、庶民の皆様に何度か殺されそうになりましたが…。あの人達の気持ちは理解できません。
名目だけ貴族であっても貴族の恩恵を受けていない者もいるのに、それを憎むべき貴族の代表みたいに決めつけて殺すって、誤認制裁が酷すぎます」
「込み入った事情を知らずに誤認制裁に走り、何の罪悪感も持たずに何度でも同じ過ちを繰り返せるから、庶民はその精神からして永遠に貴族にはなれないのだろう」
「…貴族というだけで連帯責任を問い私刑で標的を殺してしまう人達は、犯罪者の処刑とただの殺人との違いを理解できていないと思います。そしておそらく、それらの違いを理解する必要性すら理解できないのでしょうね」
「階級や所属だけを見て、個を識別せず、盲目的に私刑にするのは簡単だし、何より大勢がその道へ堕ちる。
貴族はそうした庶民の傾向に共に流される事を良しとしないからこそ貴族なのだと私は思っている」
「…高潔な精神であれば貴族として認められるのなら、貴族は高潔な精神であるべきなのでしょうが…。実際には高潔な精神の貴族などごく少数派なのではないでしょうか?
それに庶民は高潔な貴族と鬼畜な貴族を一緒くたにして、高潔な貴族を殺してしまう生き物だと思いますよ」
「…そうかも知れないな。だが私は自分にとっての『貴族はこうあるべき』という型を精神面の鋳型のように思っている。その型から外れれば、それこそ騎士と盗賊の違いさえ分からなくなりそうで怖い」
「クロックフォード様はご自分に厳しいのですね」
「女性がコルセットで肉体を矯正させられているのだ。男も精神をコルセットで矯正されて心の姿勢を正すべきだろう」
「…クロックフォード様は、もしも陛下が私を処罰するように仰ったら、どうなさるおつもりですか?罪人ではない外国人貴族を罪人に仕立て上げて尋問・拷問し、一方的に処刑するためにわざわざ呼び立てているのだとしたら、それに従うのですか?」
「私は自分が疑問に思う事があれば納得できるまで質問するだろうな。従うとしたら、そうした真実希求の機会を伺っているのか、或いは納得した後だ」
「そうなんですね…」
「それより腹が空くだろうと思って順番待ちの間に軽食を摂れるよう侍女に頼んでいる。後から何か軽くつまめるものを持ってきてくれるだろう」
「…コルセットが苦しくて食事は取れません。早めに順番が来てくれないと飢えながら待ち続けるしかないようです」
「そうか…」
ディーン・クロックフォードは私の体調をこまめに確認して気遣ってくれるが、だからといって私に好感を持ってくれている訳ではなさそうだった…。
謁見室の扉が開いて、中から人が出てきて、次の人が呼ばれて入っていく時間感覚は約20分。
一件平均20分かけて訪問者と対面しているのだから国王というのは、患者が途切れずやってくる名医のように忙しいものだと流石に理解できた。
しかも謁見は午前中のみ。
午後からは書類仕事。
国中から寄せられた報告書に目を通して国内情勢把握。
各種申請書に虚偽申立てが無いかチェック。
国王の玉璽が必要な書類に押印していくのみならず、大臣らが押印済みの書類も不正が隠されていないか疑いながらチェック。
裏切り者が紛れ込んでいると、全てを自分自身で把握する必要があるので国王は決して楽はできない。
宰相に丸投げして自分は遊んで暮らす愚王も歴史的に見て少なくないが…
(おそらくアザール王国の先王アンベールも愚王の一人だ)
新生ランドル王国の現国王ヴィクトールは仕事面では真面目な王のようだ。
それにしても待ち長い。
私達の順番が来たと思ったら、私達の後ろに並んでいた人達が呼ばれて、結局私が呼ばれる頃には午後になっていた。
朝から2時間かけて身支度したのが馬鹿らしくなる程の放置プレイである。
(あ〜…ムカつく)
と思いながら、やっと呼ばれて、やっと謁見室へと招き入れられたところーー
意外にも大勢の人達が揃っていた…。




